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マルクスらの本を読んだ気になるスレッド パート1

1 :名無しさん@3周年:03/04/07 22:17
かつて、マルクス主義と言えば大月書店国民文庫であった。この本は、
解説を読めば本の内容が大体わかる、というありがたいものであった。
そこで、某所秘蔵物から、国民文庫の解説のみをコピペしよう。

2 :スレ立てを依頼したものです:03/04/07 22:21
とりあえず、次のものはサイトで公開されているので、貼りません。

「共産党宣言 共産主義の原理」
「賃金・価格・利潤」
「空想から科学へ」
「賃労働と資本」
「帝国主義論」
「国家と革命」
http://www5.big.or.jp/~jinmink/TAMO2/DT/index.html
http://redmole.m78.com/sosialism/tosyo.html


3 :「経済学批判」:03/04/07 22:23
   解説


     一

 マルクスの経済学研究は一八四二年に始まった。『ライン新聞』の編集者として当時の時事的
経済問題を取り扱わざるをえなくなって、はじめて彼は経済学に関心を寄せるにいたった。それ
以後一八五九年の『経済学批判』刊行にいたるまでの彼の経済学研究の歩みを年譜ふうにたどっ
てみると、次のようである。
 一八四四年三月スリに移ってから八月までのあいだ、スミス、リカード等の著作を読み、抜萃
帳をつくり、同年四月から六月にかけて、げんざい『一八四四年の経済学・哲学手稿』(国民文
庫版『経済学・哲学手稿』)と呼ばれている論稿を執筆、一八四五年二月から一八四八年三月の
ブリュッセル滞在中にエンゲルスと共同執筆の『ドイツ・イデオロギー』(大月書店版『マルク
ス=エンゲルス全集』第三巻)を完成したのちに、プルードン批判を機会に『哲学の貧困』(一
八四七年)(全集、第四巻所収、および国民文庫版)を発表した。次いで一八四七年一二月には


4 :「経済学批判」:03/04/07 22:23
ブリュッセルのドイツ人労働者協会で『賃労働と資本』(全集、第六巻所収、および国民文庫版
)にかんする連続講演を行ない、同じ時期にエンゲルスとともに『共産党宣言』(全集、第四巻
所収、および国民文庫版)を執筆し、これは一八四八年二月に公刊された。一八四八年四月パリ
を経てケルンに帰り、『新ライン新聞』の発行にたずさわったが、革命の敗北とともに一八四九
年八月パリを経てロンドンに亡命するまで、経済学の研究は中断せざるをえなかった。
 経済学の研究をするうえでいくたの好条件を備えているロンドンに定住したマルクスは、すで
に一八四〇年代に確立した唯物史観にもとづいて、本格的な経済学研究に着手した。一八五〇年
九月から一八五一年末まで連日大英博物館にかよって経済学文献を読破して抜萃帳をつくり、著
作の準備にとりかかったが、しかしことは簡単に運ばなかった。生活の資を得るために一八五一
年八月いらい『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』への定期的な寄稿に時間をとられ、そ
のうえ病気に悩まされて、研究の中断は一八五六年までつづいた。同年九月、恐慌の開始をきっ
かけに経済学の研究は再開され、一八五七年夏からいよいよ経済学研究の成果の仕上げが始まっ
た。そして同年八月から一八五八年三月にかけて、げんざい『経済学批判要綱』(大月書店刊、
全五冊)としてまとめられている七冊のノートから成る膨大な原稿が書き上げられた。この脱稿
と同時に『経済学批判』の出版契約が成立し、マルクスは同年五月から印刷用原稿の執筆を始め、


5 :「経済学批判」:03/04/07 22:24
一八五九年一月に原稿は完成した。出版されたのは同年六月一一日で、出版社はベルリンのフラ
ソツ・ドゥンカー、部数は一〇〇〇部であった。
 以上が本書出版にいたるまでのマルクスの経済学研究の大筋であるが、この経過については彼
身が「序言」のなかで述べているので、ここでは外面的な跡づけにとどめておいた。


     二

 「序言」は、右のように彼の経済学研究の歩みについて述べるとともに、冒頭において経済学
のプランを掲げている点で注目に値いする。すなわち資本・土地所有・蟹労働、国家・外国貿易
・世界市場の順序で考察し、本書では、資本のうち、(一) 商品、(二) 貨幣または単純流通のみ
を扱う旨を告げている。マルクスは、もともと本書を彼の経済学体系の第一分冊として出版する
計画をもっていた。つまり、全体を不定期の分冊の形で原稿が完成するにしたがってつぎつぎに
出してゆくつもりだった。最初の計画では、当時のプランによると第一分冊は (三) 資本一般ま
でをふくむ予定であったが、(一) と (二) が詳しくなったので分量の関係で第一分冊には (三)


6 :「経済学批判」:03/04/07 22:24
はふくまれないことになった。この事情を最初に断わっているのである。このこと以上に「序
言」の価値を高めているのは、研究の歩みの叙述の中間に展開されているいわゆる「唯物史観」
の定式である。マルクスはすでに一八四〇年代に、とくにエンゲルスと共同執筆した『ドイツ・
イデオロギー』で唯物史観を確立していたのであるが、ここで明確に生産力と生産関係とを中軸
とする唯物史観を展開しているのであって、ここに経済学が唯物史観の基礎をなすことが明らか
にされている。この「序言」が必読文献とされるのも、まずこの点にある。
 本文は「第一部資本について」のうち「第一篇資本一般」、「第一章商品」と「第二章貨幣ま
たは単純流通」から成っている。「序言」では、まえに掲げたように、(三) が「資本一般」と
されており、本文の区分けとくいちがっているが、これは、(三) 資本とすべきであったと思わ
れる。本文の内容はのちの『資本論』第一巻第三篇に照応するものであるが、後者との相違はま
ず第一章に「A 商品の分析の史的考察」、第二章に「B 貨幣の度量単位にかんする諸理論」
と「C 流通手段と貨幣にかんする諸理論」が付されている点である。これらの学説史の展開は
『資本論』では省略されており、また第二章に盛られている貨幣論も本書のほうがずっと詳しく
なっている。これにたいして第一章の商品論は『資本論』にくらべて展開はまだ不十分であり、
とくに価値形態論は完成されていない。したがって本書を読む場合には、第一章については『資


7 :「経済学批判」:03/04/07 22:24
本論』と関連させて読むことが必要であるし、逆に第二章は『資本論』の貨幣論を読む場合に有
力な参考となるものである。
 次に補録のエンゲルスの書評であるが、本書が出版された当時、ドイツの学界は黙殺をもって
本書を迎えた。これにたいしてエンゲルスは書評のかたちで本書の普及を計るためにこれを書い
た。未完のままに終わっているが、マルクスの研究の意義を最もよく理解しているエンゲルスの
筆になるだけに十二分に味読されたい。次の「序説」は「序言」に「まえにざっと書いておいた
一般的序説は、これをさしひかえることにする」とあるその序説である。これは一八五七年八月
から九月にかけて書かれたもので、きわめて重要なものであり、彼の経済学体系の方法論的基礎
を展開している。彼は、最初は本書の序説として冒頭に掲げるつもりであったようであるが、「
序言」に述べられているとおり、「これから証明されるべき諸結果を事前に示すことは、妨げに
なるように思われるから」、本晝には入れないことにしたのである。そのためこの原稿は長らく
埋もれていたが、一九〇二年にカール・カウツキーによってドイツ社会民主党文庫から発見され、
同党の機関誌『ノイエ・ツァイト』にはじめて発表された。その後カウツキーが本書を新たに刊
行する機会に一九〇七年の第二版の冒頭に収められることになり、それいらい『経済学批判序説
』と呼ばれるようになった。後掲の研究所版以後はマルクスの「序言」を尊重して、冒頭に掲げ


8 :「経済学批判」:03/04/07 22:25
ずに付録に収めるならわしとなっている。なお「序説」は一八五七―五八年のノートの一部をな
す関係上、現在ではまた『経済学批判要綱』のはじめに収録されている。その内容で最も重要な
のは、経済学の方法を扱っている第三節であるが、そこでは科学的に正しい方法としていわゆる
下向法と上向法が論じられている。「序説」はただちに公表するまでに仕上げられていないので、
叙述が簡潔で要約されており、相当難解であるが、経済学体系の基礎をなす重要な内容をふくむ
ものであるから、再三再四熟読して理解されたい。
 手紙は、本書の成立、出版の経過を明らかにする唯一の資料であり、また興味をそそるもので
ある。その内容は手紙そのものからおのずから明らかであるが、ラサールが出版社を斡旋した事
情、経済学体系のプラン問題、原稿進行の状態などかいきいきとうかがい知られる。従来の研究
所版では手紙の本数も少なかったが、この訳本ではさらに本書に関係のある手紙を抜きだして収
めたので、いっそう有益と思う。とくに出版者ドゥンカーとの往復の手紙は最近発表されたもの
であって、当時、本書のような学術書の出版がどんなに困難であったかを物語っており、興味つ
きせぬものである。




9 :「経済学批判」:03/04/07 22:25
     三

 最後に、本書の原本の各版について一言しておこう。以上のように本書は一八五九年に刊行さ
れ、その内容は『資本論』第一巻第一篇に収められたが、ついにマルクスの存命中は重刷されな
かった。一八九七年にカール・カウツキーが社会民主党文庫所蔵のマルクスの自用本を参照して、
第一版の誤植を訂正するなどして新版を刊行した。それいらいこの版がもっぱら利用され、一九
三〇年の第一一版まで重刷が出たと思われる。その間、既述のように、第二版から「序説」が収
録された。その後ナチス支配のためドイツでは出版できなくなったが、一九三四年モスクワのマ
ルクス=エンゲルス=レーニン研究所が民衆版を編集・刊行した。この研究所版はカウツキー版
とはちがって「序説」を付録にまわし、エンゲルスの書評と手紙を付し、さらに本文については
マルクスの自用本によって訂正・追加を行なっている。とくに「序説」については原稿の判読に
十分の考慮をはらい、また民衆版とするために外国語の引用をドイツ語に訳すなど多くの点でカ
ウツキー版よりも改善されており、この版が標準版とされるようになった。
 戦後にはこの版がベルリンのディーツ社から一九四七年にはじめて出版され、この版がひろく
普及している。ところが一九六一年に『マルクス=エンゲルス全集』第一三巻に本書が収められ、


10 :「経済学批判」:03/04/07 22:25
そのテキストは初版との厳密な照合のうえ、さらにいろいろな点で研究所版以上に改善されてい
る。本訳書はこれを底本とし、補銀は研究所版の編集にしたがっている。また訳文は『全集』第
一三巻の既訳をさらに検討のうえ、手を入れるなど、訳者としてはできるだけの努力を重ねたわ
けであるが、訳文のなかで疑問の点があったら書店にご連絡願いたい。
 なお本晝を読むにあたっては、「序言」の唯物史観の定式に関連して『ドイツ・イデオロギー
』は必ず座右に備えるべきものであり、本文については『質労働と資本』や『賃金、価格、利潤
』も、本晝から『資本論』にすすむ場合の準備として、ぜひひもとくべきであろう。
  一九六六年五月
          訳者



11 :「革命と反革命」:03/04/08 21:26
   解説


     一

 エンゲルスの古典的著作『ドイツにおける革命と反革命』は、がんらい、一八五一年九月から
一八五二年九月までのあいだにアメリカの民主主義的ブルジョアの新聞『ニューヨーク・デイリ
ー・トリビュン』にマルクスの名で連載された、一八四八―四九年のドイツ革命についての一九
の諭文からなるものであって、エンゲルスの生前にはこれらの論文は再刊されず、ヨーロッパの
公衆にはその存在さえ知られていなかった。エンゲルスの死後に、マルクスの娘エリナーの手で
「発掘」されて、今日のような形にまとめて紹介されてからでも、本書は長いあいだマルクスの
著作と考えられてきた。その後マルクス=エンゲルスの往復書簡が刊行されてからはじめて、本
書が主としてエンゲルスによって書かれたものであることがあきらかになった。
 一八四八―四九年の革命運動が敗北したのち、マルクスは亡命生活の非常な窮迫のうちにあっ
て、彼らの党の活動に理論的基礎をあたえる大事業、経済学の研究にとりくんだのであるが、エ


12 :「革命と反革命」:03/04/08 21:27
ンゲルスは、彼の友が理論的・政治的活動に専心できるように、自分は公的生活をしりぞいて商
業にはいり、長年にわたって財政的にマルクスをささえた。しかし、その一方で彼は、たえまな
い文通によってマルクスと意見を交換し、あらゆる分野にわたってマルクス主義の理論の建設の
ための活動をつづけ、また前記の『ニューヨーク・デイリー・トリビュン』やその他の新聞雑誌
にマルクスの名で労働問題、民族問題、軍事問題などについての数多くの諭文を執筆して、この
面からも友の活動をたすけたのである。こういう関係は、エンゲルスが政治生活に復帰できるよ
うになった一八七〇年まで二〇年にわたってつづいた。『革命と反革命』は、この時期にこうい
う協力のうちからうまれたエンゲルスの代表的著作の一つである。

     二

 この著作は、マルクスの『フランスにおける階級闘争』、『ルイ・ボナパルトのブリュメール
十八日』、『フランスにおける内乱』や、エンゲルスの『ドイツ農民戦争』などとならんで、唯
物史観の考えかたによって歴史上の危機的な一時期における政治的発展過程の内的な因果関係を
あきらかにした、マルクス主義的歴史記述の模範である。政治闘争を、社会の経済的発展によっ


13 :「革命と反革命」:03/04/08 21:27
て規定されるいろいろの社会階級や階級分派のあいだの経済的利害の衝突から説明する唯物史観
の基本的な考えかたは、本書のなかでも第一章の冒頭(七―一〇ページ)や第二〇草(一五七―
五八ページ)に述べられている。
 本書が研究している歴史的時期は、前述したように、一八四八―四九年の民主主義革命下にお
けるドイツである。これは、一八四八年から五一年までヨーロッパ大陸をおおった革命運動の一
齣であって、当時の複雑な国際的環境のなかで、政治的に細分されたドイツにおけるきわめて錯
雑した利害の基礎のうえに、変革期に特有の激しさと速さとでおこなわれた諸階級の相互関係の
変化を追究し、複雑な矛盾にみちた諸事件のからみあいのうちかち歴史的発展の主要な経《たて
》糸をたぐりだすという困難な仕事、いいかえれば、エンゲルス自身が言っているように、一八
四八年のドイツ革命をひきおこした諸原因、それが敗北した諸原因、それのおもな帰結、きたる
べきつぎの爆発のとるべき方向についての見通しをあきらかにするということ、――それも諸事
件の真実の意味が後年の膝史的発展によって生活のうちで解明されるのを待たないで、その諸事
件のおわったばかりのときにおこなうということ、これが本書においてエンゲルスが自分に課し、
そしてみごとに解決している課題である。このような課題をはたすには、ただしい理論的方法だ
けでは不十分であって、歴史的事実にたいする正確な知識、すぐれた弁証法的思惟力、深い洞柴


14 :「革命と反革命」:03/04/08 21:28
力が必要である。エンゲルスが本書であたえた諸結論は、それ以後今次の世界大戦にいたるドイ
ツ史の全行程によって確証された。当時の他のいっさいの宗派的社会主義者や民主主義者たちが、
自由とか正義とか友愛とかいう抽象的な空語をくりかえすだけで、一八四八―五一年のヨーロッ
パの革命運動の真実の任務をも、その敗北の原因や主要な結果をもまったく理解することができ
ずに、そこから絶対になにごともまなばなかったのとは、鋭い対照をなしている。
 ここで、本書の構成について解説しよう。
 第一―四章では、革命勃発当時のドイツにおける住民諸階級と諸層との状態を述べ、古い封建
的・官僚的専制をたおして自由主義的ブルジョアジーの政治的支配に道をひらくこと、また分裂
したドイツを単一不可分の共和国に結合することが、ドイツの社会的発展のための焦眉の必要と
なっていたことをあきらかにしている。すなわち、ドイツはブルジョア民主主義的性質の革命の
前夜にあったのである。
 第五―七章では、三月の諸革命の中途はんぱな性質と、勝利した自由主義的ブルジョアと敗北
した封建的・官僚的勢力とがむすんだ反人民的同盟について述べている。他の西ヨーロッパ諸国
が資本主義的発展の道に力づよくすすんだときに中世的細分と経済的後進性のなかにとりのこさ
れたドイツの不幸は、「他の諸国民の革命をともにせずにその復古をともにし、つねに ##自由


15 :「革命と反革命」:03/04/08 21:28
の社会の埋葬の日## にはじめてこの社会にくわわる」(マルクス)という点にあらわれていた。
あたらしく支配の座に到達したブルジョアジーは、自由な人民――労働者と農民――を恐怖する
あまりに、王権と ##古い官僚的国家機構をそのまま保存して## 、これを「秩序の回復」すなわ
ち人民運動の抑圧――とくに農民蜂起と被圧迫民族の運動の武力弾圧――のために利用した。ま
た、同じく自由主義的ブルジョアが優勢を占めるフランクフルトのいわゆるドイツ国民議会は、
ドイツの統一と事業を遂行する能力がなく、すすんで封建的諸政府に従属したのである。エンゲ
ルスが本書の全体を通じてもっとも激しい嘲笑をあびせかけているフランクフルト「おしゃべり
小屋」の議員たちの議会主義的クレティン病は、後年、社会民主主義諸党の一般的属性となった
ものである。
 第八―九章では、ドイツ革命の対外関係が論じられている。第一には、ドイツによって抑圧さ
れている他民族(イタリア人、ハンガリア人、ポーランド人)にたいする政策の問題。この政策
は、『新ライン新聞』一八四八年六月十八日号所載のエンゲルスの諭文(選集第三巻一〇三ペー
ジ)中の命題――「革命化されたドイツは、それ自身の自由といっしょに、これまで自分が抑圧
してきた諸民族の自由をも宣言しなければならない」に要約される。他方、エンゲルスは、民族
問題を絶対化せずに、民主主義の全体的な利益の立場から見、革命的な民族運動と反動的な民族


16 :「革命と反革命」:03/04/08 21:29
運動とを区別している(注39を参照)。第二には、ロシアのツァーリズムにたいする革命的戦争
の問題。このような戦争が不可避であったことは、一九世紀のほとんど全体を通じてロシア・ツ
ァーリズムがヨーロッパのいっさいの民主主義運動、解放運動を武力で弾圧した極悪の「反動の
憲兵」であったことを知るときに、たやすく理解できる。ツァーリズムにならんでヨーロッパの
先進国の資本主義的帝国主義が成長し、世界を数個の帝国主義的強国による諸民族の抑圧の体系
にかえた帝国主義段階に、はじめてツァーリズムの国際的地位は変化するのである。
 第一〇―一四章では、パリの六月反乱――歴史上の最初のブルジョアジーとプロレタリアート
との大内乱――の敗北をきっかけとする封建的反動の復活からウィーンとベルリンにおける反革
命の勝利にいたる諸事件を述べている。それは、自由主義的ブルジョアジーが、その卑怯のため
に一歩一歩封建的・官僚的・絶対主義的勢力に陣地をひきわたし、ついにたたかわずして降伏し
た裏切りの歴史である。彼らは、王権と封建的官僚を自分たちの社会的利益の楯としたつもりで
あったが、そのじつ自分らの歴史的権利を放棄して封建的専制主義への臣従をちかったことにな
った。エンゲルスは、ドイツでは政治的自由主義すなわちブルジョアジーの支配は永久に不可能
になった、と断じている。事実、ドイツのブルジョアジーはその後二度と革命をやろうとはせず、
地主貴族支配、軍国主義、警察=官僚の専横、人民の無権利は、ながくドイツの政治=社会組織


17 :「革命と反革命」:03/04/08 21:29
の本質的部分としてのこり、反動的ロシア絶対主義からカイザーの帝国へ、そこからヒトラー・
ファシズムへ、さらにアメリカ帝国主義の支配へとひきつがれ、ヨーロッパにおける平和攪乱者、
他民族にたいする侵略者であった。この点でドイツのブルジョアジーは、わが祖国日本のブルジ
ョアジーの兄である。絶対主義にたいする同じ忠誠、外国帝国主義にたいする同じ屈従、極東に
おける平和攪乱者、民族解放運動の憲兵。
 第一五―一九章は、ドイツ革命の最後の一節、ドイツ国憲法戦役をとりあつかっている。ドイ
ツ革命の前期が自由主義的ブルジョアジーの卑怯と裏切りの歴史であったとすれば、その後期は
自由主義的ブルジョアジーにかわって運動の指導権をにぎった民主主義的小ブルジョアジーの無
力と動揺の歴史である。前者と同様に後者も、ドイツの民主的変革を遂行する能力を欠いている
ことを、終局的にばくろした。
 一八四八―四九年のドイツの革命運動における「真実の戦闘部隊」、労働者階級についていえ
ば、彼らはおもに手工業労働者からなっていて、数の点でもすくなく、階級として未発達で、独
立の組織をもっていなかったから、労働者の独立の運動、「プロレタリアートの廃絶という一九
世紀の大課題」のための労働者自身の闘争は、さしあたって問題にならなかった。彼らは運動の
当初には民主党(小ブルジョアジーの党)の推進的左翼を構成していて、ただ「あらゆる機会に


18 :「革命と反革命」:03/04/08 21:29
革命的な大胆さと行動への決意をしめした」点で、小ブルジョアジーの大衆とちがっていた。エ
ンゲルスは、この労働者階級が運動の進行につれて民主党の影響を脱却したことこそ、この革命
の主要な結果である、と言っている。
 プロレタリア党、すなわちマルクス=エンゲルスの「共産主義者同盟」がこの革命運動におい
てとった政策は、運動の経過についての以上の評価にそのままあらわれているのであるが、しか
し本書では、「同盟」やマルクス=エンゲルス自身の活動についてはふれるところがすくない。
エンゲルスの論文『マルクスと「新ライン新聞」』(二巻選集第一巻二五二―五九ページ)や『
共産主義者同盟の記念のために』(同上二五九―七四ページ)に書かれているように、このこと
は、この国民大衆の巨大な運動にたいして同盟があまりにも弱い槓桿であったので、マルクスと
エンゲルスは、小さいセクトではなしに『新ライン新聞』という新聞によって、民主主義の旗じ
るし――ただし、プロレタリア的性格を強調したところの――のもとに、ひろくよびかけるほう
をえらんだ、という当時の運動の実情の反映であるが、ほかに、つぎの二つの事情も考えなけれ
ばならない。第一には、本書は、アメリカのブルジョア的公衆のために書かれたものであり、多
少ともこの公衆に適応しなければならなかったということ。第二には、この連続論文の結論とな
るはずであった第二〇番目の論文が発見されていないことである。この第二〇番目の論文のため


19 :「革命と反革命」:03/04/08 21:54
にはマルクスがくわしい要綱をつくってエンゲルスに提供することにうちあわせられていたので
あるが、ちょうどそのころマルクスはケルン共産党の公判に関連した闘争に忙殺されていたので、
あるいはこの結論は書かれずにしまったかもしれない。その結論にはなにが書かれるはずであっ
たかを、両人の往復書簡によって見ると、「革命ドイツの見通し」、「〔小ブルジョア民主主義
の〕亡命者たちの弾劾」、「革命中および革命後におけるわが党の態度」ということになってい
る。これに第一九章末尾にある「反革命同盟の成員にたいする別れの一べつ」をくわえれば、だ
いたい輪郭はわかる。これにたいしては、エリナーがつけくわえたケルン裁判についての記事で
は、やはり十分な代用というわけにはゆかない。
 そこで読者は、これらの点については、ぜひとも『共産党宣言』の第四章、ドイツの部、『共
産主義者同盟への中央委員会の呼びかけ』(二巻選集第一巻七九―八七ページ)や前掲のエンゲ
ルスの二論文を参照していただきたい。その他『新ライン新聞』のマルクス=エンゲルスの諸論
文(選集第三巻所収)はこの革命期の急速に変化する情勢への革命的戦術のいきいきとした適用
の模範であって、革命家としてのマルクス=エンゲルスの真面目をかたる、するどく、熱情的で
壮大な大文章なので、すすんで味読されるように希望する。



20 :「革命と反革命」:03/04/08 21:55
     三

 マルクスとエンゲルスは、その弁証法的唯物論の世界観に忠実に、プロレタリアートの階級闘
争にかんする彼らの学説を、偉大な革命期の歴史的経験にもとづいてきずきあげた。なかでも、
一八四八―五一年のヨーロッパの革命運動の経験は、もっとも重要なものである。ドイツにかん
しては、この革命運動は、前述したようにブルジョア民主主義的なものであって、直接に社会主
義的ではなかったが、マルクスとエンゲルスは、プロレタリアートにとってブルジョア革命の徹
底的遂行が利益であり、またプロレタリアートがその推進的部分としてこの革命に参加すること
の必要を確信していたから、身をもってこの時期の大衆的革命闘争に参加し、そこから真に重要
な結論をひきだした。レーニンとロシアのボリシェヴィキは、このマルクスとエンゲルスの指示
にまなび、それを発展させることによって、偉大なロシア革命を準備し遂行したのである。
 これらの結論の第一は、これまでのすべての革命は抑圧手段=国家機関を完成させてきたが、
すべての現実的人民革命の任務は、この国家機関をうちくだくことにある、ということである。
このためには、革命的階級の精力的な独裁が必要である。『新ライン新聞』で、マルクスとエン
ゲルスは、民主主義革命下における革命政府または独裁の任務についてつぎのように言っている。


21 :「革命と反革命」:03/04/08 21:55
「われわれは、はじめから、カンプハウゼン内閣が独裁的に行動せず、古い諸制度の残存物をた
だちに粉砕し、とりのぞかなかったということで、彼を非難してきた」(選集第三巻二六五ペー
ジ)、「国民議会にとって必要だったのは、時代おくれの諸政府の反動的侵害に対抗して、いた
るところで独裁的に行動し」(同上二二ページ)、「ドイツに現実に存在する事態から、人民主
権の原則に矛盾するあらゆるものをとりのぞき」、「議会自身が立っている革命的基盤をまもり、
革命の成果である人民主権をいかなる攻撃にたいしても安全にたもつこと」であった、と。
 『革命と反革命』のなかではエンゲルスはこのように明確に独裁の問題を提起していないが、
それは、さきに述べたように本書の制限された目的からであって、もし読者がこの点に留意しつ
つ本書を読めば、その基底に一貫してよこたわっているものがこの思想であることを見いだされ
るであろう。一八四八―四九年のドイツ革命における自由主義的ブルジョア民主主義者と小ブル
ジョア的民主主義者とのいっさいの罪の根源は、この革命的独裁の任務を理解せず、それを放棄
したことにあるのだ。独裁の学説は、プロレタリア階級闘争にかんするマルクス主義の学説の核
心であって、のちにレーニンとスターリンによってさらに発展させられたことは、よく知られて
いる。これについては、レーニンの『国家と革命』(本文庫既刊)を参照されたい。
 第二には、封建的諸関係の残存する国のプロレタリアートにとっては、ブルジョア民主主義的


22 :「革命と反革命」:03/04/08 21:56
変革を徹底的に遂行しつつ、プロレタリアートの終局的勝利まで革命を続行する必要である。一
八四八―五一年の革命運動の経験は、ブルジョアジーも小ブルジョアジーも、彼ら自身の革命を
中途でうらぎって、プロレタリアートに対抗するために以前の敵である古い封建的勢力と妥協す
るということをしめした。プロレタリアートは、これらの階級にたいして思想上・組織上の独立
性をたもつことにより、革命の進行につれ、順次指導権をこれらの階級から奪取し、彼らの裏切
りを克服し、国家権力がプロレタリアートによって奪取され、一国だけでなくすべての主要国に
おける決定的生産力がプロレタリアの手に集中されるまで、革命を永続させなければならない。
これがいまやマルクスとエンゲルスが定式化した永続革命の思想である。『革命と反革命』の第
二〇章には、このような「革命の見通し」があたえられたのであろうが、それがなくとも、読者
は、本書の随所にこの思想か表明されているのを見いだされるであろう。この民主主義革命にお
けるプロレタリアートの同盟者は、勤労農民である。ブルジョアジーが彼らの自然的同盟者であ
る農民をうらぎった(第六章)のちは、農民はプロレタリアートにその指導者をもとめざるをえ
ない。レーニンの指摘しているように、マルクスが「現実的人民革命」ということばで意味して
いる人民とは、まさに労働者と農民であるのだ。
 ブルジョアジーがまったく反動化し、強大な、階級意識あるプロレタリアートが形成された帝


23 :「革命と反革命」:03/04/08 21:56
国主義時代の条件下において、マルクス=エンゲルスの永続革命の思想はレーニンによって発展
させられて、ブルジョア民主主義革命におけるプロレタリア・ヘゲモニー、プロレタリアート・
農民の革命的・民主的独裁、ブルジョア民主主義革命のプロレタリア革命への成長移行について
の学説として、大成された。これについては、レーニンの『民主主義革命における社会民主党の
二つの戦術』(本文庫既刊)を参照されたい。
 第三には、本書の随所にあたえられているが、とくに第一七章に古典的な明確さで定式化され
ている「技術としての」武装蜂起の法則である。エンゲルスは卓抜したプロレタリア軍事専門家
であって、ここにかたられているドイツ国憲法戦役には、『新ライン新聞』の名誉をになって、
革命軍の一副官として参戦したのであるが、この経験にもとづいてここに普遍化された法則は、
今日にいたるまでプロレタリア軍事科学の最良の宝となっている(注69を参照)。
 エンゲルスが第一三章で、プロシアの国民議会がたたかわずして降伏した裏切りを痛烈に批判
しているところは、革命家エンゲルスの真髄をあらわしたものである。「よくたたかった敗北は、
たやすく得られた勝利よりも革命的重要性においておとるものでない。……彼らの没落は栄光に
つつまれたものであり、生残者の心に復讐の願望をのこしたであろう。そして、このような願望
こそ、革命的時代において、強力で熱烈な行動をよびおこす最高の誘因の一つである。」


24 :「革命と反革命」:03/04/08 21:56
 革命家の著作をまなぶには、頭脳でまなぶだけでは十分でない。彼の広大な魂をみたしていた
感情をわかつことが必要である。

   一九五三年七月
          国民文庫編集委員会



25 :名無しさん@3周年:03/04/08 23:21
>>1
いつもご苦労さまです。
ところで国民文庫はどうしたら手に入りますかね?
入手方法がわからないので、自分は岩波でしかマルエン・レーニンを読んでません

これからもがんばってUPして下さい!

