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東証社長の土田正顕氏が死去

1 :総量規制:04/01/30 14:08
東証社長の土田正顕氏が死去
 
東京証券取引所の社長で国税庁長官などを務めた
土田正顕(つちだ・まさあき)氏が30日午前2時42分、肺炎のため死去した。
67歳だった。連絡先は東証経営企画部。社葬などを開く予定。喪主は妻、英子さん。
2月2日から4日まで東証で弔問を受け付ける。

 秋田県出身。1959年東大法卒、旧大蔵省(現財務省)に入省し
89年から92年まで銀行局長、92年から93年まで国税庁長官を務めた。
銀行局長として90年に金融機関の不動産関連融資を抑える「総量規制」の通達を出し、
92年に解除したのは有名。

 旧国民金融公庫(現国民生活金融公庫)副総裁を経て2000年5月に東証理事長に就任。
2001年11月には東証の株式会社化を実現し、初代社長となった。
おくやみ  更新:2004/01/30
http://www.nikkei.co.jp/news/okuyami/index20040130AS2D3000830012004.html


2 :総量規制:04/01/30 14:16
◇通達

  官僚が保持する特権なるものは稀代の毒薬として作用する。平成二年三月、
  大蔵省銀行局長土田正顕は俗に総量規制と呼ばれる短い通達を全国すべて
  の金融機関に発した。悪智慧に長けた彼等の筆になるゆえ揚げ足を取られ
  ぬ配慮のため文言は晦渋を極めるが、要するに平成二年四月一日以降、各
  金融機関は不動産業ならびに不動産関連事業に一切まかりならぬの意であ 
  る。この一片の通達によって不動産取り引きは事実上不可能となり、平成
  不況は断崖絶壁から突き落とされたような急激な冷え込みになってしまっ
  た。景気循環は自由経済機構の宿命であるから、緩やかな不況ならなんと
  か堪えもしよう。落雷のような瞬間の衝撃は経済を麻痺させる。平成不況
  を激震と化した張本人は土田正顕なのだ。自由経済において物の価格は需
  給の関係で決まる。土地の値を強圧的に下げる権利は誰にもない。彼の凶
  行は価値体系の紊乱(びんらん)である。

http://www4.ocn.ne.jp/~hasakana/sho/shbck016.html
   
谷沢永一『人間通』 



3 ::04/01/30 14:16


4 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/30 14:24
老衰でくたばる寸前まで社長の椅子にしがみついていたなんて・・・

5 :総量規制:04/01/30 14:28
>>2 つづき

ただし昭和四十九年には地価凍結を目指す国土計画法、六十二年には地価抑制のた
めの監視区域制度が成立している。だが権限を与えられているのは都道府県知事であ
って、慎重な知事たちはいずれも殆ど職権を発動しなかった。ひとり権限なき銀行
局長が不動産を売買できぬようにしてしまった。全国の土地担保能力が最盛期には推
定二千二百兆円あったのに、地価が平均三割下落したため六百六十兆円の担保能力が
宙空消え失せたのである。これほど巨大な損失を与えた犯人は、鋸引きにして串刺
しにして車裂きにして磔にして火炙りにして釜茹でにしてもなおあきたらぬであろう。

谷沢永一 『人間通』    通達

                         新潮社      1995年12月20日 発行



6 :総量規制:04/01/30 15:06
東京証券取引所社長の土田正顕さん死去【写真】

東京証券取引所社長で元国税庁長官の土田正顕(つちだ・まさあき)さんが
30日午前2時42分、肺炎のため死去した。67歳だった。
 故人の遺志により、葬儀は近親者のみで行う。喪主は妻英子(えいこ)さん。
自宅は公表していない。連絡先は東京都中央区日本橋兜町2の1の東証で、
弔問は2月2〜4日午前9時から午後5時に受け付ける。東証による社葬の日時は未定。
 東大法学部卒業後の1959年に旧大蔵省に入り、銀行局長などを歴任、
92年6月に国税庁長官に就任。退官後の93年7月に国民金融公庫副総裁に就くが、