26 :名無しさん@3周年:03/04/09 02:07
>   一九五三年七月
>          国民文庫編集委員会

半世紀も前の悪訳本をそのまま出しつづけたあげくに絶版にした大月の無責任。

25よ、そんなものの入手などやめて、図書館でマルエン全集でも読むことだ。
古本なら全刊揃えでも比較的安く入手可能。


27 :名無しさん@3周年:03/04/09 02:34
>26

漏れもそう思う。
書簡集以外なら簡単に集まるよ!

28 :2のマジレス:03/04/09 09:52
>>27
場所がないかも知れません。ディスク版も高いです。そういうわけで、
図書館で読むのが一番いいかも知れませんね。

ちなみに、後のほうになると、全集よりも良訳があります。レーニン
とか、ね。「経済学的ロマン主義の特徴づけによせて」が入手可能な
らば、全集版と国民文庫版を読み比べてください。

全集で分からなかったところが、国民文庫でわかったりしました。

決して、国民文庫が無価値であるとは思いません。


29 :2のつぶやき:03/04/09 10:03
「マル=エン」ディスク版を取り次ぎしているおっちゃん、漏れの
レーニン電子化構想を言ったら、「全集版を電子化汁!」とおっし
ゃった(藁)。実際にしたら、大月はどう出るのだろう? つーか、
DVP、無視しないでくださいよ・・・。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~kbc-cr/index.htm
http://www.cpm.ll.ehime-u.ac.jp/AkamacHomePage/DVProject/DVProjectJ.html


30 :あぼーん:03/04/09 10:06
 ( ・∀・)< こんなのみつけたっち♪
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku10.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku09.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku08.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku07.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku06.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku05.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku04.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku03.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku02.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku01.html

31 :かおりん祭り:03/04/09 10:06
http://saitama.gasuki.com/kaorin/
〜oノハヽo〜 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄                
  ( ^▽^) < こんなのがございまーす♪ 
= ⊂   )   \_______
= (__/"(__) トテテテ...

32 :椛蛹誌蒼X営業部長 原田:03/04/09 16:52
もう国民文庫は絶版なんだよ!わかったかよバカが!
(有)大月出版サービスの商管もドカドカ裁断に出してるよ、青木のスペース作ったからな。
いずれ、青木なんか吸収合併だよ。
もちろんだがその時にはリストラも断行だよ覚悟しとけよな、間抜けども。

33 :名無しさん@3周年:03/04/09 17:02
パート1って、これ、続けるの?

34 :25:03/04/09 20:40
>>26-29
どうも、みなさんレスありがとうございます。
一通りマルエン、レーニンを読んだらコレクション的に
国民文庫集めようと思ってたのです…。

しかし全集は重たくて読みづらそうですね。がんばって読みますが(w
毛沢東選集は薄くて軽いんですがね。。。

35 :名無しさん@3周年:03/04/09 20:48
>>32 そりゃあんた、洒落ならんて。
>>33 以前の経験から、アップするデータは1スレで収まりきらないと
思いますので。


36 :「ドイツ・イデオロギー」:03/04/09 20:51
解説がないので、注解を利用します。

     注解


 (1) 「フォイエルバッハにかんするテーゼ」はマルクスによって一八四五年の春にブリュッセ
ルで書かれたもので、一八四四―一八四七年の彼のノートブックのなかに「一  フォイエルバ
ッハについて」という表題のもとにふくまれている。それがはじめて公けにされたのは一八八八
年にエンゲルスによって、しかもエンゲルスの著作『ルードヴィヒ・フォイエルバッハとドイツ
古典哲学の終結』の改訂別刷本の付録としてであって、「マルクスのフォイエルバッハ観」("
Marx u¨ber Feuerbach")という表題がついていた。そこにはこれらのテーゼの成立の場所と時
も挙げられている。エンゲルスは一八八八年の刊本においてこれらのテーゼに編者としていくら
か手をくわえた。それは、「走り書きされたもので、絶対に印刷の予定ではなかったが、新しい
世界観の天才的な萌芽が書きつけられている最初の文書としてはかりしれない価値のある」(エ
ンゲルス)この覚え書を読者に理解しやすくするためであった。


37 :「ドイツ・イデオロギー」:03/04/09 20:51
 本書はまず第一にこれらのテーゼをマルクスによって一八四五年に書きおろされたかたちでお
さめ、他方、一八八八年のエンゲルスによって修正されたかたちのテキストは補録に入れられる。
このあとのほうの文章はマルクスの手稿をもとにして、一八八八年の版には欠けている強調符〔
傍点〕と引用符で補われた。「フォイエルバッハにかんするテーゼ」という表題はマルクス=レ
ーニン主義研究所によってエンゲルスの『フォイエルバッハ論』の序言にあわせてつけられたも
のである。
 (2) 『ドイツ・イデオロギー。フォイエルバッハ、B・バウアーおよびシュティルナーを代表
者たちとする最近のドイツ哲学とさまざまな予言者たちにおけるドイツ社会主義との批判』はカ
ール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスによる著作であって、一八四五―四六年に書かれた。
 一八四五年の春、マルクスとエンゲルスは共同してこの著作を書くことを決め、一八四五年九
月に精力的にこの仕事にとりかかった。手稿は約五〇ボーゲンの嵩《かさ》のもので、二巻から
成り、第一巻は主として史的唯物論の根本テーゼの仕上げと、ルードヴィヒ・フォイエルバッハ、
ブルーノ・バウアーおよびマックス・シュティルナーの哲学的見解にたいする批判をふくみ、第
二巻のほうは「真正」社会主義のさまざまな代表者たちの見解にたいする批判を内容とした。
 『ドイツ・イデオロギー』の仕事はおもな点では一八四六年の夏に終わった。この時期に第一


38 :「ドイツ・イデオロギー」:03/04/09 20:51
巻の大部分――すなわちブルーノ・バウアーとマックス・シュティルナーの見解にたいする批判
にあてられた章(「ライプツィヒ宗教会議」)――ならびに第二巻の大部分が仕上がっていた。
第一巻の第一部(ルードヴィヒ・フォイエルバッハの見解にたいする批判)についての仕事はま
だ一八四六年の後半もつづいたが、それでも終わらなかった。
 一八四六年五月はじめ第一巻の手稿の主要部分がヨーゼフ・ヴァイデマイヤーあてでヴェスト
ファーレンのシルデシェへ送られた。ヴァイデマイヤーはそこの企業家――「真正」社会主義者
のユリウス・マイヤーとルードルフ・レンペル――の資金援助が見込まれたので、それで出版を
準備するはずであった。第二巻の原稿の大部分がヴェストファーレンに届いたあとで、マイヤー
としンペルは一八四六年七月一三日付マルクスあての手紙で『ドイツ・イデオロギー』の出版に
資金を出すことを断わった。一八四六―四七年にマルクスとエンゲルスはこの著作の出版者を見
つけようとくりかえし試みた。だがこれらの骨おりは警察側からのいろいろな障害により、また
マルクスとエンゲルスが攻撃した諸傾向の代表者たちと考えを共にしていた出版者たちの拒絶が
つづいた結果、不首尾に終わった。
 マルクスとエンゲルスの存命中には『ドイツ・イデオロギー』のただ一章だけ、しかも第二巻
の第四章だけが、雑誌『ダス・ヴェストフェーリッシェ・ダンプボート』(一八四七年八月およ


39 :「ドイツ・イデオロギー」:03/04/09 20:52
び九月)に公けにされた。
 『ドイツ・イデオロギー』の第一巻第二章中の数ページは雑誌『ゲゼルシャフツシュピーゲル
』の第七冊(一八四六年一月号、「報知と覚え書」欄、六―八ページ)に発表されて「ブリュッ
セル、一一月二〇日」と記された匿名の覚え書と内容上一致している。
 『ゲゼルシャフツシュピーゲル』第六冊(「報知と覚え書」欄、九三ページから九六ページま
で)に発表された匿名の覚え書は、その後半がところどころ、『ドイツ・イデオロギー』第二巻
第五章と一致している。
 この書物の書名と第一巻および第二巻の表題は手稿中には保存されていない。それらは、一八
四七年四月九日の『トリール新聞』に発表されたマルクスのグリュン批判覚え書にもとづいて挿
入された。
 「フォイエルバッハ」の章のなかの諸表題の確定と原稿の配列は手稿の端《はし》のところに
あるマルクスとエンゲルスの注にもとづいておこなわれた。




40 :名無しさん@3周年:03/04/09 21:01
ケルン四月五日

41 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:12
     解説


       一

 本書は、表題がしめすように、ドイツ農民戦争と呼ばれる事件をとりあつかっている。それは、
一五、六世紀、人類の歴史におけるもっとも偉大な変革期の一つ、封建制が市民階級と反乱農民
によってうちやぶられ近代ブルジョア社会がはじまろうとする時代、一千年にわたって人心を暗
黒にとじこめたローマ法王の精神的独裁がやぶられ、芸術の最高度の発展(ルネッサンス文化)
と人間の視野の急激な拡大がもたらされた時代、「あの力づよい時代」(エンゲルス、選集第一
五巻二三二ページ)のことであった。ドイツでは、この運動は宗教改革運動の形をとっておこな
われ、一六世紀初めルッターが封建支配の中心であり象徴である法王のカトリック教会にたいし
て宣戦を布告して以来、改革運動の波は全ドイツをわきたたせていた。ルッターの合図にこたえ
て農民もまた各地で蜂起しはじめていたが、一五二四年、全国的な大農民反乱が勃発した。反乱
は、中部から南西にかけてドイツの三分の一とオーストリアの大半をおおった。都市の市民もま
たこれに参加した。戦いの先頭にはトマス・ミュンツァー、ミハエル・ガイスマイアーのような
勇気と鋭い頭脳をもった指導者が立ち、イェックライン・ロールバッハ、ルイバスのクノップフ
ら果断で節操のかたいいくたの指導者が農民のなかからうまれた。しかし、このおどろくべき闘


42 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:13
争力、発揮されたすばらしいエネルギーにもかかわらず、この最初の、そしておそらく最大の規
模のドイツ民主主義革命は一年有余の戦いののち敗北におわった。革命を指導すべき、そして革
命の勝利(封建制の打倒と民主主義社会の樹立)によってもっとも多くの利益を得るはずの市民
階級の裏切り、戦いに馴れず地方的にばらばらにわかれていた農民たちのいくたの弱点のため、
はじめの狼狽から立ちなおり優秀な武器とぺてんという戦術を駆使した諸侯軍の集中した行動の
まえに農民軍はやぶれさった。
 このドイツ革命を、そもそもの始まりからその結末まで、そのもっとも深い社会的・経済的原
因からその思想的現われにいたるまでを、全面的にくわしく明快に分析批判し、そして農民、平
民の戦いのすばらしい描写をえがきだしたのが、エンゲルスのこの『ドイツ農民戦争』なのであ
る。
 しかし、エンゲルスがこの『ドイツ農民戦争』を書いたのは、自国の過去の革命的闘争にたい
するたんに歴史的な興味からではなかった。この著作は現代の階級闘争の実践上の問題とふかく
むすびついていた。




43 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:22
       二

 エンゲルスが本書を書いたのは一八四八―四九年の革命の敗北と反革命の勝利が確定的となっ
た直後のことであった。一八四八年二月、パリの革命にはじまった革命の波は、このころ、ドイ
ツだけでなく全ヨーロッパにおいてまったくしりぞき、新しい革命的機運を期待する見こみは当
分なくなった。一八四八―四九年のドイツ革命にみずから積極的に参加したマルクスとエンゲル
スは、運動のこの一時的な後退と足がための時期に、おわったばかりの革命の経験を批判検討し、
そして大衆をして彼らのみずから参加し経験した革命の豊富な教訓をまなばせるよう努力したの
である。フランスの革命にかんする『フランスにおける階級闘争』(一八五〇年三―四月)、ド
イツの革命にかんする『革命と反革命』(一八五一―五二年)は、そのために書かれた。本書『
ドイツ農民戦争』もまた同じ趣旨にでている。しかし、このときなぜ三〇〇年前のドイツ人民の
闘争の姿をえがきだし、それからまなぶ必要があったのか? そのことについては、エンゲルス
自身本書の冒頭でふれ、また第二版の序文でいっそうくわしく書いている。くわしくはそれを見
ていただくとして、ここでごくかいつまんで言えば、それはこの二つの革命のいちじるしい類似
性のためであった。それは、封建制の一掃と近代市民社会の樹立という同じ歴史的任務を課題に
もち、そしてはじめは同じように革命の高まりを見せながら、同じような原因によって、そして
同じような経過をたどって、敗北した。一八四八年の事件は、一五二五年の事件でてらしだされ
ることによって、その特質がなおいっそうあきらかにされるのである。しかし、同時にこの二つ


44 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:23
の革命のあらゆる類似にかかわらず、いやむしろそのような類似があればこそ、なおいっそうあ
ざやかに、一つの決定的に重要な相違がうかびあがってくる。エンゲルスは本書のいちばん最後
にそのことにふれ、それを本書の結びにしているが、それは一口にいえば、一五二五年にはまだ
あるかなしかの存在であった一つの階級が一八四八年にはすでに力づよく成長していたことであ
る。その階級とは近代的労働者階級(プロレタリアート)である。このことが、一八四八年にた
いし、一五二五年とちがった性格をあたえ、ちがった展望をもたらしたのである。
 一八四八―四九年の革命については、前記のマルクス、エンゲルスの著書(選集第三、四、五
巻所収)にくわしい。一五二五年にくらべて一八四八年のドイツもまた悲しむべき分裂状態にあ
ったが、しかし、「単一不可分のドイツ民主共和国」のためにたたかう強力な党派が出現したと
ころに、それだけではないにしても、大きな相違があった。一八四八年革命の敗北の一因として、
上記の要求のために徹底的にたたかわなかった優秀な革命家のあったことも、見のがせないこと
であった。ドイツ(とくに西南ドイツ)の分裂は一八四九年のドイツ国憲法戦役(選集第四巻所
収)をも地方的反乱におわらせてしまった。この憲法戦役にまきこまれた地方と農民戦争の地方
とが一致しているのは、たんなる暗合であろうか?


45 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:23
       三

 本番の内容については、とくに解説する必要はあるまい。また、予備知識もあまり必要としな
い。エンゲルスはドイツの労働者のためにこれを書いた、そして、当時のドイツの読者にとって
も三〇〇年まえの農民戦争はだれでもがよく知っていることではなく、そのためにエンゲルスは
なにも知らない人にもよくわかるよう委曲をつくして説明しているからである。だから、われわ
れは、ゆっくり注意ぶかく読むならば、本書の豊富で深い内容を、あまり大きな困難なしにつか
むことができる。ただ当時の人々にわかりきった一八四八―四九年のことについては、エンゲル
スは当然読者の知識を前提として言及している(詳細は、本文庫の『革命と反革命』を見ていた
だきたい。なお、われわれ日本の読者になじみのない農民戦争当時のヨーロッパの特殊な制度文
物については訳者の注で簡単に説明してある)。
 それゆえ、ここでは本晝の構成と内容についてごく手みじかにふれながら、今日われわれが読
むばあいとくに注意すべき点について、二つ三つ述べておくにとどめる。
 第一章では、農民戦争のもっとも深い、もっとも「根本的な原因」である、一六世紀初めのド
イツの経済関係の発展段階と、これによって規定されたさまざまな階級、身分、諸党派の生活情
況と相互関係があきらかにされる。第二章では、これらの諸党派が「自分の立場をみずからあき
らかにしようとしてつくりだす政治的・宗教的理論」、とくに当時の支配体制に反抗する勢力と
して形成された二大反対派(市民の党派と農民と平民の党派)のそれをくわしく分析し、この二


46 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:24
大党派のそれぞれの思想的代表者である市民的改革家マルティン・ルッターと平民的革命家トマ
ス・ミュンツァーの理論と性格と行動をくわしくえがきだしている。この二人の輝かしい人物の
対照は、じつにあざやかである。広範な大衆が実際にうごきだし運動が激化するとたちまち反動
化し運動をうらぎる改良家ルッターと、運動の進展と大衆の水準をとびこえてさえ急進化する革
命家ミュンツァー。エンゲルスは、これらの二人の相違が、ほかでもない彼らがそれぞれ代表す
る階級の相違にもとづいていることを、あきらかにしている。つぎに大農民戦争を準備した一四
七〇年以来の三〇年にわたる農民の執拗な地方一揆をえがいた第三章と、下級貴族の反乱にかん
する第四章がくる。おそるべき圧制のもとで、つぶされてもつぶされてもくりかえし徒党をくみ
一揆に立ちあがるドイツ農民の執拗さ、非常な困難のなかで一揆組織をつくりあげてゆく、農民
のなかから出た指導者たちの、おどろくべき闘志とすばらしい創意、この農民闘争の姿にたいし
て、第四章における反抗の叫びはきわめてはなばなしいが一度の旗上げでぞうさなくけちらかさ
れそれっきりにおわる下級貴族反乱のあっけなさは、すこぶる対照的である。この二つの反抗運
動を序曲として、つぎに本来の大農民戦争の描写がくる(第五、六章)。これはエンゲルスが序
文で「戦争そのものの経過はざっとえがくにとどめて」と言っているが、その重要さは本書の前
半にかならずしもおとらない。ここでエンゲルスは、農民勢が発揮したすばらしい精力、ひとり


47 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:24
びとりの指導者、一つ一つの一揆勢が一つ一つの戦闘において発揮した偉大な闘争力と英雄主義
をいきいきとえがくと同時に、それにもかかわらず、いやなによりも諸侯の小軍隊をのみつくす
かに見えるその圧倒的な数の優越にかかわらず、なにゆえ農民軍が結局は惨瘡たる敗北を喫しな
ければならなかったかを、戦闘の具体的な経過の描写を通じて徹底的にあきらかにしている。そ
れは、敵の強さのためよりもむしろ農民軍自身のなかの数々の弱点のためであった。これらの弱
点はなににもとづいていたか? 本書の第一章を読まれた読者は、そのもっとも深い原因、すな
わち農民自身の生活諸条件のなかから 容易に理解することができる。
 第七章は全体の総括と結論である。ここでエンゲルスは、革命の敗北がのちのドイツの歴史に
どのように決定的な影響をあたえたかを述べ、最後に現代の革命との連関について述べて本書を
おわっている。
 エンゲルスは本書の全体にわたって、革命にくわわったさまざまの階級と党派が革命のなかで
どんな役割を演じたか、だれが革命を真におしすすめようとしたか、どの階級が革命をうらぎっ
たか、それらのことを、彼らの思想と行動の描写を通じて、力をこめてえがきだしている。とく
にだれが革命をうらぎったかという問題は、一八四八―四九年の革命を敗北させたもっとも大き
な原因として、エンゲルスと当時の読者にとってもっとも切実な重要な問題であった。それゆえ、


48 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:26
このことについては一八四八年の革命のばあいをひきあいにだして本書のいたるところでふれて
おり、序文でもまた新しい側面からこの問題に光をあてている。当時、運動を指導しうる能力を
もつ階級はただ一つ市民的階級だけであり、そしてほかでもないこの階級かうらぎったからこそ
戦闘を敗北におわらせたのであったが、今日では、運動を真に指導すべき階級として強力な労働
者階級があり、その党がある。もし党を通じてこの階級の指導が確立されるならば、もっとも広
範な住民層(多くは農民と一般市民)を動員しつつ、闘争はけっして農民戦争のようにはおわら
ないであろうことを、今日の多くの闘争の経験はおしえている。この点に関連してエンゲルスが
『農民戦争』全体を通じてあきらかにしているもう一つの重要な問題がある。それは、農民だけ
では革命を遂行できない、ということである。エンゲルスはこれを、さまざまの地方の農民一揆
勢が戦争のなかでとった行動、その戦いぶりを通じてだけでなく、農民階級自身の生活諸条件そ
のものからあきらかにしている。農民の生活様式そのものよりする孤立とドイツの政治的分裂は
決定的弱な点だった。農民が多少とも広い範囲にわたって団結し統一したのは(これが革命遂行
の最初の、もっとも基本的な条件である)共通の支配者の圧制のゆえであった。すなわち、「さ
まざまの一揆勢の結集が可能であったただ一つのばあいは……彼らをたおした特定の敵の共通性
のためであった」のである。わが国の封建時代、本居宣長が、当時しきりにおこった一揆強訴は


49 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:26
「みな上の非なるよりおこれり……よくよくたえがたきにいたらざればこのことはおこるものに
あらず。たとえおこさんとおもうものありとしても村々一致することはかたく」、しかるに「近
年たやすく一致しかたまりてこのことのおこりやすさはひっきょう人為にはあらず」搾取と圧制
の強化にありとしたのは、つまりこの間の事情を言っているのである(『秘本玉くしげ』上、一
七八七年)。ドイツの一五二五年では、村をこえ地方をこえて全国的な規模において農民が立ち
あがったが、全国的な統一指導がなく、諸侯の集中した攻撃によって各個撃破されてしまったこ
とはエンゲルスが述べているところである。そのうえ、ごくわずかな目さきの譲歩に簡単に満足
して敵と妥協する傾向、しばしば敵の約束をまにうけてだまされる人のよさ、さまざまの地方的
な偏狭さなどの弱点も、エンゲルスはえがいている。
 農民は指導を必要とする。そして、今日これを指導すべきものが労働者階級であることは、こ
とあらためていうまでもない。労働者と農民の同盟は今日のすべての広範な闘争の成否をきめる
かぎである。また、労働者のがわからいっても農民との同盟なしにはいかなる革命もむなしい。
わが国のように農民が国民中の多数をしめ、しかも農村におくれた関係が支配している国では、
とくにそうである。エンゲルス時代のドイツにおいてもそうであった。さればこそエンゲルスは、
自国の歴史のなかから偉大な農民闘争の姿を労働者のまえにえがきだし、その闘争力のすばらし
さとともにそのあらゆる性質をあきらかにしめしたのである。


50 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:27
       四

 最後に、エンゲルスの二つの序文について簡単に述べておこう。この序文は、大部分は本文に
関係して一八五〇年以後のドイツの政治情勢を分析したもので、独立の重要性をもっている(歴
史的事実についてはエンゲルスの『歴史における暴力の役割』を見られたい。選集第一六巻所収。
しかし、そこで述べられている中心的な問題は今日のわれわれにとっても関係の深い問題であり、
けっしてわかりにくくはない。なお、第二版の序文のはじめのほうをのぞいて二つの序文は、本
文のあとで読んだほうがよい)。
 第二版の序文ではとくに一五二五年の革命と一八四八年の革命との基本的な相違についてふれ、
それに関係してドイツのブルジョアジーの政治行動の特質を明快に述べている。ドイツのブルジ
ョアジーは、自国のプロレタリアートと、そしてそれ以上の程度で先進国のプロレタリアートの
革命的な行動にたいする恐怖から、社会のあらゆる反動的な階級と手をむすぶ。彼らはプロレタ
リアートをおそれるあまり反動的な絶対主義的支配者に屈服し、どんな見ぐるしいふるまいでも
平気でやる。しかし、ブルジョアジーおよびこれと同盟をむすんだ反動階級とたたかうために、
プロレタリアートもまた同盟者をもとめなければならない。エンゲルスは、可能な同盟者として


51 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:27
小ブルジョア、ルンペン・プロレタリアート、農民および農業労働者をあげ、同盟者としてのそ
れらの特質をいちいち検討し、どれと同盟しなければならないか、どれと同盟してはならないか、
をあきらかにし、そして最後のものとの同盟すなわち労農同盟こそプロレタリアートの党のもっ
ともさしせまっただいじな任務であることをおしえている。
 エンゲルスは一八七五年の第三版に第二版序文へのあとがきを書いて、一八七〇―七一年に対
仏戦争の大勝利とドイツ統一の完成などの大国事劇をなしとげ得意の絶頂にあったプロシア国家
の性質を分析し、この国家が、一七五〇年以来の基礎的な経済関係の変化(資本主義の発達)と
プロレタリアートの抬頭のためにどのように変化しなければならなかったかを、あきらかにして
いる。はじめプロシア国家は半封建的な国家(絶対主義君主制)であった。しかし、ブルジョア
ジーの進出にたいして貴族をまもることでなく、プロレタリアートの進出にたいしてすべての所
有階級をまもることが問題になった瞬間から、君主制は君主制でも、そのためにもっとつごうの
よい、それに応じたもっと新しい型の国家(ボナパルティズム)に、移行しなければならないの
である。エンゲルスはこの序文の後段で、ドイツ・プロレタリアートとその党のめざましい発展
を述べ、ドイツの運動の成功をもたらした原因としてドイツのプロレタリアートがもっていた二
つの利点――ドイツの労働者のもっている「理論的感覚」と、ドイツの運動が時代的におくれて


52 :「ドイツ農民戦争」:03/04/10 19:28
登場したために先進諸国の運動の経験をたやすく利用しうること、をあげている。レーニンがこ
の部分を『なにをなすべきか?』に引用して、前衛党に理論の必要なことを強調しているのは、
周知のところである(本文庫版四三ページ以下を見よ)。
 一八四八年の任務が「上からの革命」で解決されたことは、ドイツ民族にとってはやはり不幸
であった。民族的統一は排外主義にすすみ、本世紀に二度までヨーロッパに比類ない惨禍をもた
らしたのちやっと東半分で一八四八年の課題は解決されたが、西半分は依然として外国の支配と
再武装によってヨーロッパの脅威となり、またドイツ民族を分裂させている。「平和愛好統一民
主ドイツの成立こそは、ドイツを世界平和に貢献する偉大な民族とするであろう。」農民戦争の
課題の解決は、全世界の平和民主勢力との協力によってこそ解決されるであろう。ドイツ民族の
問題はわが民族の問題でもある。

   一九五三年十一月
           ##国民文庫編集委員会##


53 :名無しさん@3周年:03/04/10 19:41
マルクスって愛人いたんでしょ?
本当は大金持ちだったんでしょ?

54 :名無しさん@3周年:03/04/10 19:42
>>41-52
お疲れ様です。

55 :名無しさん@3周年:03/04/10 19:52
>>53
子供三人栄養失調で死なせている。赤貧。
原稿が書きあがってこれで現金にありつけるかと思いきや、郵送する金もなかった(^^;)なんてこともあったくらいだ。

愛人なんかいる訳がない。
ただカミさんが金策に走り回ってる留守中に、賄いさんに手を出して妊娠させた(^^;)なんてことはあった。

これらの尻拭いをしてきたのは全部エンゲルスである。
資本論も本人が出したのは一巻だけ。
残りは死後エンゲルスとカミさん・娘さんで、遺されたノートやメモや原稿を整理して出版した。
因果な人生だ・・・。

56 :名無しさん@3周年:03/04/10 20:00
ダメ人間じゃん

57 :名無しさん@3周年:03/04/10 20:01
【フェミファシズム】
@いかがわしい男女平等(女性特別優遇、男性差別)

Aいかがわしい児童保護(女権拡大の為の児童保護の悪用)



58 :名無しさん@3周年:03/04/10 20:03
>>55
本当は赤貧というほど赤貧ではなかったらしいが、貴族出身の嫁さんの見栄のせいで金がなかったらしい。
娘にブルジョア的教育を受けさせたり、娘の婿探しのために舞踏会を開いたり、保養地に旅行したりしてたから金がかかりまくりだった。


59 :名無しさん@3周年:03/04/10 20:37
>55
>子供三人栄養失調で死なせている。赤貧。
>原稿が書きあがってこれで現金にありつけるかと思いきや、郵送する金もなかった(^^;)なんてこともあったくらいだ。

>愛人なんかいる訳がない。
>ただカミさんが金策に走り回ってる留守中に、賄いさんに手を出して妊娠させた(^^;)なんてことはあった。

これに矛盾ないですか?
何で,子供三人栄養失調で死なせているほど金無いのに「賄いさん」雇えるんですか?
「賄いさん」という名の愛人なのでしょう?
自分の子供よりも愛人に金使ったってことしょ。

60 :2です:03/04/10 21:11
>>59 所謂「貧乏貴族」ですよ。マルクスは収入が結構あったけど、すぐに
他の活動家に金を渡してしまい、母親にはこんなことを言われています。

「経済学の勉強をしているくせに、個人的な経済観念はないねえ。」

61 :2です:03/04/10 21:19
的場昭弘氏の文章が手許にありますが、それからマルクス家の経済に関する
ものを転載します。

マルクス家の収入は、結婚(一八四三年)から、二月革命の失敗のころ(一
八四九年)までは父の遺産の一部、『新ライン新聞』の給料、妻の持参金、
原稿料などがあり、かなり裕福であったといえる。問題はロンドンへの亡命
後だが、収入の内訳を見ると、まず、エンゲルスからの仕送りが一八五〇年
代が五十から六十ポンド、一八六〇年代前半二百から三百ポンド、後半二百
から九百ポンド(後半の総額三千ポンド)。その他に、遺産総額千七百ポン
ド、株式収入四百ポンド、原稿料七〇〇ポンドなどの収入があり、二十年間
の収入総額六千から七千ポンド。年平均で三百ポンドの収入があったことに
なる。もっとも収入の低かった一八五〇年代は、年百から二百ポンドで中産
階級としての生活を維持するにはギリギリの収入だが、もちろん労働者階級
の所得に比べれば、高額であることはまちがいない。

62 :2です:03/04/10 21:24
マルクスは娘たちにヴィクトリア時代の典型的な淑女教育をほどこした。
娘たちは、学費の高い私立の女学校に通い、ピアノや乗馬を習った。イェ
ニー(註:マルクスの妻:イェニー・ヴェストファーレン)は、「男爵ヴ
ェストファーレン」と肩書のついた名刺を持ち歩き、毎年避暑地に出かけ
社交生活も心がけた。一八六四年に大きな屋敷に引っ越したときには、娘
たちによい縁談がまとまるよう舞踏会を開くこともした。そのかいあって、
次女のラウラは、フランス人でプランテーション経営者の息子、ポール・
ラファルグと婚約することができた。しかし、教会で結婚式をあげる費用
がない。近隣への体面をどう保つか相談されたエンゲルスは、ラウラはプ
ロテスタント、ラファルグはカトリックだから、教会で式はあげられない
ということにしたらどうかと答えたという。

63 :名無しさん@3周年:03/04/10 21:24
ケルン四月七日

64 :2です:03/04/10 21:26
奉公人(ヘレーネ・デムート)は、妻イェニー・ヴェストファーレンの
世話係として育てられ、イェニーの結婚に際しても実家からつきしたが
ってきた人です。マルクスと姦通し、男の子が生まれますが、エンゲル
スの養子となります。

65 :2です:03/04/10 21:32
エラソーにマルクスを語る「共産主義者のマルクス像」とは異なり、ボヘミアン
であり、根っからのDQNであり、ある意味ダメ人間の典型−−天才は往々にし
てどこか壊れているもの−−であるマルクスが大好きです。キャラが立ちまくり。

DQNマルクス像について、同じく的場氏の文章より・・・
一八三五年マルクスはボン大学へ進学する。そこで生まれ故郷トリーアの郷土団体
に入会するが、この団体はしばしば居酒屋で集会を開き乱痴気騒ぎをやらかした。
一八三六年、父のすすめもあり、マルクスはベルリン大学に移るが、そのときの
転学証明書には、「騒乱と泥酔による禁固一日」「ケルンで禁止されている武器
携帯」などという特記事項がある。どうやら、学生時代のマルクスは飲んで暴れ
たり、武器をもって街中を徘徊していたらしい。
−−−
別の本によると、マルクスは武器乱闘で顔をざっくり切られたり、「喧嘩屋マル
クス」という渾名を付けられたりしたそうです。

66 :59:03/04/10 21:34
>60
分かりました,ありがとうございます。

つまり
個人的経済観念→ゼロ−マルクス本人が証明済み
国家的経済観念→ゼロ−ソ連,北朝鮮で証明済み
机上的経済観念→大学教授のために少しは必要
ってことですね。





67 :2です:03/04/10 21:49
>>66
いや、そういう形式論理は成り立ちませんよ。ソ連・北朝鮮はとりあえず
はマルクスの想起した社会主義以前の問題でぽしゃっているわけですし。
マルクスは、「自由な人間の自由な諸連合」という形で、疎外された労働
を乗り越えることを夢想(構想)したわけですが、ソ連や北朝鮮はそうい
う社会ではなかったわけですし。

じゃあ、なぜそれ以前でぽしゃったかという問題ですが、マルクスたちの
時代にあっては当時の西欧知識人の前提であった様々な事柄(人権・民主
主義などなど)が、ロシアや朝鮮の民衆・指導者に血肉化されておらず、
仏像作って魂入れず になったためだと思いますね。これは、マルクス主義
だけで解決がつく問題ではありません。マルクス以前の問題だと思います。
マルクスの「民主」「人権」「宗教」批判のありようを自称マルクス主義者
が捉え間違ったというか。の辺の感覚のなさが、日本においても今の左翼の
退潮を招いていると愚考します。

ちょっと飛ばしましたが、この辺で議論されていることを考えるにつけ、
そう思います。
http://6015.teacup.com/shakai/bbs

68 :名無しさん@3周年:03/04/10 22:11
>ソ連・北朝鮮はとりあえずはマルクスの想起した社会主義以前の問題でぽしゃっているわけですし。

これって逃げ口上でしょ。
1960,70年代の社会主義の本見ればマルクス万々歳ですよ。
マルクスの思想を最も体現したのがソ連ってことなってますよ。



69 :名無しさん@3周年:03/04/10 22:19
>>68
>>ソ連・北朝鮮はとりあえずはマルクスの想起した社会主義以前の問題でぽしゃっているわけですし。

>これって逃げ口上でしょ。

逃げ口上でもなんでもない、歴史的事実として「このまんま」です。

70 :名無しさん@3周年:03/04/10 22:27
>>68
>1960,70年代の社会主義の本見ればマルクス万々歳ですよ。
>マルクスの思想を最も体現したのがソ連ってことなってますよ。

向坂逸郎でもここまではいわないだろうw
いったいどんな本なんだ。俺ぜひ読みたい。紹介してくれ。



71 :2です:03/04/10 22:32
>>68
あの、トロツキズムって言葉、あるいは「国家資本主義」って言葉ご存知
でしょうか。ソ連への批判的視座を持った社会主義理論は、腐るほどあり
ますよ。

一言で言えば、「マルクスの思想を最も体現したのがソ連」という本が
間違いです。

72 :共産が反レスやめたら・・・。:03/04/10 22:35
(改めてHN)共産が反レスやめたら事実が埋没するのでそれは嫌だと思う人

国民保険料を下げる方法。民医連系の病院に行かない事。二重不正請求が無くなるから
国民保険は間違いなく黒字になる。

73 :名無しさん@3周年:03/04/10 22:38
重箱の隅を突付くようかもしれませんが、一応一般の方が誤解するといけないので。

トロツキーは「ソ連=国家資本主義」論を否定しています。
「堕落した労働者国家」がトロツキーの位置付けです。

74 :2です:03/04/10 22:39
>>70
たしかに、そういう本もありました。調査して、見つけ次第文章をアップ
しましょう。

75 :68:03/04/10 22:48
>70
俺が読んだのはソ連の本を翻訳したものや
日本共産党系労働組合の勉強会のものが多い。
かなりマニアックものが多いが,当時のやつらがだまされのが分かるくらい
文章がうまいし,生き生きしている。

76 :70:03/04/10 22:51
>>74
ホントですか?よろしくお願いします。
60〜70年代といえば、新左翼系はむろんのこと、日本共産党でさえ
一定のソ連批判は展開しはじめた時期。
「マルクスの思想を最も体現したのがソ連」!読みたいです。

北朝鮮に対する井上周八みたいな人がソ連論でもいたのでしょうか。

77 :2です:03/04/10 22:54
>>73 ありがとうございます。トロツキズムと国家資本主義は別物ですものね。


78 :2です:03/04/10 23:05
>>68
>>75
言い方は変ですが、素人じゃないですね。ならば、なおさら「逃げ口上」
で済まされるほど、社会主義にまつわる問題がヤワじゃないことがお分かり
かと思うのですが・・・。その上で、「ソ連」の本が「マルクスの思想を体現」
っていうのは、ある意味アタリマエじゃないかと思います。

>>76
中ソ論争が61年頃からですね。心当たりを当たってみますが、共産党系じゃ
なく、社会党系になるかと思います。

79 :名無しさん@3周年:03/04/11 00:56
可能性としては「社会主義協会」か「日共日本のこえ系分派」でしょうね。ソ連崇拝というと。

80 :名無しさん@3周年:03/04/11 08:54
>>66
>>68
>>75
ソ連や北朝鮮が社会主義と思ってたり、社会主義と共産主義の違いがわからない人は
経済板のここに行きなさい。素人なら素人らしく尋ね方ってもんがあるじゃん。
いきなり喧嘩腰なんて、まるでマルクスのようd(略・・・
スレ違いもいいとこだ!

なんで共産主義にしないの?その2
http://money.2ch.net/test/read.cgi/eco/1046531768/

だいたいソ連自身が
「自分達はマルクス主義から外れてます。ノーメンクラツーラが一杯います。」
なんて言うわけないじゃん。

81 :名無し@3周年 :03/04/11 09:06
だーら日本の共産党は変態、変態を繰り返して真性変態になったのよ。
ソ連や北朝鮮と比べるなってそらー変態し続けてんだから認めます。

82 :bloom:03/04/11 09:10
http://www2.leverage.jp/start/

83 :2です。:03/04/11 09:59
>>80さんへ。>>68さんは、思うに「唯一絶対一つの読み方、それ以外
は間違い」という、実に共産党的な読み方を受け入れていたため、ソ
連崩壊=社会主義の「全ての理念」崩壊と捉えたように思います。真
面目な共産党支持者の一部に見られる傾向であると思いますね。余り
いじめないようにしましょう。(私は、>>68さんが「素人」とは思え
ないんですよ。)

ややこしい話は、またいずれ。

84 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:15
  解説

 マルクス=エンゲルス全集第二〇巻は、エンゲルスの二つの大著『反デューリング論』および
『自然の弁証法』からなりたっている。この二つの著作は、一八七三年から一八八三年までの時
期に成立した。この両著作への個々の補足は、マルクスの死後に、すなわち一八八三年以後に、
はじめてエンゲルスによって書かれた。
 エンゲルスが『自然の弁証法』という表題の大きな著作にとりかかったのは、『反デューリン
グ論』の執筆を始める数年まえのことである。三年のあいだに(一八七三―一八七六年)エンゲ
ルスはかなり大量の資料を集めて、この労作のための序論を書くまでになった。デューリングの
見解の批判を終えてから、エンゲルスはまた『自然の弁証法』の仕事にかえった。弁証法的唯物
論の自然観をつくりあげる決定的な段階が始まった。――それは、自然科学の分野におけるマル
クスとエンゲルスの長年にわたる研究を総括する段階であった。
 一九世紀の数十年にわたって、資本主義的生産様式の発展に、その生産力の発展に刺激されて、
技術と自然科学、とくに生産上の必要と多かれ少なかれ直接的な関係をもった自然科学の諸部門
が、急激に発達してきた。


85 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:16
 一九世紀のはじめ、とくにその中葉には、数学、天文学、物理学、化学、生物学において、す
ぐれた発見や業績がなしとげられた。新しい事実や法則が確認され、新しい仮説や学説が立てら
れ、新しい科学部門が生まれてきた。
 自然科学のこの凱旋行進の最も高くそびえる道標となったのは、――エンゲルスが示している
ように――三つの大発見、すなわち、細胞説、エネルギーの保存と転化の法則、ダーウィン学説
であった。一八三八年から一八三九年にかけて、マティーアス・ヤーコプ・シュライデンとテー
オドル・シュヴァンが、動物の細胞と植物の細胞の同一性を確認し、細胞が生物の基本的な構造
単位であることを証明し、整然たる生物構造の細胞説をつくりだした。これによって、全生物界
の統一性が証明されたのであった。一八四二年から一八四七年にかけて、ローベルト・マイアー、
ジェームズ・プレスコット・ジュール、ウィリアム・ロバート・グローヴ、ルドヴィ・アウグス
ト・コルディングおよびへルマン・ヘルムホルツが、エネルギーの保存と転化の法則を発見し、
そして基礎づけた。これによって、全自然は、物質の普遍的運動の一つの形態から別の形態への
不断の転化過程として現われた。一八五九年には、チャールズ・ダーウィンの主著『自然選択の
方途による……種の起源』が公刊されたが、これは、一世紀にわたる進化思想の発展を完了して、
現代生物学全体の土台をすえたものであった。これらの発見の哲学的意義は、自然過程の弁証法


86 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:16
的性格を最も集約的に明らかにした点にあった。一九世紀の中ごろから、自然科学の発展は真に
革命的な性格をとるにいたった。しかし、この発展は、自然科学の新しい材料の弁証法的性格と、
自然科学者のあいだで支配的であった形而上学的方法とのあいだの矛盾によって妨げられた。
 一九世紀中葉の数十年間における自然科学の最も重要な業績を哲学的に概括して、弁証法的唯
物論の自然観を発展させる必要があった。
 マルクスがその主著――『資本論』――の仕事にすっかり没頭しきっていたので、自然科学の
全発展過程によって提起されたこれらの新しい理論的課題の解決には、エンゲルスがあたった。
このための実際的な可能性は、エンゲルスがマンチェスターの商会の仕事から解放されて、ロン
ドンに移ったあとで生まれた。しかし、フランス=プロイセン戦争や、パリ・コミューンや、イ
ンタナショナルでの活動のため、エンゲルスが理論的研究に専心できるようになったのは、よう
やく一八七三年初頭以後のことであった。
 マルクスとエンゲルスが自然科学の諸問題に関心を寄せたのは、偶然でも、一時的なことでも
なかった。マルクスがその父にあてた青年時代の手紙(一八三七年一一月一〇日付)で、自身の
自然科学研究について報告したときからはじめて、彼が数学についての独自の労作を書いた晩年
にいたるまで、彼の自然科学研究が拡大し深まっていった経過をあとづけることができる。エン


87 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:17
ゲルスについても、同様の発展が認められる。
 マルクス主義の創始者たちは、整然たる世界観をつくりあげるにあたって、彼ら以前の哲学、
経済学、社会主義および共産主義学説の成果を批判的に加工しただけではなかった。――彼らは
また、同時代の自然科学の主要な業績をぜひとも概括しなければならなかった。それなしには、
唯物論に新しい弁証法的形態をあたえることは不可能だったのである。エンゲルスは、『反デュ
ーリング論』第二版への序文にこう書いている。「マルクスと私とは、おそらく、意識的な弁証
法をドイツの観念論哲学から救いだして、唯物論的な自然観と歴史観とのなかに取りいれた、ほ
とんど唯一の人間であった。しかし、弁証法的であると同時に唯物論的な自然観には、数学と自
然科学の知識が必要である。」(マルクス=エンゲルス全集、第二〇巻、一一ページを参照)
 マルクスは、一八六三年に書いた『資本論』の準備作のなかで、自然科学は「あらゆる知識の
基礎をなす」と書いていることから知られるように、自然科学の役割を高く評価していた。
 自然科学に深い関心を示していた点では、マルクスもエンゲルスも甲乙がなかった。しかし、
二人のあいだには独特の分業かなりたっていた。マルクスは、数学の造詣がより深く、また技術
史や農学についての知識が同様に深かった。同時に、彼は物理学、化学、生物学、地質学、解剖
学、生理学にたずさわった。エンゲルスにくらべて、彼は、数学と応用自然科学をより多く研究


88 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:18
した。エンゲルスは、物理学と生物学の造詣がより深く、同時に、数学、天文学、化学、解剖学、
生理学にたずさわった。マルクスにくらべて、彼は理論自然科学をより多く研究した。
 マルクス主義の生成期に書かれたマルクスとエンゲルスの諸著作、つまり一八四八年以前の諸
著作にも、すでに彼らが自然科学と技術の業績に深い注意をはらっていたことを立証する事実が
数多く見いだされる。しかし、この時期には、マルクスとエンゲルスはまだ自然科学の専門的研
究に着手してはいなかった。
 マルクスがこの種の研究を開始したのは、一八五一年がはじめである。当時彼は、経済学の分
野での研究を再開していたのであるが、技術と農学を徹底的に研究する目的で、技術史と農業化
学の専門的研究を始めた。後年、これらの研究の成果は、『資本論』第一巻の機械にかんする章
に利用され、また『資本論』第三巻の地代論を仕上げるさいに利用された。一八五〇年代には、
エンゲルスも自然科学の個々の問題にたずさわりはじめた。
 将来の『資本論』の最初の異稿の執筆に直接にとりかかったのち、マルクスは、この仕事の過
程で、数学を特別に研究する必要があるという結論に達した。彼の代数学研究は一八五八年に始
まる。解析幾何学と微分積分学の研究がそれにつづいた。後年、これらの研究は独立の意義をも
つものとなった。同じころ、エンゲルスは物理学と生理学の研究を始めたが、これは、弁証法を


89 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:18
いっそう発展させるために、これらの科学の業績、とくに細胞説とエネルギー転化の学説を利用
しようという意図によるものであった。マルクスとエンゲルスにとって自然科学の研究にたいす
る力づよい刺激となったのは、一八五九年末にダーウィンの主審が公刊されたことであった。エ
ンゲルスは、ダーウィンのこの書物をその出版直後に読んだ。マルクスは、一八六〇年末に同書
を読んで、エンゲルスにあてた手紙のなかで、ダーウィンの偉大な発見がマルクス主義にとって
もつ意義の古典的な規定をあたえた。「イギリスふうの粗雑な書き方ではあるが、これは、われ
われの見解にたいする自然史的な基礎をふくむ書物だ。」(マルクス=エンゲルス全集、第三〇
巻、一三一 (原)ページ〔一八六〇年一二月一九日付のマルクスからエンゲルスへの手紙〕)
それにつづく時期に、自然科学にたいするマルクスとエンゲルスの関心の範囲はいちじるしくひ
ろがった。二人は、生物学、解剖学、生理学、天文学、物理学、化学、その他の諸科学を研究し
た。
 マルクスとエンゲルスの自然科学研究の最も重要な段階は、一八七三年に始まって、一八八三
年にマルクスが死ぬときまでつづいた。この時期に、マルクスとエンゲルスは、その自然科学研
究をひきつづき拡大し深めるとともに、独自の労作の執筆にとりかかった。マルクスは、彼の数
学手稿の最も重要な部分を書いたが、そこでは彼は、微分法の弁証法的基礎づけをあたえること


90 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:19
を課題としていた。しかし、この時期に自然科学の分野で決定的な役割を果たしたのは、エンゲ
ルスの諸労作であり、彼の『自然の弁証法』であった。
 マルクスが死んでからは、エンゲルスにはもはや系統的に自然科学にたずさわる機会がなかっ
た。しかし、この最後の時期に書いた一連の労作のなかで、彼は、彼の以前の研究の成果のほか
に、自然科学の新しいデータを利用している。
 こういうわけで、一八七八年にエンゲルスがデューリングとの決着をつけて、『自然の弁証法
』の諸章の執筆にとりかかった当時には、彼はすでに長年にわたる自然科学の総合的研究の経険
にたよることができたのである。
 『自然の弁証法』の執筆にあたってエンゲルスがみずからに果した課題は、『反デューリング
論』第二版への序文に定式化されている。「私にとって肝心なことは、いうまでもなく、歴史に
おいて諸事件の外見上の偶然性をつうじて支配している弁証法的運動法則と同じものが、自然の
うちでも、無数のもつれあった変化をつうじて自己を貫徹しているということを、――これは、
一般的には私にとって疑いをいれないことであったが――個々の点についても確かめることであ
った。」「私にとっては、弁証法的法則を構成して自然のなかにもちこむというようなことは、
問題になりえなかったのであって、この法則を自然のなかに見つけだし、自然のなかから展開す


91 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:21
ることが、肝心なことであった。」(マルクス=エンゲルス全集、第二〇巻、一二ページを参照
)したがって、自然における客観的弁証法を明らかにし、そうすることで自然科学における意識
的な唯物弁証法の必要性を論証すること、自然科学から観念論、形而上学、不可知論、ならびに
俗流唯物論を駆逐し、自然科学の発展における最も重要な業績を弁証法的唯物論の立場から概括
し、そうすることで、唯物弁証法の基本的諸法別の普遍性を論証すること、これが課題であった。
 この目的のために、エンゲルスは膨大な事実資料を活用した。彼は、最大の自然科学者たちの
総計一〇〇冊に近い労作を利用した。そのなかには次の諸著作がふくまれている。すなわち、数
学ではシャルル・ボシュ、天文学ではヨハン・ハインリヒ・フォン・メードラーおよびアンジェ
ロ・セッキの諸著作、物理学ではローベルト・マイアー、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ、ウ
ィリアム・ロバート・グローヴ、ウィリアム・トムソン、ルードルフ・クラウジウス、ジェーム
ズ・クラーク・マックスウェル、グスタフ・ヴィーデマンおよびトマス・トムソンの諸著作、化
学ではアレクサンダー・ナウマン、ヘンリ・エンフィールド・ロスコーおよびカール・ショルレ
ンマーの諸著作、生物学ではチャールズ・ダーウィン、エルンスト・ヘッケル、ヘンリ・アリン
・ニコルソンの諸著作、および雑誌『ネーチャー』(『自然』)である。残念なことに、さまざ
まな事情のために、エンゲルスは、ロモノーソフ、ロバチェーフスキー、リーマン、ブトレーロ


92 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:21
フの労作や、電磁場理論についてのマックスウェルの労作のように、その当時にはそれほどよく
知られてはいなかったが、歴史的には重要性の点でいささかも劣らない諸研究を利用することが
できなかった。
 『自然の弁証法』は完成されなかったし、その個々の構成部分は準備的な下書きや、断片的な
覚え書きの性格を脱していないにもかかわらず、この著作は、共通の基本思想と整然たる統一的
計画とによって一つにまとまった、関連ある全一体となっている。
 『自然の弁証法』のなかで、エンゲルスは、自然科学史、とくにルネサンス時代から一九世紀
なかばまでの時期の自然科学史にかんする膨大な資料にもとづいて、自然科学の発展がけっきょ
くは実践、生産の必要によって制約されていることを示している。ここでエンゲルスは、マルク
ス主義の歴史上はじめて、哲学と自然科学との相互関係の問題を全面的に研究して、その不可分
の関連を明らかにし、「自然科学では自然科学自身の発展によって形而上学的なものの考え方は
不可能となった」こと、「弁証法への復帰は無意識におこなわれ、したがって矛盾にみち、緩慢
に」おこなわれること、ヘーゲルふうの神秘主義から解放された弁証法は「自然科学にとっては
絶対的な必需品となる」こと(本書、三ページおよび第二分冊、二七六ページ)を証明して、弁
証法的方法を意識的に把握するという課題を、自然科学にたいして提起している。