銀行局長時代に出した土地融資への規制を強める通達が
住宅金融専門会社(住専)の破綻(はたん)を導く結果になったと国会などで追及され、
責任をとって辞任した。

 00年には、戦後10人目の東証理事長に就任。
01年に東証が会員制組織から株式会社に移行するに伴い初代社長になった。
05年の株式公開を目指し、コスト削減など組織の効率化を進めていた。
03年1月からは国際証券取引所連合(本部パリ)の副議長も務めた。

 1月5日の大発会ごろから風邪をこじらせて体調を崩し入院していた。 (01/30 10:37)

http://www.asahi.com/obituaries/update/0130/002.html  【写真】


7 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/30 15:20
東証の理事長は天下りの中でも良いポストだと思うんだけど
官僚は任期中に失政犯しても責任取らなくて良いとは良い職業だな


8 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/30 15:22
長生きして公の場で弾劾されるべきだった

9 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/30 15:26
>官僚は任期中に失政犯しても

そもそも彼らに「失敗」という概念はありません。それが官僚。

10 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/30 15:58
土地が高い!マイホームが買えない!なんとかしる
とオマエラがいうからああしたんだ
文句いうな

11 :総量規制:04/01/30 17:52
訃報:
東証の土田正顕社長が死去

 東京証券取引所の土田正顕(つちだ・まさあき)社長が30日午前2時42分、
肺炎のため東京都文京区の病院で死去した。67歳。
葬儀は近親者のみで行う予定で、弔問は2月2〜4日、
午前9時から午後5時まで東京都中央区日本橋兜町2の1の東証1階正面玄関で受け付ける。
自宅住所は非公表、喪主は妻英子(えいこ)さん。弔電は東証秘書室へ。

 1959年東大法卒、旧大蔵省銀行局長、国税庁長官などを経て00年5月に東証理事長に就任。

01年11月に、株式会社化した東証の初代社長に就任した。
証券市場改革の一環で東証の経営効率化に尽力し、
株式会社化に続いて05年度の株式上場を目指していた。

 東証では土田氏の死去に伴い、吉野貞雄専務(59)を当面の間、社長代行とする。

 証券界では大阪証券取引所社長だった巽悟朗氏が昨年12月に死去したばかりで、
東西の現職取引所社長が相次ぎ死去する異例の事態となった。【三島健二】

[毎日新聞1月30日] ( 2004-01-30-10:33 )

http://www.mainichi.co.jp/news/flash/jinji/20040130k0000e060019000c.html

12 :総量規制:04/01/30 21:57
Q-47. 平成不況の原因を考える。
その通りです。

平成不況の原因については、私は二つ原因があったと考えています。
一つは、1990年2月の東京株式市場での株式大暴落。

もう一つは、1990年3月に大蔵省銀行局長(土田正顕)が出した
不動産融資総量規制の通達です。

不動産融資総量規制の通達は、土地価格の大崩壊を誘発し、
急激なデフレ経済を誘引しました。株式大暴落とあわせてダブル資産大崩壊を招き、
今やデフレ・スパイラルに陥ってしまったと考えるわけです。

12 年後の2002年9月、株式は39,000円強から9,000円強と約30,000円の下落です。
100円の下落で国民の金融資産は約3兆円消滅するといわれています。
12年間の長期平成不況によって約30,000円が下落したわけですから、
約900兆円の国民の金融資産が消滅したことになります。

一方、土地価値の暴落率も1990年2月の価格を基準にすると約80%強の下落率です。
約1,200兆円以上の国民の資産価値が消滅したことになります。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~seimiya/Q&A-3.htm

13 :総量規制:04/01/30 22:00
>>12
地価マップ

バブル崩壊後、1 / 5 に値下がりしていますね。

http://plaza8.mbn.or.jp/~reap/tokyo.html

http://homepage3.nifty.com/saikan/tikadoukou.htm

金融資産と土地資産を合わせると、この12年間で約2,000兆円の国民の資産が
吹き飛んでいることになります。
1988年12月30日施行の消費税法の影響もあって、
これでは消費も投資もあつたものではありません。
東京株式市場での株式大暴落の原因は別途検討
(エッセイ・コーナーのPLOT日米経済戦争で検討している)するとしても、