93 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:22
 エンゲルスは、物質と運動、空間と時間にかんする弁証法的唯物論の基本命題を発展させ、弁
証法の定義を具体化し、弁証法の三つの基本法則を定式化し、「弁証法的法則は自然の現実の発
展法則であり、したがって理論的な自然研究にとっても有効である」(本書、六六ページ)こと
を示している。
 『自然の弁証法』の中心思想は、物質の運動諸形態を分類し、それにおうじて、これらの運動
諸形態を研究する諸科学の分類をおこなうことである。最も低次の運動形態は簡単な位置変化で
あり、最も高次の運動形態は思考である。自然科学が研究する基本的な諸形態は、力学的、物理
学的、化学的および生物学的運動である。運動の低次の各形態は、弁証法的な飛躍によって高次
の形態に移行する。運動の高次の各形態は、従属的な契機として低次の形態をふくんではいるが、
それに帰着させられるものではない。物質の運動諸形態についてのこういう学説にもとづいて、
エンゲルスは、弁証法的唯物論の立場から自然諸科学の分類を立てている。これによれば、おの
おのの科学は「それぞれ一個の個別的な運動形態、または同じ類に属して相互に移行しあう一連
の運動形態を分析する」(本書第二分冊、三四六ページ)のである。
 この中心思想に立脚して、エンゲルスは、数学、力学、物理学、化学、生物学の弁証法的内容
を、順を追って考察している。そのさい彼は、数学では数学的抽象の外見上の先天性の問題、天


94 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:22
文学では太陽系の生成と発展の問題、物理学ではエネルギー転化説、化学では原子論の問題、生
物学では生命の起源と本質の問題、細胞説およびダーウィン学説を、とくに取りだして考察して
いる。自然科学から社会の歴史への移行をかたちづくるのは、エンゲルスがここで仕上げている
労働による人類発生の理論である。
 これらすべての問題を考察するにあたって、エンゲルスは、たんにあれこれの自然科学上の発
見を確認するにとどまらないで、弁証法的唯物論の方法を適用して、自然科学の最も重要な業績
を新しい仕方で解釈している。たとえば、エネルギー保存の法則を打ち立てたローベルト・マイ
アーその他の学者の発見の意義について述べながら、エンゲルスは、この発見における特殊的な
新しい点は、まさに自然の絶対的法則――すなわち、運動の各形態は他の任意の運動形態に転化
する能力をもっており、また転化せざるをえない、という法則を定式化したことである、と強調
している。エンゲルスは、エネルギー保存の法則の理解を豊かにして、エネルギーは量的にだけ
でなく、質的にも不滅であり、無限の宇宙では、いかなる運動形態も、他の運動諸形態に転化す
るにあたって、それ自体完全に消滅することはできない、という命題を提出している。あるいは
また、ダーウィンの発見の世界史的な意義について述べたさい、エンゲルスは、同時に、ダーウ
ィンが生物の変化の原因を捨象してしまったことを指摘し、「生存闘争」を絶対化する一面的な


95 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:23
考えに批判をくわえており、生物の進化において環境の果たす役割、またこの進化を規定する機
能としての物質代謝の役割を強調している。
 エンゲルスは、弁証法的唯物論の方法を適用して、同時代の自然科学の一連の問題を解決し、
科学の将来の発展の道の大筋を示し、後年なされたいくつかの科学上の業績を予見している。た
とえば、エンゲルスは、運動の二とおりの尺度という問題を解決しており、また同時代の電気学
説の矛盾を分析して、電離説を予見している。
 同時代の大多数の学者とは異なって、エンゲルスは、原子を複合的なものと見る思想を擁護し、
展開している。「この原子もいまではけっして単一なものとは考えられていないし、あるいは一
般にすでに知られている最小の物質粒子だともされていない。」(本書第二分冊、三七五ページ
)エンゲルスは、さまざまな次数の数学的無限小量に類比されるさまざまな粒子の存在を、天才
的に予見している。物質の構造についての現代の学説は、原子が複合的なものであり、汲みつく
しえないものだというエンゲルスの見解を裏書きしたし、ひきつづき裏書きしている。同様に、
物質を牽引と反発の統一と見る見解を展開するにあたって、エンゲルスは、――現代の物理学の
用語でいえば――静止質量をもたないような物質の形態が存在する原則的な可能性を指摘してい
るが、このこともまた二〇世紀の諸発見によって裏書きされた。


96 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:24
 『自然の弁証法』のなかで、エンゲルスは、はじめて生命についての彼の定義を定式化してい
る。「生命とは蛋白体の存在の仕方である。」(本書第二分冊、四二二ページ)この定義は、生
命の起源と本質の問題の研究の出発点となったものである。
 労働による人類発生の理論を仕上げたことは、エンゲルスの最大の功績の一つである。輝かし
い概説「猿が人間化するにあたっての労働の役割」のなかで、エンゲルスは、人間の身体上の類
型を形成し、人間社会を成立させるうえで労働、道具の生産が果たした決定的な役割を、比類の
ないみごとな筆致で説明し、どのように長期の歴史的過程の結果として、ヒトニザル〔類人猿〕
の祖先からそれと質的に異なった生物――人間――が発展してきたかを示している。
 エンゲルスは、すべての科学分野で先進的な見解や理論を支持し、前面に押しだし、それをさ
らに発展させている。とくに彼は、化学的元素の周期系を創始したロシアの大学者デ・イ・メン
デレーエフの科学上の業績を高く評価している。それと同時に、科学の最新の業績にもはや適合
しなくなって、研究のいっそうの進歩を妨げるにいたった見解にたいして、エンゲルスは断固と
してたたかっている。たとえば、ルードルフ・クラウジウス、ウィリアム・トムソンおよびヨー
ゼフ・ロシュミットの、いわゆる宇宙の「熱的死」という仮説に、かれは深遠な批判をくわえて
いる。エンゲルスは、この流行の仮説が正しく理解されたエネルギー保存および転化の法則と矛


97 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:25
盾することを示している。運動は量的にだけでなく、質的にも不滅であり、したがって宇宙の「
熱的死」はありえないとするエンゲルスの原則的命題は、先進的な自然科学のその後の発展がた
どった道の大筋を示したものであった。
 エンゲルスは、『自然の弁証法』を明らかにするとともに、この労作全体をつうじて、自然科
学者のあいだに見られる各種の反科学的な傾向にたいして、すなわち、俗流唯物論、形而上学、
観念論、不可知論や、さらに一面的な経験論、機械論や、心蚤論その他の宗教的イデオロギーの
影響にたいして、非妥協的にたたかっている。
 いうまでもないことながら、すべての自然科学が嵐のような革命的発展をおこなった過去数十
年のあいだに、『自然の弁証法』の個々の部分、とりわけエンゲルスが拠りどころとした事実資
料は、古くさくならないわけにはいかなかった。たとえば、エンゲルスが拠りどころとした宇宙
生成にかんするカント=ラプラスの仮説は、いまでは古くさくなっている。機械論的なエーテル
仮説は、最後的に否認された。電流速度が光速度をこえることは不可能であることが立証された。
しかし、これらすべては、『自然の弁証法』の本質にふれるものではない。この著書の一般的な
方法論と一般的構想は、その不滅の意義をたもっており、今後もたもってゆくであろう。
 『自然の弁証法』において主要なものは、その方法、唯物論的弁証法である。エンゲルスはこ


98 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:26
の書物で、理論的思考の役割、世界の認識における方法の役割を、非常な力をこめて強調してい
る。「弁証法を軽視すれば罰なしにはすまされない。」なぜなら、理論的思考なしには、「二つ
の自然事象を関連させたり、両者のあいだになりたっている連関を見ぬいたりすることはできな
い」し、そして、弁証法はまさに「さきの〔前述した自然観の〕段階に最高度に適合した唯一の
思考方法となっている」からである(本書、六二ページおよび第二分冊、二八九ページ)。
 『自然の弁証法』では、因果性、必然性および偶然性、判断形式の分類、帰納と演繹の相互関
係、自然科学の発展形式としての仮説の役割、その他のような、弁証法の多くの問題やカテゴリ
ーが、マルクス主義の両創始者の他の著作におけるよりもいっそう完全に究明されている。
 この天才的な著作は、その未完成の形態においてさえ、その理論的内容の豊かさと深遠さの点
で人を驚かせる。『自然の弁証法』は、弁証法的唯物論の発展における新しい段階をあらわして
いる、この書物で、エンゲルスは、唯物論と弁証法を大きく発展させ、同時代の自然科学の基本
的な諸問題を解決する道の大筋を示したのである。
 エンゲルスは『自然の弁証法』の仕事を完成することができなかった。マルクスの死後は、マ
ルクスの遺稿を出版し、また国際労働運動を指導するという義務が、ことごとく彼の肩にかかっ
てきた。エンゲルスの死後、『自然の弁証法』の草稿は、三〇年にわたってドイツ社会民主党の


99 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:26
文書庫で埃に埋もれていた。この著作は、一九二五年にはじめてソ連邦で出版された。
 『自然の弁証法』のなかのいくつかの命題は、エンゲルスがそれを一連の著作、まず第一に『
反デューリング論』、『ルートヴィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結』および『空
想から科学への社会主義の発展』英語版への序説のような著作に利用したおかげで、すでに一九
世紀の最後の四半世紀のあいだに読者に知られるようになった。
 『反デューリング論』と『自然の弁証法』の思想は、レーニンの天才的な著作『唯物論と経験
批判論』のなかで、さらに発展させられた。この著作には、二〇世紀初頭までにたくわえられた
自然科学上の膨大な資料の哲学的概括があたえられている。これらの思想は、さらに、レーニン
の『哲学ノート』や、彼の綱領的論文『戦闘的唯物論の意義について』のなかで、いっそう発展
させられた。レーニンは『自然の弁証法』を知らなかったが、マルクスとエンゲルスによってつ
くりだされた弁証法的唯物論をたよりとして、幾多の原則問題で、エンゲルスが『自然の弁証法
』で定式化したものと同じ結論に達し、またそこに定式化された命題をさらに発展させた。
 二〇世紀における自然科学の発展は、マルクスとエンゲルスによってつくりだされた自然観を
確認し、豊かにした。物理学の分野では、マックス・プランク、ニールス・ボーアおよびルイ−
ヴィクトール・ド・ブロイの諸発見が、物質の不連続性と連続性との統一についての弁証法的な


100 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:27
命題を自然科学的に根拠づけた。アインシュタインの相対性理論は、物質、運動、空間および時
間にかんするエンゲルスの諸命題を具体化した。現代の素粒子論は、原子と電子が汲みつくしえ
ないものだというエンゲルスとレーニンの命題の正当性の輝かしい証明である。生物学の分野で
の弁証法的唯物論の諸結論も、同様にみごとに確証された。まさに相異なる諸科学の境界におい
てこそ最大の業績が期待できるというエンゲルスの予言は、サイバネティックスや、新たに成立
した多くの自然科学諸部門、たとえば物理化学、生化学、地球物理学、宇宙生物学、その他の実
例によって完全に裏書きされたし、なおも裏書きされつつある。
 マルクス主義の方法論である弁証法的唯物論の方法にたいする歴史的検証の結果は、以上のよ
うなものであった。過ぎさった数十年間は、哲学と自然科学、哲学者と自然科学者の同盟が必要
だという、エンゲルスとレーニンの思想の深遠さをあますところなく示した。そして、未来はこ
の要求の意義をいっそう明らかに示すであろう。
 『反デューリング論』と『自然の弁証法』の理論的内容は、一世紀に近い歴史の経過全体によ
って確証されており、科学および技術の最新の業績や、共産主義のための闘争の実践によって、
たえず豊かにされている。エンゲルスのこの二つの天才的な著作の不滅の思想は、原子力、制御
機械、宇宙空間開発の時代において、今後も科学の発展の道を照らすであろう。それは、共産主


101 :「自然の弁証法」:03/04/11 23:28
義の偉大な時代において、今後も社会の発展の道を照らすであろう。

          *   *   *

 本書に収録したエンゲルスの著作は、だいたいにおいて、『自然の弁証法』(一九四一―一九
五五年)の各単行版でとられたものと同じ構成でのせられている。
 『自然の弁証法』の末尾に、この著作の手稿が今日まで保存されてきたそれぞれの手続束に、
エンゲルスが書きつけた表題および内容目録がのせてある。
 『自然の弁証法』のテキストを準備したさい、いくつかの箇所でエンゲルスの手稿の解読が正
確にされた。また一つの箇所では、断片「 #地球中心# の立場……」の完全で正確な写真複製が
マルクス=レーニン主義研究所にたいして提供されたおかげで、古い写真複製に欠けていたこの
断片の最後の二行が復原された。
 本書の付録の参考資料は、従前の『自然の弁証法』の各単行版にくらべて、いらじるしく拡大
充実された。
          ソ連邦共産党中央委員会付属
          マルクス=レーニン主義研究所

          ――――――――――


102 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:39
   解説


     一

 エンゲルスの古典的名著『家族、私有財産および国家の起源』の初版は一八八四年秋に出版さ
れた。 だから、今年はその七〇周年にあたる。
 マルクスとエンゲルスは、アメリカの進歩的な人類学者モルガンの古代社会にかんする著作を、
彼ら自身の唯物論的世界観に先史学的基礎をあたえるものとして、非常に重要視した。エンゲル
スの大書は、モルガンの業績を御用学者の黙殺の陰謀からすくいだし、ヨーロッパの労働者の知
識的武器とする目的で書かれた。しかもエンゲルスは、モルガンの業績を批判的に利用し、マル
クスと彼自身のすでに獲得した理論的成果とむすびつけることによって、モルガンをはるかにこ
えてすすみ、社会発展の法則についての正確な知識でてらしだされた、人類の原始社会の発展と
没落、文明社会の発生と発展の全体についての、統一的な歴史的概観をあたえている。モルガン
は、ダーウィンふうの進化論者として、鋭い批判的精神によってしばしば文明の諸制度の本質に


103 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:39
肉薄しながらも、氏族社会を内部から解体させ、ついで古代国家をも没落させた真の内的動力で
ある階級対立の意義を、十分に把握することができなかった。エンゲルスは、この階級矛盾の発
展を中心的な糸としてたどることによって、人類のこの初期の歴史から、プロレタリアートの革
命闘争にとって決定的な意義をもつ理論的命題をひきだしている。
 本書でエンゲルスは、モルガンにもとづいて、人類社会のはじめには、血縁者の原生的な共産
主義的共同体の長い時代があったことをしめしている。物質的生産力の一定の発展段階において
この共同体のうちに私的所有が発生し、それが共同体成員のあいだの原始的な平等と民主主義を
破壊し、彼らを和解しえない諸階級に分裂させること、この階級対立のうちから不可避的に国家
が出現し、いまや役にたたなくなった血縁社会の諸制度にとってかわること、この全過程をエン
ゲルスは厳密に唯物論的にあとづけた。それによってエンゲルスは、私的所有、(今日の意味の
)単婚家族、国家というような、ブルジョア的俗物の神聖視する諸制度が、けっして人間の本性
に根ざした永久的制度ではなく、社会の諸階級への分裂とむすびついた経済的発展の一定の段階
に歴史的に発生したものであることを、反駁できない明瞭さで論証することができた。彼はまた、
これらの制度は、生産力のいっそう高い発展段階において、階級の消滅とともにかならず消滅せ
ざるをえないことを、しめしている。とくに画期的に重要なのは、国家とは階級対立の不和解性


104 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:39
の表現であり、経済的に有力な階級が被搾取階級をそのくびきのもとにひきとめておくための暴
力手段であって、この点では古代の奴隷制国家も、農奴を抑圧した中世の封建国家も、賃金労働
者を搾取するための近代代議制国家も、みな同じである、というエンゲルスの指摘である。もっ
とも「民主的な」資本主義国家もこの例外ではない。むしろ富の支配は絶対主義国家よりも民主
共和制におけるほうがより確実におこなわれることを、エンゲルスはしめしている。社会主義社
会だけがいっさいの人による人の搾取を廃止し、階級そのものを一掃することによって、国家の
消滅のための物質的条件をつくりだす。しかし、この将来における国家の消滅の道すじについて
は、もはや本書ではなく、『反デューリング論』や『ゴータ綱領批判』のような、マルクスとエ
ンゲルスの他の著作に答えをもとめなければならない。すなわち、国家が消滅するためには、プ
ロレタリアートがまずもって現存の国家権力を暴力的に破砕し、それ自身の手に権力を奪取し、
自己の独裁を搾取者の抑圧のため、階級の廃絶のためにもちいることが必要である。国家の本質
についての本書の教えは、マルクス・レーニン主義の国家学説の核心をなすものであって、すべ
ての勤労者が正確に把握しなければならない基本知識である。
 家族史の問題も、プロレタリアートの階級闘争にきわめて密接な関係をもっている。エンゲル
スは、モルガンのあたえている家族の発展の概要に、中世を経て現代にいたる単婚家族の歴史を


105 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:40
補足し、女が社会において高い地位を占めていた太古から、男の情欲の奴隷にすぎないものとさ
れた全文明時代を通じ、ふたたび女の尊厳の回復の条件がつくりだされる現代まで、女の地位の
変遷をしめし、家庭内における女の男への従属が社会における被抑圧階級の存在と不可分の関係
があり、女の解放がプロレタリアートの一般的解放の一部をなす問題であることを、証明してい
る。本書における家族の歴史は、まさしく女の歴史、その隷属と解放の歴史であり、また文明に
たいする痛烈きわまりない告発状である。
 以上に述べたことからわかるように、一見われわれの生活から遠い事がらのように見えながら、
原始社会史のただしい理解の問題は、最高度に重要な階級的問題である。

     二

 エンゲルスの労作ののち、モルガンの学説は学界の一般的承認を獲得し、先史学上のあらゆる
まじめな研究の基礎におかれるようになった。これはほとんどまったくエンゲルスの力に負うも
のである。原始社会の問題にかんするモルガンやエンゲルスの著書は、今日でも偏見のないまじ
めな人類学者や歴史家によって、研究の最良の手引としてうけいれられている。


106 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:40
 他方、国家についてのマルクス=エンゲルスの理論は、長いあいだ第二インタナショナルの日
和見主義者たちによって忘却にゆだねられたのちに、レーニンによって復活させられ、数次のロ
シア革命の経験にもとづいて完全な学説の体系にまで発展させられ、豊かな実践の果実をむすん
だことは、周知のとおりである。レーニンの『国家と革命』や『国家について』(本文庫版『マ
ルクス=エンゲルス=マルクス主義』第三冊所収)のような著作は、本書の最良の注解書であり
発展であって、あわせて研究することなしには、本書の学習も完全ではない。
 本書のつきることのない生命力をものがたるこれらの事実にもかかわらず、あるいはまさにそ
のために、マルクス=エンゲルスの数多い革命的著作のうちでも、本書ほどブルジョア御用学者
や労働運動内部の日和見主義者の激しい敵意をこうむったものはすくない。本書出版後の七〇年
間、彼らはこの著作をやすみなく「克服」しつづけ、それはもう「古くさくなった」とたえずさ
けんできた。
 むりのないことである。エンゲルスはこの書物を、社会主義者取締法下のドイツの労働者の革
命的教育の手段にと、意識して書いたのだ。一八八四年四月二十六日のカウツキーにあてた手紙
のなかにエンゲルスは、著述中の本書について、「よいものを、したがって必然的に禁止される
もの」を書く、「社会主義者取締法にはいささかも遠慮しない」、と述べている。このような真


107 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:40
に革命的な精神でつらぬかれた書物が、ブルジョアジーの手代たちの気にいったらふしぎという
ものだ。なかでも、国家の階級性の命題こそ、彼らには目のなかのとげである。どうしてもそれ
を「ほうむりさら」なければならない。しかし、まっこうから国家の超階級性を説けば労働者の
物笑いになることを知っているので、カウツキーやクノーのような、かつての「マルクス主義者
」が動員されて、もっと巧妙なやりかたでエンゲルスの命題の反駁に従事させられる。カウツキ
ーやクノーは、国家が内的な経済的発展によって私的所有から生じたことを否定し、それは異種
族、異民族の征服によって生じたものであると言って、エンゲルスを「修正」した。つまり、国
家はもっぱら戦争のための機関で、被搾取者の抑圧のための階級暴力ではないのである。彼らは
また、国家権力の階級性を条件的に(つまり過去についてだけ)みとめながら、民主的議会制の
もとではブルジョア国家はますます「民衆化」し、この国家を通じて平和的に社会主義に成長移
行することが可能になった、と主張した。こうして、帝国主義の美化の「理論」がつくりあげら
れ、アメリカ帝国主義は民主主義のチャンピオンにされるのである。こういう狡猾な歪曲にまど
わされないためには、国家の階級性の問題こそ、勤労者の真実の味方といつわりの味方とを見わ
けるもっともよい標識であることを、しっかりと銘記しなければならない。勤労者にブルジョア
国家にたいするいささかの信頼でもふきこむような人間は、どんな好辞を弄していようと、すべ


108 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:42
て手の毛皮をかぶった狼であることを、銘記しなければならない。
 原始家族史の問題でも同様である。ここでも御用学者たちは、モルガン=エンゲルスはまった
く「古くさく」なったと言う。人類社会のはじめに原始共産制や群婚家族や母権氏族のあったこ
とを否定し、私的所有は永遠の昔からあったもので、男の支配は自然にかなったことだというこ
とを、ぜがひでも証明しようとする「成心ある科学」の代表者たちの努力は、資本主義的私有の
運命がきわまればきわまるほど、いよいよ猛烈になっている。もとより、エンゲルスのこの書も、
あらゆる科学上の先駆的業績と共通の運命をになっている。それは、まさにこの業績にもとづい
てなされた科学のその後の進歩によってたえず部分的に「古くさく」され修正されるということ
である。しかし、エンゲルスの死後に得られた多くの実証的知識がどれほど発展の多様性を例証
し、細目において修正をもたらしたにせよ、モルガン=エンゲルスの発展の見取図は、基本的な
点で今日なお完全に妥当することを、声を大きくして強調しなければならない。モルガン=エン
ゲルスの理論は、事からの内的論理にも、あらゆる歴史的経験にも、完全に一致している。一八
八三年三月二日づけのカウツキーにあてた手紙のなかに、エンゲルスはこう書いている。「土地
であろうが、愛であろうが、ほかのなにかであろうが、共有制が存在するところでは、それは必
然的に原始的で、動物界からひきつがれたものである。後年の全発展は、この原始的共有制がし


109 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:43
だいに #解体# してゆく点にある。どの時代にも、またどこにも、原始的な別有制から第二次的
に共有が発展したという一つの実例も見いだされない。私は、この命題はまったくくつがえすこ
とのできない、普遍妥当的なものであると考えるので、たとえあなたが例外を――そのうえ一見
してどんなにいちじるしい例外であっても――しめすことができても、私は、それを共有制にた
いする反証とはみなさず、なお解決されなければならない問題点とみなすであろう。」 このエ
ンゲルスのことばは、「別有」財産が始源的だったという主張でエンゲルスを「訂正」しようと
こころみたクノー一派の社会民主主義者や、モルガン=エンゲルスを「駁撃」するために、人類
はうまれつき単婚的だったことを証明しようとして、非歴史的な方法でばらばらの事実をかきあ
つめることに夢中になっている今日のマリノフスキー一派のアメリカの反進化論的「化石」社会
学者たちにたいする、予言的警告のひびきをもっている。原始共有制にかんするマルクス主義の
命題を断固として擁護することは、今日、進歩的科学に課せられた義務である。

     三

 これに関連してとくに注意しなければならないのは、「ある特定の歴史的時代およびある特定


110 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:43
の国土の人間の生活がいとなまれる社会諸制度は、二種類の生産によって、すなわち一方では労
働の、他方では家族の発展段階によって、制約される。労働がまだ未発達であればあるほど、ま
たその生産物の量が、したがってまた社会の富が乏しければ乏しいほど、社会秩序はそれだけ圧
倒的に血縁の紐帯に支配されるものとしてあらわれる」(本書八ページ)という、本書初版序文
におけるエンゲルスの命題である。一見すると、この命題は、物質的生産の様式が社会発展の規
定的要因だという、史的唯物論の周知の命題と矛盾するように見える。そこでこの命題は、クノ
ー一派の修正主義者たちのがわから、「唯物史観の統一をまったくやぶったもの」として、はげ
しく論難されてきた。彼らはこの論難に、現在の単婚のまえには無制限性交関係や血縁家族、群
婚家族という性的共有の諸形態があったというモルガン=エンゲルスの理論の否認をむすびつけ
ている。じつはこれがねらいどころなのだ。
 しかし、最近では、マルクス=レーニン主義者のあいだからも、このエンゲルスの命題に疑問
がなげかけられている。一九四一年にモスクワのマルクス=エンゲルス=レーニン研究所から出
版された『マルクス=エンゲルス・アルヒーフ』第九巻(モルガンの『古代社会』についてのマ
ルクスの『綱要』をおさめている)への同研究所の序文には、右のエンゲルスの命題についてつ
ぎのように述べている。「この命題は明日に誤りである。なぜなら、家族は、社会発展を #規定


111 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:44
する# 原因として、物質的生産と同列におきうるものではないからである。社会の発展、家族関
係の形態をもふくめての社会生活のすべての側面の発展を規定する原因は、物質的生産の様式で
ある。エンゲルス自身が、その著作『家族、私有財産および国家の起源』において、この思想を
うらづける大きな事実的材料をあげている。。」これと同じ趣旨のことが、同研究所版『マルク
ス=エンゲルス二巻選集』(エンゲルスの本著作をおさめている)にも編集者注として書かれて
いる。
 しかし、この主張にはまだ解明されない問題がふくまれているように思われる。というのは、
エンゲルスのこの命題は、本論中で家族形態の発展を追究するにあたってもちいた方法を定式化
したものと考えられるからである。注意ぶかい読者は、本論のうちでエンゲルスが、家族形態の
発展が究極的には物質的生産の発展水準に制約され、それに照応することをしめしながらも、単
婚家族以前の家族諸形態の交替や氏族制度の成立を直接規定した力を、経済的条件でなしに、自
然的条件(自然陶汰)にもとめていることを、見られるであろう。対偶家族から単婚家族への移
行だけが社会的原動力によって、経済的要因によってもたらされた、とエンゲルスは言っている
(六八、八三ページ)。エンゲルスがここで研究しているのは、人類が、「動物界からひきつい
だ」 #自然生的な# 社会状態の最後の数段階を克服して、最後的に歴史的社会にはいってゆく過