大蔵・日銀官僚による不動産融資総量規制の通達は、
致命的ともいえる政策ミスだったのではないでしょうか。

この通達さえやらなければ、土地価格の下落率も約30%程度でおさまったと思いますし、
日経平均株価は20,000円代を維持し続けてこれたと思います。
そして、不良債権処理も1998年までには完了し、景気も回復基調へと、
はっきりと転換していたと思います。

不動産融資総量規制の通達は、政府が民間の銀行に対して不動産融資停止命令を
下したのと同じことです。
政府、大蔵・日銀官僚は、何を考えてか、やってはならない禁じ手、
金融市場への強権発動をして日本経済を混乱に落とし入れ、
国民の財産権を大きく侵害してしまったわけです。

14 :ところで:04/01/30 22:14
代償のあの人はどうなったんだっけ

15 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/30 22:20
地価が下がっても、家を建てられん奴は建てられないまま。

給与と地価の相対価格変化を起こせないのに、地価を下げたら
給与も一緒に下がってしまいましたなんて、予想できたことだと
思うんだが。

馬鹿ばっかりだったって事だね。

16 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/30 22:51
カリニ肺炎
なんだAIDSで死んだのか
合掌

17 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/30 22:56
>>16
風説の流布でタイーホ

18 :総量規制:04/01/31 00:43
土田正顕氏=東京証券取引所社長

 東京証券取引所の土田正顕(つちだまさあき)社長が、30日午前2時42分、
肺炎のため、都内の病院で死去した。67歳だった。
告別式は、近親者のみで行う予定。喪主は妻、英子(えいこ)さん。
2月2日―4日に同取引所で弔問を受け付ける。

 1959年、東大法学部を卒業し、大蔵省(現財務省)に入省。
官房総務審議官、銀行局長などを経て、92年に国税庁長官に就いた。

93年から国民金融公庫副総裁、証券保管振替機構理事長を歴任、

2000年5月に東証理事長に就任した。
課題だった東証の株式会社化を陣頭指揮し、2001年11月、初代社長に就いてからは、
2005年度中の株式上場を目指して、コスト削減など財務体質の強化を推進していた。

 今年初めから風邪の症状が出て、9日から入院していた。
病床からも幹部に指示を出すなど、容体は安定していたが、
29日夕に急変した。実兄は、元警視総監の故・土田国保氏。

 社長の職務は当面、吉野貞雄専務が代行する。

http://www.yomiuri.co.jp/obit/news/20040130zz01.htm



19 :総量規制:04/01/31 00:46
土田正顕氏死去
東京証券取引所社長

 土田 正顕氏(つちだ・まさあき=東京証券取引所社長、元国税庁長官)
30日午前2時42分、肺炎のため東京都文京区の病院で死去、67歳。

秋田県出身。葬儀は近親者のみで執り行う。2月2日から4日まで
東京都中央区日本橋兜町2の1、東京証券取引所で弔問を受け付ける。
喪主は妻英子(えいこ)さん。

 東大法学部卒。1959(昭和34)年大蔵省(現財務省)に入省。
銀行局長、国税庁長官などを経て2000年東証理事長。

 東証へ移ってからは、世界的な証券取引所間競争で勝ち残り、
アジアの代表的な市場へと育成するため、東証を会員組織から株式会社へ組織を変えた。
さらに東証の株式上場も目指して改革中だった。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/fuho/20040130/ftu_____fuho____000.shtml

20 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/31 09:48
一生悪党のまま、なんの咎を受けることなく...