112 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:44
程である。こういう過渡的社会の特殊的条件への史的唯物論の適用の仕方をきめたのが、さきの
命題であると、考えるのが妥当ではなかろうか? おそらくエンゲルスの真意は、先史時代にか
んするかぎり、人類の社会諸制度は、主としては(究極的には)労働の発展段階に規定されなが
らも、直接的には婚姻の発展段階によって規定される、ということであろう。
 この問題の解明にあたって一つの確固たる拠りどころとなると思われるのは、一八九〇年代に
ロシアの自由主義的ナロードエキの理論家ミハイロフスキーがこの同じエンゲルスの命題を攻撃
したときに、レーニンがエンゲルスを擁護しておこなった反批判である。ミハイロフスキーも、
右のエンゲルスの命題を史的唯物論の「訂正」、その「破綻」の告白とみなした。他は合った、
エンゲルスは、非経済的な要因の助けによって古代史を説明することをよざなくされながら、「
経済的唯物論」の基本的公式との関連をことばのうえだけでもたもたせようとして、「人間その
ものの生産」ということばにかじりついている、と。レーニンは、その論文『人民の友とはなに
か』のなかで、この主張を批判してこう言っている。「子供の生産は経済的要因ではないと、わ
が哲学者は論じたてる。しかし、マルクスとエンゲルスはかならず経済的唯物論についてかたっ
ていたということを、貴下はマルクスあるいはエンゲルスのどこで読まれたのか? 彼らは自分
たちの世界観を特徴づけるにあたって、それをたんに唯物論と呼んだ。彼らの基本思想は、社会


113 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:45
関係は物質的関係とイデオロギー的関係とにわけられる、ということにあった。この後者は前者
の上部構造にすぎず、そして、前者は、自己の生存の維持をめざす人間の活動の形態として、人
間の意志や意識とは別個に形成されるのである。マルクスは……言っている。政治的=法律的諸
形態の説明は、『物質的な生活関係』のなかにもとめられなければならない、と。なんというこ
とだ。ミハイロフスキー氏は、子供の生産にかんする関係がイデオロギー的関係に属するとでも
考えているのではなかろうか?」(全集第一巻一四五ページ)
 いずれにしても、この問題のくわしい解明は他の機会にゆずるべきであるので、ここでは以上
のような異なった見方のあることを、読者の判断材料として紹介するだけにとどめておく。ただ
絶対的に明瞭なのは、エンゲルスが本書でもちいている方法が厳密に唯物諭的であり、しかも、
社会事象を発展において観察し、当該社会の内部にはたらいているいろいろの力(まず第一に物
質的な)の矛盾・衝突にこの発展への内的衝動をもとめる弁証法的見地を、つらぬいているとい
うことである。この意味において本書はあくまでも、ある特定の歴史的時代の具体的な関係にた
いする史的唯物論の方法の適用の偉大な模範である。


114 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:46
     四

 つぎに人種誌学や民族理論上の基本的術語についてこの訳書でもちいた訳語について、すこし
説明しておきたい。
 1、Volk(people; народ 民属)とNation(nation; надия 民族)。
 Volk という単語は、いろいろな種類の人間集団や共同体をさすのにつかわれる。すなわち、
(1)支配者にたいする「人民」、(2)ある国または地域の住民の総称、(3)ある住民部類
にぞくする人々の総称、(4)人種系統上の種々の階梯の形質群の総称、(5)Nationと同義、
など。こういう種々の語義の全部をあらわしうるような単一の日本語はないから、その意義がど
れにあたるかによって訳しかえなければならないのであるが、いまここで問題にするのは、この
うち第四の用法についてだけである。というのは、本書では Volk という語は、ほとんどこの第
四の語義でもちいられているからである。従来はこのばあいには「民族」と訳すのがつねであっ
た。
 Nation という語も、ブルジョア的文献ではいろいろちがった人間共同体をさすのに一様につ
かわれている。 すなわち、「国民」、「民族」、「人種」、等々、である。 しかし、マルクス


115 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:47
主義的文敵では、スターリンのすぐれた労作『マルクス主義と民族問題』(一九一三年)で、
Nation(надия)の充実した定義があたえられて以来、このことばについての厳密な科学的
概念がつくりあげられた。すなわち、「надияとは、言語、領域、経済生活、および、文化
の共通性のうちにあらわれる心理状態、の共通性を基盤として生じた、歴史的に形成された堅固
な人間共同体である。」(本文庫版『マルクス主義と民族問題』五〇ページ)このような
Nation は、歴史的には、封建的細分状態を克服する資本主義によってはじめて成立し、民族国
家の形成とむすびついている。従来、この語義における Nation も「民族」と訳されてきた。
 この二つのちがった概念を共通の「民族」という日本語で訳すことから、いろいろな混乱がう
まれた。たとえば、マルクス=レーニン主義の民族理論のおしえるところでは、多くの国々にち
らばったユダヤ人は一つの民族《ナツィオン》を構成していないし、ギリシア、ローマの古典的
古代には民族《ナツィオン》はまだ成立しておらず、単一の蒙古民族《ナツィオン》などという
ものもありえないのだが、われわれは日常的には世界各地のユダヤ民族や、蒙古民族や古代ギリ
シア民族についてかたって、矛盾を感じない。この混乱をとりのぞく唯一の方法は、この二つの
ちがった概念に二つのちがった単語をもちいることにあるが、国民の日常実践に深くはいった諸
法を変更することは容易でない。そこで、一つの試みとして、人種学上の概念、つまり血縁集団


116 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:48
をあらわす Volk のばあいには「民属」、地縁的原則に立つ近代的 Nation のばあいには「民族
」という文字をあてはめてみた。
 前述したように、「民属《フォルク》」ということばは、厳密に範囲の画定された「民族」と
はちがって、人種系統上の種々さまざまな単位の集団を表示しうるのであるが、本書では、おも
に個別民属《アインツェルフォルク》をさしているようである。すなわち、はじめ単一の基幹種
属が広い地域に拡散分布し、長いあいだに分化していくたの種族を生じるが、それらの種族は親
縁関係の近疎(言語の親近性の度合にもっともよく表示される)によっておのずからいくつかの
群に分類される。このおのおのの種族群(形質群)が一個別民属である(一二三、一九〇、一九
一―九二ページ)。同じ基幹種属に由来する支民属の群の総体が一人種《ラッセ》を形成する。
ときとして、それはいくつかの大枝属《ハウプトシュタム》に大別される(一九二ページ)。
 2、Stamm(tribe; племя 種族)。共通の方言を特徴とする緊密な血縁共同体である。
近年わが国ではこの語を「部族」と訳す慣行がひろまってきた。その論拠については、『日本歴
史教程』第一冊(白楊社刊、二〇ページ)に伊豆公夫氏の説明がある。すなわち、氏は、tribe
を「部族」と訳すことを主張して、つぎのように書いている。「従来の……エンゲルス『家族の
起源』等の邦訳本には、往々『種族』の語が見られるが、これは部族にあたるものを意味してい


117 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:48
るようであり、多くの混雑をひきおこしている。本章分担者は『種族』と『部族《トライブ》』
を区別し、前者を体質・文化をだいたい同一にする『人種的』集団と規定することにした。そし
て部族は一つの社会体制を意味しているが、種族はそれの集合と一致するばあいもあり、そうで
ないばあいもあり、社会体制的概念とは一応無関係なものとしている。」 つまり、Stamm(
tribe)は「人種的集団」ではなく「社会体制」だから「部族」と訳すべきだ、というのである
が、他方、どういう外国語が「種族」にあたるかについては全然指示がないので、見当がつかな
い。
 ところで、われわれはつぎの理由で、この意見には同じえない。(1)先史時代の社会におけ
る「人種的」集団と「社会体制」とを分離して考えることは、本書の全立場と矛盾する。(2)
Stamm(tribe)は人為的な構成物ではなく、緊密な原生的血縁団体、つまり「人種的集団」であ
る。スターリンは明瞭にこれを「人種誌学的範疇」と呼び、歴史的範疇である民族《ナツィオン
》から区別している(前掲書、五七ページ)。(3)Stamm はもっとも本源的な血縁共同体であ
るが(よく主張されるように氏族が本源的ではない、――本書六三、一一五、二〇六ページ参照。
他方、Stamm 連合、その他の大きな結合体は派生的なものである)、日本語の「部」は、元来な
んらかの単位集団の一分肢を意味している。そこで、本書では Stamm にたいし「種族」の訳語


118 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:49
を採用し、ただ古代ギリシアおよびローマで血縁 Stamm が解体され、これにかわって政治国家
の下部単位としてつくられた地縁 Stamm についてだけ「部族」と訳すことにした。これはもう
なんら血縁団体ではなく、その対立物であったからである。これに反して国家成立前の Stamm
は、たとえ人為的構成の刻印をとどめているばあいにも、古い自然的な血縁 Stamm の原型にし
たがい、同一の方式によって構成されていた(一三四、一五六ページ)。
 Stamm を、始祖を同じうする人種系統の意味にもちいる例については、前述した。このばあい
には「種属」または「属」(たとえばゴート属)と訳した。
 3、Vo¨lkerschaft(народность 民属集団)と Nationalita¨t(nationality;
национальность 民族体)。この Vo¨lkerschaft は古代ギリシアのポリス、お
よびローマ人のいう古代ゲルマン人のキウィタスをさしている。ふつうブルジョア的文献では、
ポリスは「都市国家」、キウィタスは「部族国家」、Vo¨lkerschaft は「小民族」などと訳さ
れているが、ポリスは、種族連合がさらに発展して単一の民属に融合し、一つの行政的中心のま
わりに集柱した段階であり、発生しつつある国家および初期の、民属領域のうえに立つ小国家を
さしているので、過渡的状態をわすれないかぎり、「都市国家」と訳してもさしつかえないであ
ろうが、キウィタスは、歴史上はじめてあらわれる形では、あきらかに国家成立前の、集住して


119 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:50
いない、しばしば移動さえする種族連合をさしているので、直接に国家とむすびつける訳語は適
当でない。この両者をあわせふくむものとしての Vo¨lkerschaft は、種族連合から初期民属国
家にいたる、種々の段階の個別民属の結合体の一般的称呼と解されるが、しかし、Vo¨
lkerschaft が種族連合と区別してもちいられているかぎりでは、単一民属への融合の契機に重
点があると思われ、その後期の状態における、つまり国家の形成へと移行しつつありあるいはす
でに移行した民属集団をさすものと、考えることができる。本書ではかりに「民属集団」と訳し
た。種族連合が血縁団体のもっとも発達した形態とすれば、これはすでに血縁団体の解体の形態
である。
 Nationalita¨t は、もちろん、「民族性」または「国籍」を意味することもあるが、ここで
問題とするのは、この語が、そのなかから近代的民族《ナツィオン》がうまれてきたまたはうま
れつつある民族基体をさすばあいだけである。これは、言語領域を共通にしながらも、まだ経済
生活および文化の緊密な共通性を発達させるまでになっていない、歴史的に形成された人間共同
体である。Nationalita¨t を終局的に民族に形成したものは、資本主義による単一領域市場の
創出であったが、今日の資本主義世界における多くの Nationalita¨t のばあいには、他民族の
国家領域への強制的併合がこれをさまたげている。本書ではこの意味の Nationalita¨t を「民


120 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:50
族体」と訳した。
 以上を図解すればつぎのようになる(次ページ;電子版では略)。
 これらの術語の実際上の用法には、なかなかこういうふうに割りきれない中間的なばあいがい
ろいろ出てくる。これは、種族、民属、民族といわず、いずれの人間共同体も、不変恒久的なも
のではなく、歴史的に不断に変化するものであり(民属集団や民族体にいたっては、それ自体過
渡的形態である)、しかもこの変化が、他の人間共同体との不断の交互作用(混合、融合、分化
)のうちにおこなわれる以上は、まぬかれがたいものである。もう一つの困難は、民族問題の諸
範疇にかんする科学的概念の確立が比較的新しく、マルクス主義の古典においても、かならずし
もこの概念と一致しない日常の慣用語法が混入しているということにある。
 以上のほかにも、独自の訳語を採用したことばはいろいろあるが、その重要なものについては
本文中に〔 〕でかこんで原語をしめしておいた。ついでながら、( )にかこまれた原語は、
エンゲルス自身の挿入した非ドイツ語系の外来語であり、またギリシア語、ラテン語などの原語
を片仮名で表記しているのは、これらの外来語をドイツ語訳せずに、そのままドイツ語にとりい
れているばあいである。


121 :「家族、私有財産および国家の起源」:03/04/13 22:52
     五

 結論にかえて、レーニンが『国家について』のなかで述べている、つぎのことばをあげよう。
「国家の問題については、私は、諸君がエンゲルスの著作『家族、私有財産および国家の起源』
をまなばれるように希望する。これは近代社会主義の基本的著作の一つであって、その一句一句
について信頼を、すなわち、これがいいかげんに言われたものではなく、膨大な歴史的・政治的
材料にもとづいて書かれたものである、という信頼を、よせることのできる著作である。……私
がこの著書をあげるのは、それが……問題のただしいとりあげかたをしめしているからである。
つまり、それは国家がどのようにして発生したかの歴史的概観をあたえることから、はじめてい
る。」(本文庫版『マルクス=エンゲルス=マルクス主義』第三冊一四九―五〇ページ)


122 :名無しさん@3周年:03/04/13 22:52
 本訳は、村井康男の旧訳(『マルクス=エンゲルス選集』第一三巻)に村田陽一が手をくわえ
たものである。旧訳にたいするすべての訂正と、この解説の第三、第四節中に述べたエンゲルス
の命題や用語にたいする解釈の責任は、村田にある。

   一九五四年二月
           ##国民文庫編纂委員会##


123 :名無しさん@3周年:03/04/14 02:35
かなり読んだ気になったよ。

124 :名無しさん@3周年:03/04/14 04:08
村田さんって、いったいどれだけ訳してるんだろう?
大学教授だっけ?

125 :名無しさん@3周年:03/04/14 14:40
>80
マルクス主義って何なんですか?
思想なんですか?経済理論なんですか?




126 :反響文士 ◆oz7Wpm.iX2 :03/04/14 14:48
>>125
「全一的世界観」(プレハーノフ)とか言ってみる。だから、思想で
あるし、「哲学の終焉を告げる哲学」(エンゲルス)であるし、それ
ら(思想・哲学)が下部構造(経済状況)に強く支配されることを認
識しているから、経済理論でもある。

なお、「全一的世界観」について。この言葉尻だけに拘泥したら、俺
は同意しないけどね。「マルクス以前」をどう捉えるかに、マルクス
主義者は必ずしも成功していない、と思うから。ここ(共産板)なら、
人権や民主主義を全否定することが、マルクス主義だと思っているブ
サヨがいるけど、彼(女)がマルクス主義者の例外とも思えない(藁。

127 :名無しさん@3周年:03/04/14 15:42
>>125
経済理論でもある(と断定するが危険なのは充分承知だが・・・)。
というか、生産とか経済的動き、それに伴う階級闘争で歴史を
解明したとかしなかったとか。



・・・違う?

128 :名無しさん@3周年:03/04/14 15:50
資本主義なら
思想=人は欲望の塊
→この欲望が市場の見えざる手となって市場を支配
→市場を運営する経済理論
となって,思想→欲望→経済理論とつながるけど
マルクス主義は思想と経済をつなげるものはなんですか?

129 :では、貼ります:03/04/15 22:14
   解説


 エンゲルスの『ルートヴィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結』(『フォイエルバ
ッハ論』)(一八八八年)は、マルクス主義の基本的著作の一つである。というのも、この本の
なかで、マルクス主義の直接の哲学的先行者であるヘーゲルおよびフォイエルバッハの仕事のな
かの「生きたものと死んだもの」が明らかにされるのと結びついて、マルクス主義の世界観およ
び歴史観の要点が積極的に述べられているからである。この本は、円熟した老エンゲルスが、非
常に生きいきとした精神で、それまでの多年の研究活動および社会的実践をふまえてまとめた最
後の著作であって、それだけに、まさに巨匠の手になったものという印象を読む者にあたえずに
はおかない。じっさい、さりげなく書かれたわかりやすい行文のうちに、おどろくほどゆたかな
内容がこめられているのである。マルクス主義哲学の基本を学ぼうとする者、マルクス主義哲学
とはなにかという問題についてあらためて考えようとする者は、くりかえし、また、じっくりこ
の古典と取り組まなければならない。
 エンゲルスは、スタルケというデンマークの哲学者・社会学者が書いたフォイエルバッハにつ


130 :「フォイエルバッハ論」です:03/04/15 22:15
いての本の批評を『ディ・ノイエ・ツァイト』編集部から依頼されたことを直接のきっかけとし
て、一八八六年初めにこの論文を書いた。はじめ同誌の同年第四号・第五号に発表されたが、二
年後、改訂して一冊の本にまとめ、そのさい、フォイエルバッハにかんするマルクスの一一のテ
ーゼを付録とした。本書成立のこうした経過については、エンゲルス自身、「まえがき」のなか
で述べている。
 この一八八〇年代という時期は、ヨーロッパの労働運動の歴史から言えば、一八七六年に第一
インタナショナルが歴史的役割を終えて解散してから、一八ハ九年に第二インタナショナルが創
立されるまでの、中間の時期であった。マルクス主義は、ヨーロッパの資本主義が、パリ・コミ
ューン(一八七一年)以後、わりあいに「平和的な」発展をつづけながら帝国主義の段階へ移行
していく諸条件のもとで、ドイツの「真正社会主義」や、シュテイルナー、プルドン、バクーニ
ンの無政府主義など、労働運動のなかのさまざまな小ブルジョア「社会主義」思想にうちかって、
ひろまっていった。ドイツ社会民主党も、ドイツ帝国宰相ビスマルクの社会主義者取締法(一八
七八―一八九〇年)による抑圧に届せず、着実に前進していた。第二インタナショナルは、マル
クス主義のこのような思想的優位という条件のもとで結成されたのであった。『フォイエルバッ
ハ論』は、その前年に出版されている。


131 :「フォイエルバッハ論」:03/04/15 22:15
 当時のヨーロッパ哲学界の動向はどうであったかと言えば、一八五〇年代に自然科学の急速な
発展に力を得てとくに生物学・生理学の成果を性急に哲学のなかへもちこんだ俗流唯物論者たち
(フォークト、モレスコット、ビュヒナーら)にとって代わって、ドイツでは、新カント派の哲
学者たちが大学の講壇の主流となっており、唯物論と弁証法とを攻撃する主観的観念論を宣伝し
て、ブルジョアジーの御用をつとめていた(この新カント主義を哲学上の基礎として、やがて、
ベルンシュタインらを代表者とする修正主義的潮流が生じてくるのである)。また、イギリスお
よびスカンディナヴィア諸国では、ドイツ古典哲学の観念論的特徴に力点をおいた復活が見られ
た。こうした動向について、エンゲルスは、この本の「まえがき」と本文のなかでふれている。
さらに、現代の実存主義につらなるドイツの非合理主義の哲学(ショーペンハウアー、ニーチェ
)が存立していたし、現代の分析哲学の源流の一つであるマッハ主義などの実証主義も登場しは
じめていた(のちにレーニンがこの潮流を『唯物論と経験批判論』(一九〇九年)のなかで徹底
的に批判しつくしたのは、周知のことである)。
 このような歴史的・哲学史的背景のもとで、エンゲルスは、『フォイエルバッハ論』のなかで、
ドイツ古典哲学の革命的弁証法の正しい受けつぎかたを示し、唯物論の首尾一貫した前進を明ら
かにして、マルクス主義の世界観および歴史観の基本的性格を全体としてえがきだした。そして、


132 :「フォイエルバッハ論」:03/04/15 22:15
ドイツの労働者階級がこのマルクス主義を歓迎することによって「あのドイツの理論的精神」の
健在を証拠だてたことをよろこび、「ドイツの労働運動は、ドイツ古典哲学の相続者である」と
いう印象的なことばをしるして、巻を閉じたのである。
 エンゲルスの論述の詳細に立ち入ることは、この「解説」の任務ではない。ここでは、四つの
章の内容にだいたいの見当をつけることが読者にできるように、つぎのような標題をかりにつけ
ておくだけにしよう――
一 へーゲルからフォイエルバッハへ
二 観念論と唯物論
三 フォイエルバッハの宗教哲学と倫理学
四 弁証法的唯物論と史的唯物論
 あとは、読者みずからテキスト全体を始めから終りまで注意ぶかく研究されるよう、期待する
ばかりである。
 そして、このことは、マルクスのあの一一のテーゼについてもまったく同様である。

          訳者


133 : 読んでも経済はわからない:03/04/15 22:54
 これほど 経済を ゆがめたでたらめな本はないでしょう。
分配とか 搾取とか 分析してもへの役にも立たなかった。

134 :名無しさん@3周年:03/04/15 23:11
>>133
あんたアホ? フォイエルバッハ論が経済学の本??

135 :名無しさん@3周年:03/04/15 23:15
>>133
これで分からなかったら、真実アホ認定して差し上げますです。
ああ、なんて親切な俺様!
http://www.books.or.jp/ResultDetail.aspx?IdString=0%2cMAIN%2cNODE%2c871703&scode=&searchtype=0&title=&writer=%83%8d%81%5b%83%7d%81%5b&syuppansya=&showcount=20&startindex=0

136 :名無しさん@3周年:03/04/16 10:35
久々の良スレ。アホが介入できない分最高!
煽り無視でいこう!だからage

137 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:03
     解説


      一

 一八七〇年のドイツ=フランス戦争後、ドイツにはプロイセンを盟主とするドイツ帝国が成立
したが、労働者組織は、アイゼナッハ派とラサール派に分かれたままであった。ラサール派内で
はシュヴァイツァーの失脚に始まる内紛で危機が進行していた。またテッセンドルフが指導した
社会主義者弾圧に抵抗する上で、両者の統一を求める労働者の期待は強まっていた。こうした中
で一八七四年秋から、両派の代表による合同交渉が開始され、アイゼナッハ派とラサール派の将
来の合同党大会で採択されるべき綱領草案が、一八七五年三月七日に『フォルクスシュタート』
と『ノイアー・ゾツィアール−デモクラート』両紙上に発表された。マルクスとエンゲルスは、
そこに現われた理論的後退に強い不満をもち、アイゼナッハ派の指導者にあてて綱領草案への批
判意見を書き、同時に、こうした綱領を基礎にすすめられようとしていた両派の合同そのものに
ついて反対の態度を知らせた。「私の信念によればまったく唾棄すべき、党を堕落させる綱領を、


138 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:03
たとえ外交的沈黙によってにせよ承認しないことは私の義務です。/現実の運動の一歩一歩は、
一ダースの綱領よりも重要です。だから、もしアイゼナッハ綱領以上に出ることができなかった
のなら――そしていまの時勢では、それを出ることは許されなかったのだが――、ただ共同の敵
にたいする行動の協定だけを結ぶべきでした。」(マルクス、本書一四ページ。)「一般的にい
えば、ある党の公の綱領より、その党が実際になにをやるかということのほうが重要です。けれ
ども、新しい綱領というものはつねに公然と打ちたてられた旗であって、世間はこの旗によって
その党を判断します。したがって、その綱領は、アイゼナッハ綱領にたいして今回の綱領がそう
であるように、退歩をふくむものであっては絶対にならないのです。……/同時に私は、このよ
うな基礎の上での合同は、一年もつづきはしないだろうと確信しています。」(エンゲルス、本
書五五―五六ページ。)こうして、マルクスの『ゴータ綱領草案批判』が書き上げられたのであ
る。

 労働運動の理論的発展史においてマルクスの『ゴータ綱領草案批判』は、『共産党宜言』、『
資本論』と並ぶ重要な位置を占めている。そこでは、ラサールの理論が完膚なきまでに批判され、
それと対置する形でマルクスの国家論、共産主義社会論の基本的命題が太い輪郭をもって述べら


139 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:04
れている。
 この労作において最も注目すべきマルクスの見解は次の二点であろう。
 第一に、「資本主義社会と共産主義社会とのあいだには、前者から後者への革命的転化の時期
がある。この時期に照応してまた政治上の過渡期がある。この時期の国家は、プロレタリアート
の革命的執権以外のなにものでもありえない」(本書四〇ページ)という命題である。一八七二
年ハーグ大会でのバクーニン派の除名で一応の結着がつくまで、マルクスとエンゲルスは第一イ
ンタナショナルでの無政府主義者との理論上の対決に多大の努力を払ってきたが、バクーニン派
とマルクス主義との対立の主要点の一つは、この革命的過渡期の国家にかんして生じていた。資
本主義社会の上に立つ国家の破砕の後、直ちに国家制の消滅した共産主義社会の実現を夢見る無
政府主義者にたいして、マルクスとエンゲルスは「闘争において、革命において、敵を力ずくで
抑圧するために用いられる一時的な制度」(本書五四ページ)としての国家についての見解を積
極的に示した。一八七一年のパリ・コミューンの経験を総括したマルクスは、ここで『共産党宣
言』、『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』、『フランスにおける内乱』にくらべて新し
い一歩をすすめたのである。「もはや本来の意味での国家ではなかった〔パリ・〕コミューン」
(本書五三ページ)というエンゲルスの指摘と合わせれば、ここでいうプロレタリアートの過渡


140 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:04
的国家は、一時的なものであり、「おのずから解体し消滅する」(本書五三―五四ページ)もの
として構想されたものであるが、この構想は、マルクス主義の国家論にとって現在も豊かな示唆
をあたえつづけている。
 第二に、ここでマルクスははじめて共産主義社会を二段階に区分する構想をうちだしている。
勝利した社会主義革命がまず当面するのは、「長い生みの苦しみののち資本主義社会から生まれ
たばかりの共産主義社会の第一段階」(本書二七ページ)であり、「ここで問題にしているのは、
それ自身の土台の上に発展した共産主義社会ではなくて、反対にいまようやく資本主義社会から
生まれたばかりの共産主義社会である。したがって、この共産主義社会は、あらゆる点で、経済
的にも道徳的にも精神的にも、その共産主義社会が生まれでてきた母胎たる旧社会の母斑をまだ
おびている」(本書二五ページ)。マルクスは、共産主義社会の第一段階について、こうした特
徴づけをあたえた上で、旧資本主義社会と比べてのこの段階での進歩について指摘する。すなわ
ち、個個の生産者は、彼が社会にあたえた労働量と同じだけの労働量が費やされた消費手段を―
―共同の社会的フォンドを控除した上で――別のかたちで社会から返してもらう。こうした進歩
にふれたのちに、マルクスは、この「平等の権利」がなおブルジョア的な制限につきまとわれる
ことを説明している。諸個人が等しい視点のもとにおかれ、ある一つの特定の面だけからとらえ


141 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:04
られるかぎりで、諸個人の「平等の権利」が成りたちうるが、その際には諸個人のもつ不平等な
条件――たとえば、労働給付能力、未・既婚、子どもの多寡等――は捨象されることになる。「
こうした欠陥は、……共産主義社会の第一段階では避けられない。権利は、社会の経済構造およ
びそれによって制約される文化の発展よりも高度であることはけっしてできない。」(本書二七
ページ。)
 「旧社会の母斑」をおびている共産主義社会の第一段階における進歩と限界を説いたのちに、
マルクスは第二段階の共産主義社会を特徴づけて述べている。「共産主義社会のより高度の段階
で、すなわち諸個人が分業に奴隷的に従属することがなくなり、それとともに精神労働と肉体労
働との対立がなくなったのち、労働がたんに生活のための手段であるだけでなく、労働そのもの
が第一の生命欲求となったのち、諸個人の全面的な発展にともなって、また彼らの生産力も増大
し、協同的富のあらゆる泉がいっそう豊かに湧きでるようになったのち――そのときはじめてブ
ルジョア的権利の狭い視界を完全に踏みこえることができ、社会はその旗の上にこう書くことが
できる――各人はその能力におうじて、各人にはその必要におうじて!」(本書二八ページ。)
 マルクスの『ゴータ綱領草案批判』は、以上に述べたように、マルクスが国家論、共産主義社
会論を素描したものであると同時に、なによりもドイツ国内でのアイゼナッハ派とラサール派の


142 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:05
合同党綱領草案公表をきっかけに書き上げられたマルクスのラサール批判の文書である。したが
ってここではゴータ綱領草案が逐条的に検討され、この草案に現われたラサールの理論が厳しく
批判されている。
 その批判点のうち主要なものをあげれば、第一に、ラサールの「賃金鉄則」にたいする批判が
ある。ラサールは、マルサスの人口理論に依拠し、ブルジョア経済学者に追随して、労働者階級
が賃金闘争をおこなうことの意義を否定し、労働組合運動が経済的要求をもって発展することを
阻止する役割を果たしてきた(注解二二を見よ)。このラサールの「賃金鉄則」がゴータ綱領草
案にとりいれられたのを見て、マルクスはこれを、「賃金は、外見上そう見えるような労働の価
値または価格ではなく、労働力の価値または価格の仮装された形態にすぎないという科学的洞察
」(本書三四―三五ページ)でおきかえることを求めている。
 ラサール批判の第二点は、ドイツ労働者階級の闘争における同盟階級にかかわる問題である。
ゴータ綱領草案には、労働者階級にたいして「他のすべての階級は一つの反動的大衆にすぎない
」(本書一二四ページ)、という命題が入っていた。ラサールは、一八六三年に全ドイツ労働者
協会創立を援助し、ドイツの労働者階級を独自の階級に組織する上で一定の貢献をしたが、当初
から大土地所有者階級=ユンカーにたいして妥協的立場を保持しつづけた。労働者階級の闘争の


143 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:06
鉾先をブルジョアジーに向ける一方で、ユンカー層を階級的基盤とするプロイセン国家には融和
的方針をとるラサールの政治路線は、中小ブルジョアジーを基盤とした小ブルジョア民主的反対
派の潮流に対処する上で、プロイセン国家にとって好都合なものであった。ここからビスマルク
とラサールの盟約(注解一五を見よ)が生まれえたのである。マルクスは、大土地所有者の覇権
に一指も触れようとしないラサール的命題を綱領草案中から抜き出して批判している(本書二一
―二二ページ)が、さらに一歩進めて、ブルジョアジーの歴史的性格づけとプロレタリアートの
解放闘争における中間身分――手工業者や小工業者等々や農民――の役割についても略述し、労
働者党のとるべき基本的方向を指示している(本書三〇―三一ページ)。
 さらに第三に、マルクスは、ドイツ労働者党が労働者の国際連帯という見地から大きく後退し
ようとしていることに警告している。一八六九年に結成された社会民主労働党の綱領(アイゼナ
ッハ綱領)においては、「労働の解放は、一地方もしくは一国民の課題ではなく、近代社会が存
在するすべての国々を包括する社会的課題であることを考慮して、社会民主労働党は、結社法の
許す限りで、国際労働者協会の活動に参加し、みずからをその支部とみなす」(本書一二二ペー
ジ)と明言されていた。それが、ドイツ=フランス戦争とパリ・コミューンの時期におけるドイ
ツ労働者とフランス労働者の国際連帯に結ばれた闘争の経験(注解三〇を見よ)を経たのちに「


144 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:06
諸国民の国際的親睦」(ゴータ綱領草案、本書一二四ページ)にまで低められようとしたことに、
マルクスは批判の矢を向けたのである。
 マルクスのラサール批判は、以上の三点にとどまらず、「労働収益」、「国家援助をうけた協
同組合」等々の謬見にも及んでいるが、ここでは以上の指摘にとどめたい。
 本書には、マルクスの『ゴータ綱領草案批判』に関連したいくつかのエンゲルスの手紙を収録
した。そのなかでも、一八七五年三月一八―二八日付ベーベルあての手紙は、マルクスの綱領草
案批判が、エンゲルスとの綿密な共同の検討によって成ったものであることを示しており、また、
綱領草案にたいする批判的見解がより整理されたかたちで述べられており、マルクスの綱領草案
批判を理解するための好個の素材を提供している。さらに、この手紙では、先に述べたように、
エンゲルスの国家論が展開されているが、この個所(本書五三―五四ページ)は、一九一六―一
七年にレーニンが「国家論ノート」を作成した際に注目した部分であり、彼の『国家と革命』の
中でも一節を割いて分析している(『レーニン全集』第二五巻、四七四―四七七ページを見よ)。


145 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:07
      二

 合同したドイツ労働者党の将来にたいするマルクスとエンゲルスの危惧は、しかし完全にはあ
たらなかった。一八七五年五月ニニ―二七日にゴータで結成されたドイツ社会主義労働党は、一
八七八―一八九〇年の社会主義者取締法施行下の激しい弾圧にもかかわらず、いなむしろ、その
弾圧に抗する闘争の中でいっそう隊列を強化していった。ゴータの妥協綱領という障碍はあった
が、ドイツに生まれた単一の労働者党として、ドイツ社会主義労働党は、マルクス主義の理論的
核心をしだいにみずからのものとしていき、一八七五年のゴータ綱領の採択からおよそ一六年を
経て、一八九一年の大会で、ついにマルクス主義の基盤にたった新綱領の採択にいたるのである。
(新綱領採択の必要性が具体的に日程にのぼってから、一八九一年のエルフルト大会で新しい綱
領が採択されるまでの詳しい経過については、本書の注解七一で述べた。)

 エンゲルスは、新綱領の草案(本書一三〇―一三四ページ)を読み、「(今度の草案は、いま
までの綱領にくらべて、たいへんよくなっている。時代おくれの伝統――ラサール主義特有の伝
統や、さらに俗流社会主義の伝統――のいちじるしい遺物は、だいたい取りのぞかれている。理


146 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:07
論的な面からみれば、この草案は全体として今日の科学の基盤に立っていて、この基盤から論じ
ることができる」(本書九四ページ)と評価した上で、いくつかの点についての意見をまとめて
ドイツの党執行部に知らせた。それが、本書に収録した『一八九一年の社会民主党綱領草案の批
判』(いわゆる『エルフルト綱領草案批判』)である。
 三つの部分に分かれる綱領草案のうちで、とりわけエンゲルスが重大とみなした欠陥は、その
「政治的諸要求」の部分にあった。「本来言わなければならなかったことが、そこには言われて
いない」(本書一○一ページ)。エンゲルスは、当時ドイツを支配していた帝制を倒し、民主的
共和制を実現することなしに労働者階級が支配権をにぎることはできない、という思想を、綱領
になんらかの形でぜひとも盛り込む必要があると主張している。
 ドイツ帝国内での当時の条件に慎重な考慮を払いつつ、エンゲルスは、「わが党と労働者階級
とが支配権をにぎることができるのは、民主的共和制の形態のもとにおいてだけだ、……この民
主的共和制は、すでに偉大なフランス革命が示したように、プロレタリアートの執権のための特
有な形態ですらある。……ドイッでは公然たる共和主義的な党綱領をかかげることさえ許されな
いという事実こそ、ドイツで共和制を、いや共和制ばかりか共産主義社会までも、のどかな、平
和的な道によって樹立できるかのように考える幻想が、どんなにとほうもないものであるかを証


147 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:07
明するものである。/それでも、共和制のことは、やむをえなければ触れずにすませることもで
きよう。だが、私の考えでは、ぜひとも入れなければならず、また入れることができるのは、全
政治権力を人民代議機関の手に集中せよ、という要求である」(本書一〇四―一〇五ページ)と
述べている。このようにエンゲルスは、民主的共和制がプロレタリアートの執権のための「特有
な形態」であるという思想を明らかにし、ブルジョア民主主義革命の達成物のうちで、労働者階
級が将来においても発展的に継承すべき進歩的なものの内容を示したのである。
 エンゲルスの『ヱルフルト綱領草案批判』は、ドイツ社会民主党の指導部によってその大部分
が第二次草案に取り入れられた(本書に収録じた綱領草案異文一と二を比較されたい)。ここか
らも、『ゴータ綱領草案批判』が書かれた一八七五年から、『ヱルフルト綱領草案批判』執筆の
一八九一年までの一六年間に、ドイツ労働者党内でいかにマルクス主義理論が影響力を増したか
がうかがわれよう。

 『ゴータ綱領草案批判』と『エルフルト綱領草案批判』の中で、マルクスとエンゲルスの二人
は、「公然と打ちたてられた旗」(本書五七ページ)としての労働者党綱領が、いかにあるべき
かについてのそれぞれの考えをも述べている。この点でも両文書の理論的内容は現代に生きうる


148 :「ゴータ綱領批判、エルフルト綱領批判」:03/04/16 21:07
深い示唆をあたえるものである。
 本書には、両綱領草案批判を理解するうえで必要と思われるエンゲルスの手紙および資料を収
録した。本文と合わせて利用されることを期待する。

          大月書店編集部


149 :名無しさん@3周年:03/04/16 21:19
勝手にこんな長文引用してもいいんすか?
著作権とかはないんすか?

150 :2です:03/04/16 22:06
>>149
絶版撤回するならば、スレごとあぼ〜んしますです。

絶版にするという内部情報を掴んでいますので・・・・。余りにも勿体ない。


151 :2です:03/04/16 22:16
それに、古本屋めぐりすればわかるけど、ここにある本は殆ど入手不能
です。(漏れでさえ、「哲学の貧困」は岩波版しかない。)

また、全集を家に置ける家庭てのは、どんだけあるんでしょうか。そう
なると、科学的社会主義を語るのに必要な原典の内容を知る機会が多く
の人に奪われたまま、共産党を語るという、理論なんかについてはつら
い状況になります。これは、科学的社会主義に関心を寄せるものとして
は、(出版社の立場はわかるが)悲しい事態です。

原典を見るのがいいのですが、「解説」は血の通った文章であり、まと
まった文章であり、せめて「解説」だけでも貼って、少しでも科学的社
会主義の「公宣流布(爆)」に寄与したいと考えています。

やり方としては決して誉められた方法ではないですが、確信犯です。

152 :20AM ◆SwURWMnpok :03/04/16 22:20
>2さん、お疲れさまです。学ばせていただきます。

153 :名無しさん@3周年:03/04/16 22:38
共産党の党是
「他人の物は自分の物、自分の物は党の物」

154 :  B75  :03/04/16 22:41
151>古本屋めぐりすればわかるけど、ここにある本は殆ど入手不能
そーそー、そうなんですよねっ
・国民文庫の共産主義の古典は出版時期の都合で殆どカバーがない
・国民文庫の古本は共産党員の放出物なので傍点や傍線、書き込みが多い
この二点が原因なのか、古本屋に並ぶ事は希です。
あるとすると一冊50円とかのコーナーなどでぞんざいに扱われているんですよね…

あの、つかぬ事を伺いますが電子化のHowToみたいなサイトはあるんですか?
スキャナ+OCRだとは思いますが、やっぱり背表紙切ってばらしちゃうんですか?

155 :2です:03/04/16 22:54
>>154
昔は手で打ち込んでいました。今はSCAN+OCRです。背表紙を切ると、
後々不便なので切りません。本は本として保存したいですから。

手で打ち込むより、SCAN+OCRのほうが間違いは少なく、かつ、速度
も2〜3倍になります。

156 :  B75  :03/04/16 23:02
どうもです。 倍以上の速さで正確ですか…そりゃいいですねぇ。
あの、スキャナではどの程度の解像度/色数でなさっていますか?

…もちろんOCRにもよるとは思いますが。

157 :2です:03/04/16 23:12
>>156
古いですよ。NEOS のNSF−1230P2,600dpiの
白黒/400dpiモードです。白黒は、OCRが認識工房97であるためです。

スキャナーの速度、白黒でもっともっと速いのが欲しいです。コピー機なみの
速度なら、物凄いことになるのに。

158 :  B75  :03/04/16 23:16
ありがとうございましたっ 試してみますです。どもども。

159 :  B75  :03/04/17 00:46
ためしに 哲学の貧困/国民文庫版を電子化してみてます。
しかし。。。傍線やら書き込みがあると化けますですねぇ…
読み仮名や不規則な表記にも難ありですが、他の部分が
もし上手くいったらメールで送りますわ>151  まだ いつになるかは解かりませんけど(w

160 :山崎渉:03/04/17 09:31
(^^)

161 :名無しさん@3周年:03/04/17 11:22
T-Timeで電子ブック化してみます

162 :山崎渉:03/04/20 04:49
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

163 :名無しさん@3周年:03/05/05 23:11
(159) 思い立ったのが4/17か…

今、5/5で、ネチネチ続けているけれども進捗が 71/270ページ… 
…想像していたよりも骨が折れますですね>電子化ってのは…

確実に目を通すので普通に読むよりも頭にも入るのは嬉しいですが、
マルクスの文才の無さに(というか翻訳者の所為かもしれんけれど)、
もっと要領よく簡潔に書け!とか激しく思いますですわ(w

164 ::03/05/06 20:35
ガンガレ

165 :「婦人論」:03/05/10 21:13
     あとがき

 反戦平和の運動のなかで、労働組合や農民組合の民主的権利をまもる闘いのなかで、また家庭
や子供の生活をまもる闘いのなかで、わが国の婦人は、いたるところで立ちあがりつつある。こ
の戦争で夫や息子をうしなった婦人たちは、二度と戦争の惨禍をくりかえさないために、平和の
ためにたたかっており、公然たる再軍備ファショ政治に、怒りをこめて反対している。人身売買
と監獄部屋さながらの奴隷的職場のなかから、婦人は人権をまもれ、奴隷的賃金をうちやぶれ、
と立ちあがり、労働者や農民の妻たちは、夫とともに、夫をはげまして全職場、全地域一体の闘
いをはじめた。家庭の台所はおろか、人命さえも破壊しはじめる黄変米配給や原爆実験継続にた
いしては、婦人は身をもってたたかっている。
 しかし、この闘いの成功と、この運動の強化拡大とは、イギリス共産党書記長ハリー・ポリッ
トが指摘するように、婦人の地位と問題についてのはっきりした理解をもつことによってのみ可
能となる。婦人の奴隷化、資本主義のもとにおける婦人、社会主義と婦人の解放の三部にわけて、
ここにあつめられたマルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンの婦人論には、太古から社会
主義社会にいたるまでの婦人の抑圧された姿と解放された姿がまざまざとえがきだされており、


166 :「婦人論」:03/05/10 21:13
しかも全篇にえがかれた婦人の苦しみと勇気とは、わが国の婦人に強くうったえるものがあろう。
社会主義社会における平和な、権利を保障された婦人の生活に到達するためには、社会革命が、
それも婦人の大衆的に参加する革命が、なければ不可能であることが、ここでは、一貫して述べ
られ、婦人の解放への道がここにしめされている。エンゲルスは述べた、――「賃金一般がまだ
廃止されていないところでは、私の知るかぎりでは、男女の同一労働・同一賃金が当分のあいだ、
すべての社会主義者によって要求される。特殊な肉体的機能にかんがみて、勤労婦人を資本主義
的搾取から特別に保護する必要があることは、あきらかだ。男子と同じく根本的には資本家によ
って搾取されている婦人の形式的な権利を獲得するためにたたかっているイギリスの婦人闘士た
ちは、また大部分は直接間接に、男女の資本主義的搾取に関心をよせている。私は、資本主義的
生産様式の末期の男女の形式的な絶対的同権よりは、きたるべき世代の健康にいっそう関心をも
つ、と言わざるをえない。私の確信では、男女の真の同権は、資本による男女の搾取が廃絶され、
私的家内労働が公約産業に転化されてはじめて、真実のものとなることができる。 ……」(一
八八五年七月五日ごろゲルトルード・ギョーム−シャックあての手紙)
 マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンの婦人論をあつめたものとしては、ジャン・フ
レヴィユ編『新婦人論』(陸井四郎訳、社会書房)や平井潔編『婦人問題入門』(理論社)、同


167 :「婦人論」:03/05/10 21:14
『レーニンの婦へ論』(新女性社)などかあるが、本書は、内容、排列ともに、それらとはかな
り異なった方法で編集されており、社会主義下の婦人の解放がとくに大きくあつかわれている点
に、特色があるといえよう。ロシア革命によって解放された婦人の姿をしめす本書の記述を読む
にあたっては、一九五四年六月十四日に公布された中華人民共和国憲法草案が、第九六条「中華
人民共和国の婦人は政治的・経済的・文化的・社会的・家庭的生活の各方面において男子と平等
の権利をもつ。婚姻、家庭、母親、児童は国家の保護をうける」、第八六条「婦人は男子と平等
の選拳権、被選挙権をもつ」と規定して婦人を解放しつつある事実をも、わすれてはならないで
あろう。
 なお、本晝第一部をさらにくわしく知ろうとする読者は、人類の幼年期の無規律性交の原始状
態(乱婚)から、親子、子孫を婚姻群から排除する血縁家族をへて、兄弟姉妹を排除するプナル
ア家族にすすみ(いずれも野蛮時代の群婚家族)、ついで夫が一人の主な妻をもつ単婚対偶家族
(未開時代)、一夫一婦制個別家族(文明時代)にすすむ過程を分析したエンゲルスの『家族、
私有財産および国家の起源』(本文庫版既刊)を読む必要があろう。
   一九五四年九月
           ##訳者##


168 :名無しさん@3周年:03/05/15 23:58
いわゆる「初期マルクス」は文庫化されたのでしょうか?
(ドイツイデオロギーとか経済学・哲学草稿など)

169 :名無しさん@3周年:03/05/16 07:29
昔からとっくに文庫化されてんじゃん。

170 :キボンヌ厨スマソ:03/05/16 16:24
ではその大月版解説をキボンヌ。

171 :名無しさん@3周年:03/05/16 18:06
それを今やってんじゃねーのかい?

172 :アップ者:03/05/16 20:57
>>168
「ドイデ」は、>>36-39 にあります。「経哲」は、次の次にでも。


173 :「反デューリング論」:03/05/16 20:59
  解説にかえて

     ――ーマルクス=エンゲルス全集第二〇巻、序文から――


 一八七三年から一八八三年にいたる一〇年間は、資本主義が急速に、とはいえ比較的、平和的
に発展した時期であった。その一方で、この時期には、資本主義的生産様式の歴史上の根本的な
転換が認められた。ヨーロッパの先進的な工業諸国にとっては、一九世紀の六〇年代と七〇年代
は、――ヴェ・イ・レーニンが指摘しているように――自由競争が最高の、極度の発展をとげた
時期であった。一八七三年の世界経済恐慌は、独占団体を大きく成長させた。独占以前の資本主
義から独占資本主義への移行の時期が始まり、そして、この移行は一九世紀から二〇世紀への境
に完了した。
 プロレタリアートの解放闘争のこの新しい時期を開始した世界史上最大の一事件は、パリ・コ
ミューン(一八七一年)であった。プロレタリアートの独裁を打ち立てたこの最初の実践的な企
ての経験が示したことは、科学的共産主義の原則に基礎をおく大衆的プロレタリア政党なしには


174 :「反デューリング論」:03/05/16 20:59
プロレタリア革命を成功裏に実現することは不可能だということであった。各国にそのような党
を結成するという任務が、前面に押しだされてきた。
 パリ・コミューンは、せまりきたるプロレタリアートの支配にたいする心底からの恐怖を支配
階級のあいだに引きおこした。帝国主義への移行が開始したのにともなって、資本主義制度全体
の腐朽の過程がすすんだ。これらすべての結果、反動がはなはだしく強まった。労働運動が現実
の力となり、科学的社会主義が先進的な労働者層の心をとらえるにつれて、マルクス主義にたい
するそのイデオロギー上の敵の攻撃も強まった。
 資本主義がとくに急速な発展をとげ、またこの発展に由来する諸矛盾がとくに鋭く現われたの
は、フランス=プロイセン戦争に勝利をおさめ、つづいて国の政治的統一をなしとげたドイツに
おいてであった。パリ・コミューンの没落後、ヨーロッパの革命運動の中心はこの国に移ったの
であった。ここに最初の大衆的なプロレタリア政党が成立した。
 ドイツでマルクス主義に敵対していた各種のイデオロギー的潮流のうちで、当時最も危険なも
のは、ドイツの小ブルジョア・イデオローグ、E・デューリングの見解であった。彼の見解は、
俗流唯物論、観念論、実証主義、俗流経済学、えせ社会主義のさまざまな見解の混合物であった。
それ以前のマルクス主義の敵が主としてマルクス主義の政治原則に反対したのとは異なって、デ


175 :「反デューリング論」:03/05/16 21:00
ューリングは、マルクス主義のすべての構成部分にわたってこれに攻撃をくわえ、哲学、経済学
および社会主義の新しい総合的体系を創始したという主張をたずさえて登場したのであった。
 一八七五年以前にも、デューリングの影響は、ドイツ社会民主労働党(アイゼナッハ派)の党
員のあいだにひろまりはじめていた。一八七五年に、アイゼナッハ派がラサール派に一連の原則
的譲歩をおこなうことを基礎として、両派が合同して統一的なドイツ社会主義労働党を結成して
からは、デューリングかぶれの危険はとくに大きくなった。
 有力な党指導者のうちにさえ、この新規の「社会主義」学説を受けいれる姿勢を示した者が幾
人かあった。党が科学的社会主義の原則をまだ十分に把握しておらず、労働運動がマルクス主義
以前のユートピア社会主義のさまざまな形態の影響をまだ完全に脱却していなかった条件のもと
で、このことは現実の脅威であった。これは、ドイツ労働者党の理論的基礎にかんする問題であ
り、国際労働運動の先進部隊の運命にかんする問題であった。マルクスの学説を擁護し、発展さ
せ、普及させることが必要であった。
 エンゲルスは、マルクス主義の原則を擁護し、成立後なお日の浅いこの党の党員のあいだにそ
れを宣伝する仕事を引きうけることが、自分の党的義務であると考えた。エンゲルスは、二年の
あいだ(一八七六-一八七八年)『オイゲン・デューリング氏の科学の変革』(『反デューリン


176 :「反デューリング論」:03/05/16 21:00
グ論』)という表題の大著の執筆にしたがい、そのなかでデューリングの見解に殲滅的な批判を
くわえると同時に、マルクス主義理論の基礎のまとまった叙述をおこなった。この著作は、一八
七七年のはじめから一八七八年なかばまで、社会民主党の中央機関紙に掲載された。後年エンゲ
ルスは、デューリングとたたかう仕事がなぜ彼の分担となったかという理由を、自分で次のよう
に説明している。「マルクスと私とのあいだになりたっていた分業によって、マルクスから彼の
偉大な主著を完成する時間を奪わないために、定期刊行物の紙上で、したがってとりわけ敵対的
な見解とたたかって、われわれの見解を主張することが、私の役目であった。その結果、私は、
おもに論戦の形式で、他のいろいろな考え方に対立させてわれわれの考え方を述べる立場におか
れた。」〔全集、第一八巻、六六三ページ(『「住宅問題」再閲第二版への序文』)を参照〕
 マルクスは、『反デューリング論』の執筆に直接に参加した。彼は、エンゲルスに積極的に勧
めて、デューリングかぶれとたたかう決心をつけさせただけでなく、エンゲルスの立てた全著作
の構想に完全に賛成した。彼は、エンゲルスに必要な資料を収集するうえで効果的な援助をあた
え、原稿のうちに全著作に目をとおしたほか、経済学史についてのデューリングの見解を批判し
た章を自分で書いた。だから、『反デューリング論』は、はじめから終りまで、エンゲルスとマ
ルクスの二人の見解を表現しているのである。


177 :「反デューリング論」:03/05/16 21:01
 デューリングかぶれはある程度危険なものではあったが、デューリングの見解それ自体は、と
うていエンゲルスがその著書でくわえたほどの根本的な批判に値するものではなかった。エンゲ
ルスがこのような詳細な批判に踏みきったのについては、二つの理由があった。第一に、デュー
リングは、当時社会主義者のあいだに、ことに日和見主義的な気分をもった社会民主主義的イン
テリゲンツィアのあいだに広範囲にひろがって、労働者にまで影響を及ぼしていたえせ科学と俗
流民主主義の典型的な代表者であった。労働運動のこの「小児病」は、治療されなければならな
かった。第二に、分厚い三巻の書物に叙述されたデューリングの「体系」を批判することによっ
て、哲学、経済学および社会主義のすべての根本問題についてのマルクス主義理論の命題を、体
系的にそれに対置することが可能であった。エンゲルスは、『空想から科学への社会主義の発展
』英語版への序論にこう書いている。「私の論敵が体系的に包括的であるために、私はデューリ
ンク氏に対抗して、このじつに多種多様な題目についてマルクスと私自身が主張している見解を、
以前にやってきたよりもいっそう連関のあるかたちで展開する機会をあたえられた。」〔全集、
第一九巻、五四三ページを参照〕デューリングの見解の消極的な批判は、転じてマルクス主義の
積極的な叙述となった。その結果、『反デューリング論』を読むことによって、マルクス主義を
全面的に知り、それを研究し、習得することが可能となった。


178 :「反デューリング論」:03/05/16 21:02
 後年、『反デューリング論』のこういう特質を念頭において、エンゲルスは次のように述べた。
「そうだとすれは、とるに足らない論敵との論戦にたずさわるという退屈さも、哲学、自然科学、
歴史の諸問題についてのわれわれの見解の百科全書的概観をあたえるという企図の成功を妨げる
ものとはならなかったわけだ。」〔全集、第三六巻、ドイツ語版、一三六ページ(一八八四年四
月一一日付のエンゲルスからエドゥアルト・ベルンシュタインへの手紙)〕
 『反デューリング論』は、まさしくマルクス主義の百科全書であった。ここには、マルクスと
エンゲルスの学説の三つの構成部分――弁証法的唯物論および史的唯物論、経済学、科学的共産
主義理論――のすべてにわたって、全面的な叙述があたえられている。「ここでは、哲学、自然
科学および社会科学の分野における最も重要な諸問題が検討されている。……これは、驚くべく
内容ゆたかな、教えるところの多い書物である。」(レーニン)〔全集、第二巻、一○ページ
(『フリードリヒ・エンゲルス』)〕
 エンゲルスのこの書物は、一八四〇年代のなかばにマルクス主義が成立してから一八七〇年代
のなかばまでの三〇年間におけるマルクス主義の発展の独特の総括であった。この書物には、右
の期間に理論の面でマルクス主義がなしとげたもののすべてが集約されてふくまれている。ここ
でエンゲルスは、マルクスと彼自身とによって仕上げられた唯物論的弁証法の方法をみごとに適