21 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/31 11:05
総量規制はバブル崩壊の原因ってだけで
平成不況、「失われた10年」の責任は関係ないだろ

22 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/01/31 13:16
>>21
住専を除外しているから問題なんだよ。

23 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/02 22:41
まあ、土田は
住専破綻事件を引き起こした主犯でもあったな。

結果として
6400億円ほどの税金投入(公的資金)するハメになったのは
今でも記憶に新しい。
また、この時に
大蔵省が、税金投入は今後2度とありませんとウソをついて
国民をダマしたのも忘れないよ。


24 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/03 07:20
アシモ見てにこにこしていたのが嘘みたいでつ。

25 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/03 08:50
総量規制なんて歴史に残る「大失政」だよ。
よくもまあ、のうのうと東証社長の椅子に座っていれたもんだな。信じられん!

まあ、バチが当たったんだろう。神様はちゃんと見てるね。

26 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/03 09:00
不動産融資総量規制は、本当に土田さんの発想なの?

27 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/03 10:07
やっぱ、東北の人間に、この国を統治する能力なんてないんだよ。

28 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/03 10:09
>>26
当時の日銀(三重野総裁)と大蔵省らってグルだったよ。
とにかく、あの当時にはすでに彼らの判断能力はゼロだったな。
もうろくしてたのは間違いないよ。
Gスパンとはえらい違いというべきだな。


29 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/10 10:10
http://www.v-shinpo.com/01special/51/special.html

一九九一年の日銀三重野総裁の政策である。この年すでに
一致指数は下降の一途をたどっていた。にもかかわらず、
日銀のとった政策は、公定歩合を六%に上げることだった。
これは、企業を死に至らしめるような政策だったと言う。
景気が落ちているのに金利を上げ、企業の首を絞める。
これが日銀の失敗であり、平成大不況突入の道入部であっ
た。
福原幸喜教授講演会 「平成大不況−その原因と経過−」
より。


30 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/16 11:54
http://www1.ttcn.ne.jp/~mencius/e2.htm
ユートピア経済と理念経営

今回の10年不況の原因を作ったのは、1990年に「土地関連融資の抑制について」(いわゆる「総量規制」)とい
う通達を出した当時の

大蔵省銀行局長 土田正顕氏 と、

公定歩合を5回連続で引き上げた

日銀総裁 三重野康氏です。

しかし忘れてならないのは、それを支持していたマスコミです。経済社会で勝ち続けることが出来るのは、ごく一部の人です。ピラミッドの頂上部分にしか過ぎない。投資・投機の世界では大部分の人は損失を受けます。
さらに日本では不労所得を潔しとしない風潮がありました。この為、「バブルで儲けるのはけしからん」という主張
は、経済的に成功していない人々の自己正当化理論として受け入れられていきました。
 その結果どうなったか――。
日本は多大な国富を失いました。

31 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/17 03:31
土田の兄さんは警察官僚だったが、こっちは今でも現場の警察官からも慕われてるそうな・・・


32 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/17 23:39
まあ、いろいろ議論がされてるようだが

大蔵省銀行局長 土田正顕は役立たずだった。
これが結論。

まあ、役人なんてだいたいこんなもんよ。
しょせん、世間知らずの無能で終わるのよ。



33 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/18 17:26
証券会社のヤシらはこの屑がのうのうと東証の社長をしているのを見て
苦々しく思ってたんだろうな

34 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/02/20 12:12
総量規制の通達文ってのを一回読んでみたいな。

どういう文章で脅かしたのか。

35 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/03/07 21:06
人類史上最大の経済犯罪者。
こいつのおかげで、何万人もの人間が死んでいる。
宅間や麻原よりはるかに有害な人間だ。

36 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/03/07 22:14
>2001年11月には東証の株式会社化を実現し、初代社長となった。

民間企業も重役は高級官僚の天下りばっかってのが現実か?
ベンチャー精神だなんて壮大な自己欺瞞だね。

37 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:04/03/23 03:24
土田が自然死というのは 余りにも理不尽だ。
生前にせめて一太刀と思った人も多かろう。  (私も)

今後も官僚の納得行かない人事は無くならないだろうが
これがある内は、日本の改革と近代化は終わって無い証でしょう。
信賞必罰スタイルになる日は、果たしてわが国にあるのだろうか。


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