179 :「反デューリング論」:03/05/16 21:03
用している。エンゲルスは、哲学、経済学、歴史の分野における彼の広大な知識のたくわえのす
べてや、自然科学や軍事の分野での彼の長年にわたる研究を広範囲に利用し、また『聖家族』お
よび『ドイツ・イデオロギー』を共同で執筆して以来マルクスとエンゲルスがたえず仕上げてき
た、あの輝かしい卓抜した論戦の手法を駆使している。この著書のなかで、エンゲルスは、『質
本論』第一巻の資料と、当時まだ公表されていなかったマルクスの『ゴータ綱領批判』の個々の
命題を広範に利用し、それを平易に説明している。
 『反デューリング論』のなかで、エンゲルスは、マルクス主義を擁護しただけでなく、それを
根本的に発展させた。この書物のなかで、彼は、マルクス主義理論の基本的諸命題の古典的な定
式化をあたえ、この理論の一連の原則問題を仕上げた。
 『反デューリング論』は、なによりもまず哲学的著作である。首尾一貫した唯物論、弁証法的
唯物論のためのたたかい、これがエンゲルスのこの著書の基本的な内容である。エンゲルスのこ
の著書は、マルクス主義の党派性の原則を哲学に適用した模範である。「徹底的に首尾一貫した
唯物論か、それとも哲学的観念論のうそと混乱か――これが、『反デューリング論』の #各段落
# であたえられている問題提起である。」(レーニン)〔全集、第一四巻、四〇九ページ (『
唯物論と経験批判論』〕


180 :「反デューリング論」:03/05/16 21:04
 『反デューリング論』のなかで、エンゲルスは、「世界の統一性はそれの物質性にある」〔本
書、六四ページを参照〕という唯物論の最も重要な命題を定式化し、基礎づけている。物質と運
動の不可分性についての弁証法的学説を展開して、エンゲルスはここで次の古典的な定義をあた
えている。「運動は物質の存在の仕方である。」〔本書、九〇ページ〕この労作には、また空間
と時間の唯物論的な解釈が展開されている。「いっさいの存在の根本形式は空間と時間である。
」〔本書、七七ページ〕
 この書物のなかで、エンゲルスはまた、科学としての唯物論的弁証法の対象を古典的な明瞭さ
で規定している。「弁証法とは、自然、人間社会および思考の一般的な運動u発展法則にかんす
る科学……である。」〔本書、二一八ページ〕この著作の序説のなかで、エンゲルスは、哲学史
の主要な諸時期についてのマルクス主義的な見解を叙述して、哲学発展の主要な諸段階に支配的
であったさまざまな方法の交替に、法則性が存在することを示している。すなわち、古代の素朴
な弁証法――一七―一八世紀の形而上学――ドイツ古典哲学の観念論的弁証法――マルクス主義
の唯物論的弁証法がそれである。エンゲルスは、形式論理学と弁証法の相互関係という問題の原
則的な解決をあたえ、弁証法の基本的諸法則を展開し、絶対的真理と相対的真理との相互関係の
ような、認識論のきわめて重要な問題を究明し、さらに反映論の基礎観念の概略を示したが、こ


181 :「反デューリング論」:03/05/16 21:05
れはのちにレーニンによって整然たる理論に発展させられた。
 エンゲルスは、弁証法的唯物論の方法を適用することによって、自然科学および社会科学の最
も複雑な諸問題を解決できるということを、膨大な事実資料にもとづいて示している。エンゲル
スは、生命の本質、その発生と進化、経済と政治の相互関係、歴史における暴力の役割、階級の
発生、社会的不平等の問題、自由と必然性の相互関係、国家の起原と本質、上部構造としての道
徳と法、宗教の起原と本質、軍事の唯物論的基礎のような問題や、さらに他の多くの問題を考察
して、弁証法的唯物論の自然観と歴史観を根本的に豊かにしている。
 この著書の経済学の部では、エンゲルスは経済学の対象を詳細に規定し、狭義の経済学と広義
の経済学とを区別し、この科学の歴史性を示している。また、生産、交換および分配の弁証法に
ついてのマルクスの思想を発展させ、そのさい生産の優位を強調している。エンゲルスはここで、
マルクスの経済学説の概要を述べるとともに、価値、単純労働と複雑労働、資本、剰余価値につ
いてのマルクス主義的見解をとくにとりだして説明している。マルクスの筆になる章では、経済
学史のいくつかの重要問題が解明されており、とくにF・ケネーの『経済表』の意味があますと
ころなく説明されている。
 エンゲルスは、デューリングのえせ社会主義的見解の批判に結びつけて、ブルジョアジーの完


182 :「反デューリング論」:03/05/16 21:06
全な――経済的、政治的および知的な――破産をあばきだし、ブルジョアジーの支配が生産力の
いっそうの発展のためのこえがたい障害となったことを証明している。国家資本主義の諸現象を
理想化し、それを社会主義的な現象のように見せかけようとする試みを、彼は暴露している。エ
ンゲルスは、共産主義社会の経済の基本的特徴を示し、そのさい、この経済の計画性に特別の注
意をはらい、また共産主義社会の基本的経済法則を次のように定式化している。「分配は、……
生産の利益によって規制されるであろう……。そして、生産を最もよく促進する分配様式は、社
会の #すべての# 成員がその能力を可能なかぎり全面的に発達させ維持し行使することのできる
ような分配様式である……。」〔本書、下巻、三八一―三八二ページ〕彼は、共産主義のもとで
の生産と分配の仕組みを明らかにして、価値によって間接にそれらを規制するやり方から、それ
ぞれの生産物の生産に必要とされる時間を測定することによって、直接にそれらを規制するやり
方への移行が不可避であることを論証している。エンゲルスは、生産力の地理的配置を合理化し
て、都市と農村との対立をなくす必要があることを示している。最後に、彼はここで共産主義の
もとでの労働の性格を詳細に分析している。
 『反デューリング論』のなかで、エンゲルスは、唯物史観と弁証法的方法とが資本主義的生産
様式の諸法則を研究し認識するための理論的前提であること、マルクスによってつくりだされた


183 :「反デューリング論」:03/05/16 21:07
唯物史観と剰余価値学説とが科学的共産主義の土台であること、この二つの発見のおかげで空想
から科学への社会主義の転化がなしとげられたことを示している。この著作の第三部で、エンゲ
ルスは、科学的共産主義の歴史と理論の全面的な叙述をあたえている。
 エンゲルスはここで、科学的共産主義はプロレタリア運動の理論的表現であるというマルクス
主義の命題を展開し、資本主義社会で支配的な敵対関係の研究によってマルクス主義が到達した
結論にもとづいて、資本主義の崩壊と社会主義革命の勝利とが不可避だという科学的な論証をあ
たえている。エンゲルスは、唯物史観に立脚して、資本主義の基本的矛盾――生産力と生産関係
とのあいだの矛盾、生産の社会的性格と取得の私的な形態とのあいだの矛盾――をあばきだして
いる。この矛盾は、それぞれの企業における生産の組織化と、全社会の範囲での生産の無政府状
態とのあいだの矛盾として、またプロレタリアートとブルジョアジーとのあいだの敵対関係とし
て、表面に現われてくる。この矛盾は、プロレタリア革命のうちに解決を見いだす。プロレタリ
アートは権力をその手ににぎって、生産手段を社会的所有に転化する。
 エンゲルスは、資本主義から社会主義への移行の法則性を明らかにするとともに、未来の共産
主義社会の一連の基本的特徴を予言している。生産手段が社会主義国家の手に移行し、人間によ
る人間の搾取を排除する新しい生産関係が確立されるとともに、生産の無政府状態に代わって、


184 :「反デューリング論」:03/05/16 21:07
全社会の規模での生産の計画的な組織化が現われると、彼は強調している。生産力のたえまない
発展が始まり、しかもその発展はたえず速度をくわえてゆく。このことを基礎として、人間をか
たわにする分業は消滅する。社会のすべての成員が生産的労働に参加する。労働は苦しい負担で
はなくなって、第一の生命欲求となる。知的労働と肉体労働とのあいだ、都市と農村とのあいだ
の対立は消滅する。階級区別は廃止され、国家は死滅する。人にたいする統治に代わって、物の
管理と生産過程の指揮とが現われる。家族は根本的に変化する。教育は労働と結合される。宗教
は消滅する。人々は、社会のほんとうの意識的な主人になり、それによってまた自然の主人にな
る〔本書、下巻、五○六ページを参照〕。人類は必然の国から自由の国への飛躍をおこなう。エ
ンゲルスは、将来における未曽有の科学的・技術的・社会的進歩を予見している。彼は、『自然
の弁証法』でこの思想を発展させて、新しい歴史的時代には、「人間自身が、またそれとともに
人間の活動の全分野、とりわけ自然科学もまた、従来のいっさいのものをしてその光をすっかり
失わせるほどの一大躍進をとげるであろう」と予言している。〔全集、第二〇巻、三五四ページ
を参照〕
 この書物にふくまれている未来の共産主義社会についてのエンゲルスのなみなみならず豊かな
思想は、資本主義から社会主義および共産主義への過渡を内容とする現代にあって、特別の、実


185 :「反デューリング論」:03/05/16 21:08
践的に重要な意義を獲得する。
 『反デューリング論』の思想はきわめて広く普及し、巨大な影響を及ぼした。それは、マルク
ス主義と革命的労働運動の歴史において卓越した役割を演じた。『反デューリング論』は、「自
覚した労働者のだれもがかならず座右に置くべき書物」(レーニン)〔全集、第一九巻、四ペー
ジ(『マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分』〕になった。
 エンゲルスのこの労作は、連続論文として、社会民主党の中央機関紙――『フォールヴェルツ
』(『前進』)――に掲載された。数千の先進的な労働者が同紙上でこの労作を読んだ。多くの
人々からマルクスとエンゲルスに寄せられた手紙は、『反デューリング論』の公表がすでにその
当時に大きな反響をよびおこしたことを証明している。それの新聞への連載が完結した直後に、
『反デューリング論』は、単行本として公刊され、エンゲルスの生前になお二つの版を重ねた。
エンゲルスは、この著書の三つの章に手をくわえて、『空想から科学への社会主義の発展』とい
う表題で、独立の小冊子にまとめた。マルクスが『 #科学的社会主義の入門書# 』〔全集、第一
九巻、一八三ページを参照〕と特徴づけたこの小冊子は、すでにエンゲルスの生前にすべての主
要なヨーロッパ諸国語に翻訳され、こうして、『反デューリング論』の思想的内容はきわめて広
範な大衆の財産となった。


186 :「反デューリング論」:03/05/16 21:09
 『反デューリング論』の発表はマルクス主義の敵たちを激昂させた。一八七七年の社会民主党
大会で、デューリング派はエンゲルスの労作の掲載をやめさせようとした。社会主義者にたいす
る例外法が施行されたのち、一八七八年にエンゲルスのこの著書はドイツ国内での頒布を禁止さ
れた。しかし、あらゆる抵抗にもかかわらず、エンゲルスの著書はその偉大な歴史的任務を果た
した。すなわち、労働運動におけるマルクス主義の理論的勝利を助けたのである。
 『反デューリング論』は、マルクス主義党にとっての強力な理論的武器であった。レーニンは、
ナロードニキ、「合法マルクス主義者」、マッハ主義者とたたかったさいに、この著作を広範に
利用した。レーニンの労作『唯物論と経験批判論』では、エンゲルスのこの著書の理論的内容だ
けでなく、その卓抜な論戦の手法までが、さらに発展させられた。
 エンゲルスのこの天才的な著作は、マルクス主義理論の汲めども尽きぬ宝庫として、また現代
におけるマルクス主義の敵たち――『反デューリング論』のなかでエンゲルスによって粉砕され
た立場と多かれ少なかれ類似した立場をとっている各種の修正主義者、折衷主義者、えせ社会主
義者――にたいするたたかいの思想的武器として、不滅の意義をたもっている。

          ソ連邦共産党中央委員会付属
          マルクス=レーニン主義研究所


187 :「経済学・哲学手稿」:03/05/16 21:27
  編集者の序文


    一 MEGA第三巻(一九三二年)の序文から(抄訳)

 マルクスのパリ時代(一八四三年一一月から一八四五年二月まで)の抜粋帳のほかになお手稿
の断篇が保存されていて、これはマルクス自身が「序言」と見出しをつけた部分に最も詳しく記
しているような研究にかんするものである。今あるものはたしかにただ、マルクスがパリで書き
つけたところの、それから部分的には『聖家族』(一八四四年九月―一八四五年二月)で使用し
たところの、国民経済学・法・道徳・政治等にかんする広範な研究の諸断片にすぎない。現存の
四つの手稿の外的性質がその断篇的性格を実際に示している。われわれは、以下に、この手稿の
第一から第三までを印刷し、第四のへーゲル抜き書きは付録に入れる〔*〕。これらの各手稿ご
とに、われわれは、短い外面的な記述をはじめに添えておく〔**〕。第一から第三までの順序を
立てるにあたっては、個々の手稿の推定成立時を基準にした。しかし例外として「序言」は、た
しかに一八四四年八月より以前でなく、つまり第一、第二と、そして第三の大部分よりものちに


188 :「経済学・哲学手稿」:03/05/16 21:27
書かれたにちがいないのだが、内容的な諸理由からこれを全体の先に入れることにする。さらに、
ヘーゲル哲学にかんする批判的付説は第三手稿中の三つの個所に挿入されているものであって、
たしかにこの稿にふくまれた経済学的論述と同時に成立したのであるが、マルクスの「序言」か
ら明らかになるように、彼はこれを終章とするプランだったのであるから、一個所にまとめて最
後に入れた。
〔*〕 これはMEGA第三巻では五九二ページ以下に、クレーナーのポケット版第二〇九巻の
ランツフート編のもの(「訳者まえがき」参照)では三一〇ページの最後の七行から三一六ペー
ジまでに見ることができるが、ヘーゲルの『精神現象学』終章の絶対知のところからの八つの抜
き書きだけであって、一般の学習者には訳出不要と考えられるので本訳書では省いた。(訳者注

〔**〕 本訳書にも、それぞれ第一、第二、第三手稿のはじめにこれを訳出した。(訳者注)

 マルクスとダルムシュタットの出版業者C・W・レスケ〔Leske〕との通信文書のなかに、両
者の署名した一八四五年二月一日付の契約書があって、『政治および国民経済学の批判』〔"
Kritik der Politik und Nationlo~konomie"と題する著作の出版を決めている。だが保存されて


189 :「経済学・哲学手稿」:03/05/16 21:31
いる手稿は、(へーゲル批判のほかは)ほとんどもっぱら国民経済学の批判の試みを示している。
「序言」もまた明日にただ国民経済学の批判に関係しているのであって、しかも、あらゆる点か
ら察するに、まさしく、ここに公刊される手稿のなかにその断片が見られるところの研究に関係
している。


    ニ 英訳モスクワ版の序文

 『一八四四年の経済学・哲学手稿』はカール・マルクスの最初の経済学研究の、仕上がってな
い草稿である。不完全なかたちでわれわれに伝わったこの未完成な著作の主題は、ブルジョア的
経済学とブルジョア的経済体制との批判である。
 マルクス=レーニン主義研究所によってつけられた表題『一八四四年の経済学・哲学手縞』は、
三つの手稿をふくんでいる。第一の最も早い時期のものは大部分、準備的な性質のものである。
そこでは、マルクス自身の観察や考慮が、ブルジョア的およびプチ・ブルジョア的経済学者たち
から引いた章句とかわるがわるになっている。第二手稿については、最後の四ページだけしか残


190 :「経済学・哲学手稿」:03/05/16 21:34
っていない。第三手稿は、第二手稿の紛失したページにたいする補遺的な所論から成っている。
それらは、私的所有と労働、私的所有と共産主義、ブルジョア社会における貨幣の力、といった
ような問題に関連している。第三手稿のかなり大きな部分は、ヘーゲル弁証法およびへーゲル哲
学全体の批判的分析にあてられている。
 三つの手稿すべてにおいて非常に重きをおかれているのは、資本主義社会における「労働の疎
外」、あるいは「労働者の外化」である。「疎外」というカテゴリーはヘーゲル哲学において、
またとくにフォイエルバッハの哲学的な宗教批判のなかで、顕著である。しかしながら、ヘーゲ
ルは、自己意識の外化のことを語ったのであるし、フォイエルバッハは、抽象的な、非歴史的か
つ非階級的な人間の外化〔疎外〕のことを論じた。マルクスは労働者の「疎外」、あるいは「外
化」のことを言うのである。彼は「疎外」の概念に、まったく新しい経済的、階級的、歴史的な
内容を与える。マルクスが「疎外」あるいは「外化」によって意味するのは、労働者が資本家の
ために強制される労働、労働者の労働の生産物を資本家が我がものとする取得、生産手段が資本
家に所有されているために労働者にたいしてそれが或る疎遠な、奴隷にさせるような力として立
ち向かうところの、労働者からの生産手段の切り離しである。ここでマルクスは、資本主義的搾
取の性格を表わす諸特徴についての説明に近づく。


191 :「経済学・哲学手稿」:03/05/16 21:36
 マルクスは、社会主義の立場からブルジョア経済学者たちを批判するとき、労働と資本との「
敵意ある相互的対立」をあばき、かつ強調している。資本主義のもとで、労働者がより多くの富
を生産すればするほど彼はますます貧乏になること、資本主義社会の経済的発展の過程そのもの
が不可避的に革命へみちびき、労働者解放――これはマルクスが指摘するように「普遍的な人間
解放をふくむ」――の問題を提起するということ、をマルクスは示す。
 マルクスは一つの経済的事実としての「労働の疎外」のことを語りつつ、実在的、対象的な生
活に言及しているのだということをとくに強調し、この「疎外」を除去するための闘争は、すべ
ての社会を共産主義的につくりかえるための実践的な革命的闘争であるということを力説する。
マルクスは人間の歴史における物質的生産――「通常の産業的生産」――のとてつもない重要さ
と、宗教、法、道徳、科学、芸術等に及ぼすその影響とに注目する。ヘーゲルやフォイエルバッ
ハとは違って、マルクスは、一つの独特な、唯物論的な人間研究へ向かい、自然と社会とにおけ
る人間の能動的役割を強調する。
 『一八四四年の経済学・哲学手稿』においては、マルクスはまだフォイエルバッハの強い影響
下にあるのであって、このことが表面に現われるのは、とりわけ、フォイエルバッハを過重評価
する点であり、また、マルクスが当時発展させつつあった新しい世界観のいくつかの要点を立証


192 :「経済学・哲学手稿」:03/05/16 21:37
するばあいに、「人間――類的存在」、「自然主義」、「ヒューマニズム」等々のフォイエルバ
ッハ的概念を用いているという事実である。もっとも、マルクスは、じっさい、これらの言葉に
新しい内容を与えるのではあるけれども。マルクスはこの三つの手稿のすべてのなかで、フォイ
エルバッハ用語ばかりでなく、ヘーゲル用語をも同様にまだ用いている。しかし、フォイエルバ
ッハの影響が目に見えるほどであるにもかかわらず、この初期の労作のなかで、マルクスは、そ
の後まもなく『聖家族』において、また、とりわけ『ドイツ・イデオロギー』においていっそう
発展させられたところの、革命的な唯物論的世界観の基礎をすえはじめている〔*〕。

          ソ連邦共産党中央委員会付属
          マルクス=レーニン主義研究所


193 :キボンヌ厨スマソ:03/05/17 16:20
>>172
サンクスです

194 :名無しさん@3周年:03/05/17 17:10
お疲れ様です

195 :名無しさん@3周年:03/05/17 18:23
おつかれさま。
これからは俺達の番だ。
せっかくウプされたものに何の反応も示さなかったら
せっかくの行為が無駄になる。
おおいに語るべきだ。

196 :名無しさん@3周年:03/05/17 19:22
共産主義は思想としては破産し、終わっている。
マルクスなどは、相対化されたものになったから、
政党や集団を動かす原理とするのは間違いです。

197 :アップ者:03/05/17 20:30
>>196 部分的に賛意を示しつつ。マルクスの提起した諸問題が未だ多く
解決されていない。それにもかかわらず、マルクスの思考方法は重要な
ヒントを多く与えてくれる。それへの恩返しのつもりで、アップしています。


198 :pinponpan:03/05/17 22:06
さぁ〜いこうか!
ずんずんずんずん ピンポンパポン
ずんずんずんずん ピンポンパポン
いこうか〜
トラのプロレスラーは しましまパンツ
はいても はいても すぐとれる
がんばらなくちゃ がんばらなくちゃ
がんばらなくちゃー
空手を ピシピシ パンツをスルスル
空手を ピシピシ パンツをスルスル
立て 立て トラのプロレスラー
ずんずんずんずん ピンポンパポン
ずんずんずんずん ピンポンパポン
カバの忍者は マヌケでこまる
化けても 化けても すぐばれる
がんばらなくちゃ がんばらなくちゃ
がんばらなくちゃー
手裏剣 シュシュ 煙を モクモク
手裏剣 シュシュ 煙を モクモク
行け行け カバの 忍者くん



199 :名無しさん@3周年:03/05/18 09:13
マルクスを根っから否定したり、
まったく無いものとするのは誤りだと思います。

真のマルクス主義(この言葉さえ手垢が付いてますが…)とは一体何か。

森林盗伐取締法に怒りを覚えた
若きマルクスの情熱と冷静な分析を、
今こそ我が物とするべきだと思います。

200 :名無しさん@3周年:03/05/18 12:24
人は、資本の人格的・意識的担い手としてブルジョアジーになるーーこれ今でも真理ね
己自身の労働力を労働市場で売らざるをえない存在ーー言わずと知れた労働者階級

ええ??マルクスのどこが古いって??
そりゃー、資本主義社会の根本矛盾を、生産力と生産手段の私的所有との矛盾だ
とか解説した、エンゲルス、さらにはスターリンのご説は間違っているし、だか
らソ連の崩壊で現実的にも破綻しましたが。


201 :名無しさん@3周年:03/05/18 12:31
資本家は、労働市場で決定した労働力の値段を適正だと主張する。
一方、労働者は、消費された価値に代わる正当な代価としての賃金を要求する。
双方、資本主義の市場で認められた正当な主張である。
同等な権利と権利との間の衝突は、力が事を決する。

今でも変わらない真理ですね。

202 :名無しさん@3周年:03/05/18 12:37
同等というのはどうかと思うが・・・

203 :名無しさん@3周年:03/05/18 12:39
労働価値説は、なにもマルクスが最初だったわけではない。これ常識ね。
リカードまでの経済学者が難破した労働力をめぐって、それが労働力という
商品として、賃金が決定されていることの指摘、これがマルクスの経済学の真髄だ。

こういうこと知っていて、マルクスが古いだの何だの言ってるの??

204 :名無しさん@3周年:03/05/18 12:43
ついでに教えてクン。
リカードと
リカードーって、
同一人物? 別人?
同じなら、やっぱリカードの方が適切な表記?

205 :名無しさん@3周年:03/05/18 14:46
マルクス主義の3つの源泉
・ドイツの哲学
・フランスの社会主義
・イギリスの経済学

マルクス自身も「自分の独創だ」とは言ってはいない。

206 :名無しさん@3周年:03/05/18 16:00
その“価値”を何で決定するのか。
質か、量か、時間か。
ここら辺りがスターリニズムとの対決としてもおもしろい。

では、なぜマルクスが経済学を学ぼうと思ったのか?
俺的には、それがマルクス主義のエッセンス。

207 :名無しさん@3周年:03/05/18 16:39
>206 製品の重さ。

208 :名無しさん@3周年:03/05/20 11:14
w

209 :名無しさん@3周年:03/05/20 11:23
資本論を読もうスレッドに参加していて、
今、読み途中だけれど、ちゃんと
マルクス自身が労働の質の違いを認めていて、較正というか
換算は必要だけれど、同質のものと仮定して時間を単位に使うという旨の
断りが述べられていたよん。

210 :名無しさん@3周年:03/05/20 12:00
>>209
そう、だから原著をちゃんと読まなきゃダメなんです。
よくわかったでしょ?アフォな評論家共が、実は全然マルクスなんか知らずにアジってるだけだって。

211 :名無しさん@3周年:03/05/20 19:17
>>209
それはあれやろ、革命後=社会主義への過渡期においての
労働の価値やろ?
革命後の労働における「労働証書制」ってのはどうなんやろ?

212 :名無しさん@3周年:03/05/20 19:22
『神聖家族(あってるかな?)』ってのを読みたいんやけど…
>>1さん、解説貼って下さいな
お願いしますわ

213 :名無しさん@3周年:03/05/21 14:24
これほど世界経済の動向が混迷してきますと、
一部マルクスの援用が必要となってくると思われます。
「イラクにおける労働者階級の状態」などという本を
まじめにお書きになる方はいらっしゃらないのですか?

214 :名無しさん@3周年:03/05/21 17:51
社会主義理念があって、資本主義の改革があるのではないのです。
資本主義の改革をすすめていけば、その先にあるのが、
ひょっとすれば社会主義なのかもしれません。

社会主義はじめにありき、社会主義断乎支持の人は、
真の社会主義者ではありません。
現状の資本主義をよりよく改革していった人こそ新しい
社会システムの構築の足がかりをつくることができるのです。
その際に、社会主義のへたな理論はかえって邪魔なのです。
弱者をふくめ再分配を適切に行ない、優良資本家が適切に報酬を
受け取り、まじめな労働者、中小起業家が不当な不利益を受けない
社会の実現こそが必要です。
社会主義の理論をふりまわすのは危険です。
社会主義をふりまわす人はけっしてほんとうの新時代の平等・適切
な社会をつくることができせん。

215 :名無しさん@3周年:03/05/21 19:36
>>214
釣りですよね?

216 :名無しさん@3周年:03/05/21 19:43
254 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:03/05/21 18:01
マルクスの引用で論文買いて、メシが食える時代じゃないのです。
もちろん、チョムスキ−引用でメシを食う時代でもないのです。
現実の資本主義が、人々の暮らしを豊かにしてくれないものとなってきている以上、
この資本主義を緩やかに暴走的でないものに変革していく方向性を示す学者でないと、
ダメなのです。
資本主義を維持するために必死で論戦してきた長谷川慶太郎らも
みんな敗北してきたのが現状でございます。
竹中平蔵先生も正直、敗退しつつあるのが現実なのです。
資本主義を少しはましなものに変革する努力をしてくださる
学説・理論を展開していくべきです。
巨額のお金をかけて戦争をしても、巨額なお金をかけて宇宙開発しても、
巨額のお金をかけてIT革命をすすめても、バイオテクノロジーを伸展させても、
つまるところ、その利益にあやかる人々の数は少数でございます。
人類が生活を持続的に維持するためには、何が必要か。
○○主義などということにこだわらず真剣に考える時期にきております。
社会主義を批判するばかりではもうこの現実は変えられません。
資本主義者自らが自己改革すべき時期にきております。



↑は、>>214と同一人物だと思われ…

217 :名無しさん@3周年:03/05/21 21:14
この暗黒の世界を変えられるのは、
資本主義しかないことでしょう。
資本主義を維持してくださるありがたい与党を
神のように崇拝することこそが
明日の経済を明るくします。
銀行は神以外の何ものでもありません。
戦争は美徳です。
わたくしどもの企業は戦争によって
多大な利益を受けています。
戦争万歳。与党万歳。


218 :名無しさん@3周年:03/05/21 21:19
>>217
「1984」の粗悪なパロディといったところか。
釣りのレベルとしても最低ランク。

219 :名無しさん@3周年:03/05/21 21:35
ともあれ、
日本は資本家天国でこそ
労働者諸君の幸せも保障されてきたのです。
どこが、いけないのですか?
教えてください!!

220 :アップ者です:03/05/21 22:16
>>212
そういえば、聖家族は単行本になかったはず、と思い、検索したり、書棚
を調べたら、やっぱありませんでした。

ところで、これ、便利です。
http://www.nakayama.org/polylogos/philosophers/marx/marx-biblio.html

>>219
失業率6%弱、ホームレス10万人、そしてそれへの転落を危惧する人が5割弱いる
この国の労働者諸君が「幸せ」ですか。

221 :名無しさん@3周年:03/05/21 22:17
>>220
まけ組がガタガタ言うな!

222 :名無しさん@3周年:03/05/21 22:25
経済的豊かさ、
ソ連の特権階級=日本のごく普通の労働者でした。
いまもそうだが当時の民青の大学生も金持っていたし、
ソ連の特権階級の子息より日本のサヨク学生はずっといい暮らししていたぞ。
何しろソ連には物がないんだから。



223 :アップ者です:03/05/21 22:28
>>221 そういう発想は、ファシスト的ですね。

>>222 それは認めます。でも、そういう比較は余りにもむなしいと思います。
マルクス思想の極北がソ連ではありませんし、むしろそこには「反対物への
転化」を認めます。


224 :名無しさん@3周年:03/05/21 22:34
北朝鮮にホームレスは何人ぐらいいるのかな

225 :山崎渉:03/05/22 00:06
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

226 :名無しさん@3周年:03/05/22 19:27
>>219
戦争と環境破壊、搾取と恐慌、そんな世の中にしてきた
システムって一体なんでしょう?

>>222
そのような問題の捉え方は、問題を非常に矮小化しているし
本論からずれている。

なぜソ連に特権階級がいるのか?
ソ連に物がない(なんてことはないのだが)のならば、なぜないのか?
そして一番は、
はたしてソ連(≠革命ロシア)は、原則的なマルクス主義なのか?


山崎渉保守age

227 :名無しさん@3周年:03/05/22 19:30
あがってなかったです

228 :名無しさん@3周年:03/05/23 00:22
いわゆる環境問題の本質は、人が自らの行動を制御できない、人間の「疎外」の問題として
捉える事が出来る。公害問題、エネルギー問題も然り。

こんなもの世の中に出してはいけないのはわかっていても、しかも代替があるにもかかわらず
止まらない、止められない。
ゴミ、フロン、ダイオキシン、有機水銀・・・・・。

今、原発が止まって、今年の夏は電力危機が予想されるそうな。夏の日の午後、高校野球をクーラー
を効かせて見るからだとか、長年言われてきた。しかしこれが大嘘だったことが、過日報道された。
電力が足らなきゃ使わなければいい。それも数パーセントの節約で良いのに、これが簡単には出来ない。
過酷な労働を強いられている職場にあって、快適な空調は、働く者よりも働かせる者にとってこそ必要で
あることは、私の体験からも言えること。
回りまわって己自身の首を締めることになるとわかっていても、止めることが出来ない、
これぞ疎外の典型。おのれ自身で決する事が出来ない不自由。

まだまだ、マルクスから学ばないと、人は幸せにはならんわな。

229 :名無しさん@3周年:03/05/23 00:24
創価と議論して蹴散らしたい方は
リアル創価が7割、アンチが1割のこっちの掲示板でどうぞ。
http://jbbs.shitaraba.com/study/168/


230 :ねっ(w ◆hu.lPvKgI. :03/05/25 23:05
>>215
えっ〜〜〜〜〜〜?????
>>214のどこが釣りなんだ?
当たり前の事を当たり前にかいているだけだろ。
「優良資本家が適切に報酬を受け取り」って部分を含めてすら
どっかに疑問を挟む点があるとは俺には思えん。

>>214は俺が書いたんじゃないけど
俺が普段書いている内容と変わりないし・・・

231 :B75:03/05/26 00:21
ねの字もすっかり宮本修正主義に浸かってしまったのか。。。
ポルポトを支持し、ブルジョアジーを
踏み潰すといきまいていた あの ねの字は、
どこへいったんだ?… (´・ω・`)

232 :名無しさん@3周年:03/05/26 00:27
ねっ(w ◆hu.lPvKgI.さん。
214です。
ありがとう。

233 :ねっ(w:03/05/26 01:43
>>231
それこそ下手な釣りだ。
俺は日本共産党が俺の仕事を世話して、当座の資金を面倒見てくれるまで
宮本修正主義に浸ることはあり得ない。
でも、それ以前にもとから修正主義者ではあるんだけど。

そして俺はポルポトの理想が俺の理想と重なる部分があるし、
ポルポトのやったことさえ否定しきれないと書いたことがあるが、
それは「支持」という言葉で言い換えることは出来ないだろう。

俺はスターリンすら理解すべき存在だと思っている。
彼のやったことを否定的ばかりに考えるのは愚かだ。
少なくともどの党派といえどもスターリズムを克服していないように思う。
スターリズムを思想的に批判しているうちは
どの組織もスターリンの亡霊に脅えていなければならないんだ。

どっちにしろ俺の求めている社会は第2第3のスターリンやポルポトが
現れようと、けして社会が大きく動かないような社会だ。
一人一人の国民が自らの頭でものを考え、自ら行動できる社会。
党の指導を仰ぐようなやつがいる限りそれは遠い未来の話だが。

234 :ねっ(w:03/05/26 01:44
そんな社会の実現には暴力革命によるプロレタリア革命は不可欠だ。
ん〜、この結論は>>214と矛盾すると思うか?

俺はそうは思わない。
ビール腹の中年男がオリンピックで金メダルをとるために
マラソンを始めるのは滑稽だけど
とりあえず町内をジョギングすること自体はコッケイではない。
キロ6分ペースで15分しか走れないやつが
オリンピックを射程に入れたトレーニングをプランニングするのは
逆にトレーニングのマイナスになるかもしれない。
先の事は先に考えればいい。
まず今の体力を冷静に見つめる中でキロ6分ペースで
30分走れるようにする目標をたてるほうがよほどいい。
俺は>>214の発言をそう理解している。

235 :214:03/05/26 01:53
ねっ(w さん。
牢獄にいる囚人は、ともかく看守を篭絡し、
脱出することだけに力を注げばいい。
「俺はシャバにでたら、こうして儲ける、こうして出世する」と
夢想することばかりするのは、真の社会主義者ではありません。
目の前の資本主義の再配分をすこしはまし(囚人に栄養をつける)にしないと、
「囚人」=「国民」が自殺したり、絶望し、運動に挫折してしまうだけです。
資本主義を突破しつつ、迎える破局。それは、おのずと、
為政者側の破局となることでしょう。
為政者たちは、今、もっとも辛い。
苦しい。坂道を荷車を押しながら歩くように力を緩めることができません。
生活者も苦しいが、節約して、体力をつけ、教養をつけ、
愛しあい、仲良く協力しあえば、展望はひらける。
為政者のなかで仲間われ、責任のなすりあい、なじりあいが
激しくなっていく日は近い。

236 :名無しさん@3周年:03/05/26 09:21
塩爺が「消費税」率アップ発言。
竹平が銀行国有化。
小泉がイラク経済支援。
小泉政権の破綻が見え始めました。

北朝鮮にはこのままでは足元見られますぜ。

237 :名無しさん@3周年:03/05/26 09:49
釣られてやる

>>234
ええか、ブルジョワとプロレタリアの対立は、資本主義の本質からいって不可避なわけや
現状の資本主義を組合主義的によりよく改革してもやな、その本質は変らないな?「改革」やからな
社会主義のヘタな理論ってあんたは言うけどやな、あんたの言う「社会主義の理論」
ってのは資本主義の分析のことやぞ
一回でええから、マルクス読んでみい

>>233
そう、マルクス主義の立場からスターリソ主義の構造を解明し批判するわけや
そしてスターリソ主義を超える闘いへと踏み出してくわけやな

>まず今の体力を冷静に見つめる中でキロ6分ペースで
>30分走れるようにする目標をたてるほうがよほどいい。
>俺は>>214の発言をそう理解している。

革命戦争の過程での組織的力量の観点から、非合法闘争へのコミットを↑的に
やるならわかるで
せやけどあんたの言い分は、完全に革命を放棄しとるがな


真の社会主義者って言葉はおかしいわな
社会主義ってのは、荒く言えば「過渡期」ってことやで

真の共産主義者=実践的唯物主義 ならわかるけどやな

238 :_:03/05/26 09:52
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/jaz_b01.html

239 :名無しさん@3周年:03/05/26 10:15
下部構造が上部構造を規定する。

労働者階級が統治能力を身に付けた上でないと、結局「過去の実験」の繰り返しに過ぎない。
そしてその為の「トレーニング」が労働組合や新聞などの「大衆運動」だ。
レーニンもそう言っていた。
ねの字達が言ってる「改革(確かに手垢のついたイマイチな言葉だが)」もそういうこと言ってるような気がする。
フランス革命が「暴走」したのも、結局は市民階級がまだ統治能力を備えていなかったということだ。

「資本は革命によってのみ廃止される」を否定してるんなら「修正主義」だが、そうじゃないだろ?

240 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:00
統治能力、政権担当能力に関しては、
多様な意見を調整し、合意形成していく能力が決定的に重要だ。
野合では破局しやすいので連立の場合よほど注意しなければならない。
合意形成能力を担えるのは、官僚たちにほかならない。
官僚が旧政権を見放して、新政権に一丸となって支援の意志を明確にする
事態にしむけないと難しい。

241 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:14
統治とかそういうものを止揚するのだよ
前衛党の指導を捨てたわけではないがね

>>240
何言ってんだおまえ?

242 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:18
>>241
きみは何党関係者?
おれは共産関係者だが。何か?

243 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:20
>>242
だからなんだ?俺は小ブルだが。

244 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:23
>>240
野合?連立?合意?
プロ独の意味わかってんの?

245 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:25
プロ独プッ
スターリンが好きな言葉「プロ独」

246 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:26
レーニンの好きな言葉「プロ独」

247 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:28
ほほう。毛沢東の好きな言葉「プロ独」
日本共産党が放棄した「プロ独」


248 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:30
♪男なら 一度は惚れる プロレタリアート独裁

249 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:31
プロ毒なんて時代遅れの形骸というかザンサ。
これからの時代はやっぱプロ執(とかいう

250 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:32
書く丸の好きなプロ執

251 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:35
残滓じゃなくて?

革マルちゃんもプロ独使うぜ

個人的にはトロツキー主義的だが、
「プロレタリア世界革命」が一番萌える

252 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:40
ネオコン=トロツキストの成れの果て
ブレアの親もトロツキストでした

253 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:43
>>252
トロツキーの世界革命が、ネオ・コンサヴァティブの
世界戦略と似てる(真似してる)だけ
あんた、なんも知らないくせにいろいろ言うなっての


釣られてる俺が馬鹿なのかな?

254 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:49
ネオコンの教祖レオ・シュトラウスはニューヨークタイムズとルモンドの徹底調査によりペンタゴンの情報業務をしていたことが判明せり。
http://www.asyura.com/0304/war34/msg/439.html

新保守主義者(ネオコン)についての詳細な分析と解説 - 最近の Le Monde から(抄訳) 余丁町散人(橋本尚幸)
http://www.asyura.com/0304/war32/msg/433.html
ウィリアム・クリストルのこと
http://www01.netweb.ne.jp/~kimura/meikyu/a001.html
http://www.asyura.com/0304/war30/msg/996.html
“ネオコン”とトロツキストそして「世界革命」
http://www.asyura.com/0304/war30/msg/800.html


255 :253:03/05/26 16:49
スマソ、逆だね

ネオ・コンの戦略がトロツキーっぽいに訂正

256 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:54
ウィリアム・クリストルの親の経歴(英文)
http://www.pbs.org/arguing/nyintellectuals_krystol.html

257 :253:03/05/26 16:55
とことん釣られてやる

“ネオコン”とトロツキストそして「世界革命」
http://www.asyura.com/0304/war30/msg/800.html

↑これだけざっと見た。他のはだるいから見ない。
滅茶苦茶、さらにネオ・コンがトロツキーに似てるってことを
言ってるだけですやん
俺の説の補強ですやん

258 :名無しさん@3周年:03/05/26 16:56
http://www.kenmon.net/

これってアリ?



259 :253:03/05/26 16:56
だいたいなんでトロツキーが資本家の走狗なんだよ…
滅茶苦茶じゃん

260 :253:03/05/26 16:58
ただの電波だな
構ってしまった俺が悪かった
消えます

261 :名無しさん@3周年:03/05/26 17:00
オーストラリアでは、CIAがロバート・マン(元トロツキストのネオコン)によって編集される反共産主義雑誌「クアンドラント」に資金を提供したと言われています。
In Australia, the CIA is said to have funded the anti-Communist Quadrant Magazine, edited by Robert Manne.

262 :名無しさん@3周年:03/05/26 17:06
世界社会フォーラムをマルクス主義者全員で成功させようじゃないか
http://www.kcn.ne.jp/~gauss/jsf/charter.html

263 :名無しさん@3周年:03/05/26 19:12
とりあえずモマエ達は「ゴータ綱領批判」読みなさい

264 :ねっ(w:03/05/26 20:07
>>237
> 釣られてやる

どっちが釣り師なんだ?
俺も釣られてみようか? でもボウズとかいって泣くなよ。

> ええか、ブルジョワとプロレタリアの対立は、資本主義の本質からいって不可避なわけや
> 現状の資本主義を組合主義的によりよく改革してもやな、その本質は変らないな?

俺は独占資本という言葉をよく使う。
別に理論的背景のもとで使っているわけじゃない。(バレバレだけど・・・)
俺にはブルジョアという存在が見えないんだ。
今の俺にとっては階級的な対立はブルジョアではなくてシステムだと思うこともある。

反日武装戦線という組織があった。
彼らを俺はプチブル浪花節としか思えない。
だけど彼らの「反日」の中の古典的階級観を否定する理解は俺を慌てさせる。
ただの労働者であるはずの日本の労働者が
他国の労働者を搾取している可能性があるというのだから。
俺は荒井まり子の文章のコピーを読んだ時
彼女の没階級観に幻滅を感じながらも感動したのを忘れない。

>>237の考える本質というのがどんなものなのか俺はわからん。
俺が今考えているのはこの社会のシステムの中で苦しんでいる人の事だ。
もちろん古典的搾取という事を否定するわけじゃない。
労働者は搾取されている、それは確かなことだ。

265 :ねっ(w:03/05/26 20:08
> 社会主義のヘタな理論ってあんたは言うけどやな、あんたの言う「社会主義の理論」
> ってのは資本主義の分析のことやぞ
> 一回でええから、マルクス読んでみい

俺は「社会主義の下手な理論」なんて書いてないぞ、だから「下手な釣り」なんだよ。
マルクスは資本主義の姿を明らかにした。
今でもマルクスの描いた社会が理論的に正しいことを認めないわけにはいかない。
だけど、マルクスは社会主義を具体的に描くことはなかった。
「まず革命ありき」という視点に俺は立つことはない。
社会主義を具体的に描くこともないだろう。
現実を見つめることで資本主義を理解したマルクスに習って
この体制の中で問題点を見つめていきたい。
でもマルクスは一度くらい読んでみてもいいかもしれないな(激藁

> そう、マルクス主義の立場からスターリソ主義の構造を解明し批判するわけや
> そしてスターリソ主義を超える闘いへと踏み出してくわけやな

お前逆立ちしてんぞ。
俺はマルクス主義の立場からスターリン主義を語る限り
スターリン主義を越えることが出来ないと書いているんだ。
俺は聞きたいよ、お前にとってマルクス主義ってなんなんだって。

266 :ねっ(w:03/05/26 20:08
> >まず今の体力を冷静に見つめる中でキロ6分ペースで
> >30分走れるようにする目標をたてるほうがよほどいい。
> >俺は>>214の発言をそう理解している。
>
> 革命戦争の過程での組織的力量の観点から、非合法闘争へのコミットを↑的に
> やるならわかるで
> せやけどあんたの言い分は、完全に革命を放棄しとるがな

読解力があるんだな。俺はそう書いているんだ。
俺が夢見ているみたいにゆうやつがいてかなわん。
俺は革命を夢見たことなどないんだけどな。

> 真の社会主義者って言葉はおかしいわな
> 社会主義ってのは、荒く言えば「過渡期」ってことやで
>
> 真の共産主義者=実践的唯物主義 ならわかるけどやな

俺に言わせればあんたも観念論者だってことだ。
だって、真の共産主義者って事は観念論者って事だろ?

267 :bloom:03/05/26 20:14
http://homepage.mac.com/ayaya16/

268 :ねっ(w:03/05/26 20:21
>>239
> 「資本は革命によってのみ廃止される」を否定してるんなら「修正主義」だが、そうじゃないだろ?

あまいね、俺は常に逃げ道を忘れない。
(それがリアルに生きていることだと俺は思う)

この板で過去に書いたことがある。
未来の歴史学者が資本主義と社会主義の境界線を引くとしたら
俺達が考えるより手前に引くこともあるんじゃないかと。

マジに書けば革命の翌日は資本主義社会なんだ。
社会主義を過渡期と書いたやつがいたね。
そうだよ、資本そのものはかなり長い間残ることもあり得る。

269 :B75:03/05/26 20:22
いやー、>>2さんには申し訳ないぐゎ、脱線部分「も」おもろいのぉ、このスレ。

270 :名無しさん@3周年:03/05/26 21:40
おもろいなー
学生時代、初めて東京行った時に東京の活動家と議論したんやけど
そん時のことをなんや思い出した

>>264
そうや、苦しむ人を生み出す「システム」を実践主義的自己立脚点のもとに、科学的に解明し
打倒するんやないか

東アジア〜の「日本労働者階級が賃上げ闘争を行うことは、要するにアジア人民を
間接的に搾取することである」という主張は、労働者階級の国際性を認識してへん
日本労働者階級とアジア人民は、同じプロレタリアートやで
せやから国際的な闘争の爆発と世界的連帯が必要や
そしてそのようなシステムの根本的変革、つまり革命が必要やんか


>「まず革命ありき」という視点に俺は立つことはない。
>社会主義を具体的に描くこともないだろう。

この発言は問題の本質を取り違えとるな
ドイツ観念論を克服し、資本主義を解明したら、「革命」が出てきたんや
一番最初に「革命」があったんやない
そして俺は、そのマルクス主義を受けついだんやから、革命が最初にあるんや

271 :名無しさん@3周年:03/05/26 21:41
>俺はマルクス主義の立場からスターリン主義を語る限り
>スターリン主義を越えることが出来ないと書いているんだ。

なんでやねん、マルクス主義=革命的共産主義者としての自己立脚点のもとに
スターリニズムを解明するんやないか
それ以外に方法はないで

>俺に言わせればあんたも観念論者だってことだ。
>だって、真の共産主義者って事は観念論者って事だろ?


社会主義や共産主義の何たるかを理解してないってことが俺は言いたいんやけどな
観念論者やないで、せやけど革命のためには考え抜かれた理論が必要や
しかも様々な問題を解明できないやろ
思想的に立ち遅れたりするのは、実践的な面で革命に不利益や
革命家としての自己形成が必要やろ

272 :名無しさん@3周年:03/05/26 21:42
昔の学生街の喫茶店のノリやな
まあ、嫌いやないで(w

273 :名無しさん@3周年:03/05/26 22:02
まあ、俺は現役やないからな
あんま偉そうなことは言えへんねんけどな

おやすみage

274 :2です・・・:03/05/26 22:19
そろそろアップしたいんですが、よろしいでしょうか?
ねっ(wさんと、関西弁の方のやり取り、大変興味深いから、続けたい気も
致します。当事者および他の皆様はいかがでしょうか?

というわけで、3日ほど放置。

275 :名無しさん@3周年:03/05/26 22:20
寝るなよ。

276 :2です:03/05/26 22:58
こんなの見つけました。ちょっと変えたら、20世紀末からのわが国だ・・・。
(『ドイツの状態』;エンゲルス より)

 前世約〔一八世紀〕末ごろのドイツの状態は以上のようなものであった。
それは、すみずみまで完全に、腐敗といまわしい堕落との生きたかたまりで
あった。だれも安心していられるものはなかった。この国の手職、商業、工
業および農業は、ほとんど無に帰していた。農民や商人や製造業者は、吸血
鬼のような政府と不景気との二重の圧迫をうけていた。貴族と王侯は、その
臣民の骨血をしぼっていたにもかかわらず、増大する支出に彼らの収入の歩
調をあわせることができなかった。万事がよろしくなかった。そして全般的
な不安が国中にみなぎっていた。教育がなく、人心をうごかす有効な手段が
なく、出版の自由がなく、公共精神がなく、他国との広範な通商さえなく
――あったのは卑しさと利己心ばかりだ――いやしい、ずるい、あさましい
小商人根性が、全人民間にひろまっていた。すべてがすりへって、ぼろぼろ
になりて、ほろびかかっていた。そして好転の望みはみじんもなく、死んだ
諸制度のくさりきった屍体をはこびさる力さえ国民にはなかった。

277 :ねっ(w:03/05/27 00:09
>・・・なかった。
そんな中途半端で終わられても(ry

278 :ねっ(w:03/05/27 00:10
>>270
> おもろいなー

だけど俺は神学論争がひどく苦手だ。せめてカールがカールマルクスじゃなく
カールバルトであれば少しは楽しめるのだけど(トカイウ w w w

> そうや、苦しむ人を生み出す「システム」を実践主義的自己立脚点のもとに、科学的に解明し
> 打倒するんやないか

>>237氏はブルジョアとプロレタリアの対立を指摘した。
階級的対立が不可避的に増大し革命によって止揚されるという古典的階級論
を披露した。それに対して俺は俺達労働者階級の敵であるはずのブルジョア
の姿を見い出すことが出来ないと書いた。

例として東アジア反日武装戦線の荒井まり子を引き合いに出した。
彼女が山谷の労働者に涙し、劣悪な環境をしいられているアジアの労働者を
思いながら、自らの恵まれた環境を嫌悪する中で自らが労働者階級であるこ
とを忘れ、「自己否定」の中で「反日」行動に出たことを、
俺は美しい浪花節であると同時に、それが没階級観の幼稚な思想であることを書いた。

279 :ねっ(w:03/05/27 00:11
だけど同時に古典的プルジョアとプロレタリアという対立が
崩れていると見る視点をも彼女を引き合いに出す中で指摘したんだ。
俺は正直に労働者階級の対立してるはずのブルジョアの姿が見えないと書いた。
二大階級に集約される中で最終的に止揚されるとしたら
ブルジョアの姿がこれほどこの社会の中で見えないのはおかしい。
そして反日諸氏は階級の敵を自らの中に見た、ブルジョアではなく。
同じように階級的対立を見出せない俺も敵を「独占資本」という
システムに見ている。もちろんこういう見方が古典的マルクス主義から
ひどく逸脱しているのは明らかだと思うのだが。

237氏は階級の対立を指摘しながら>>270ではシステムの打倒を持ち出す。
俺はおもしろいと思う。
ブルジョアとプロレタリアートの対立が矛盾の増大の中で止揚されるという時、
労働者階級の敵はあくまでブルジョアである。
237氏が>>270で打倒するのはシステムという時、
マルクスを人にすすめるほど読んでいる彼が労働者の敵がブルジョアでなく
システムであるというその理論を人は興味をもつだろう。

280 :ねっ(w:03/05/27 00:11
> 東アジア〜の「日本労働者階級が賃上げ闘争を行うことは、要するにアジア人民を
> 間接的に搾取することである」という主張は、労働者階級の国際性を認識してへん
> 日本労働者階級とアジア人民は、同じプロレタリアートやで
> せやから国際的な闘争の爆発と世界的連帯が必要や
> そしてそのようなシステムの根本的変革、つまり革命が必要やんか

確かにそうなんだけどね。
最近でいえばイラク戦争を思い出す。
反戦の声を上げた人たちの中でどれだけの人があの侵略行為を理解していたのか?
多くの人が罪のない人々が戦争の犠牲になるのは許せないという
ところに止まっていたのじゃないかと思っている。
だけど俺はそれでいいと思っているんだ。
東アジアの人々の劣悪な労働のもとで俺達の生活が成り立っているのなら
そんな俺達の生活を疑問に思うことが間違っているとは考えたくない。
東南アジアの環境破壊のもとで俺達の生活が成り立っているのなら
そんな俺達の消費活動を見つめることも大切だと思っている。

そういう思いは「労働者階級の国際性」とは異質なものだ。
少なくともイラクの子供達を思う人たちは革命を叫ぶことはなかった。
それでも世界中の人たちが立ち上がった。
彼らを批判するのは容易いだろう。だけど俺にはわからん。

281 :ねっ(w:03/05/27 00:11
> >「まず革命ありき」という視点に俺は立つことはない。
> >社会主義を具体的に描くこともないだろう。
>
> この発言は問題の本質を取り違えとるな
> ドイツ観念論を克服し、資本主義を解明したら、「革命」が出てきたんや
> 一番最初に「革命」があったんやない
> そして俺は、そのマルクス主義を受けついだんやから、革命が最初にあるんや

「一番最初に革命があったんやない」のに「革命が最初にある」のは自己矛盾だね。

つまり俺は階級の敵を見失い(ブルジョアを見出せないように)
諸問題の背景を見ることも出来ず(例えばイラク戦争をマルクス主義的に捕らえることが出来ず)
革命を叫ぶことが誤りであると思っている。

それでもこの社会が必然的にどうなるのかは疑問の余地がない。
しかし、俺自身が暴力革命によるプロレタリア独裁を語る必要を感じないのはたしかだ。

282 :bloom:03/05/27 00:14
http://homepage.mac.com/ayaya16/

283 :ねっ(w:03/05/27 00:17
あっ、で、俺も寝る。おやすみ>237氏、2氏

284 :2です:03/05/27 09:35
お熱いですね。やっぱり、2日後を目処に再開します。それまで介入してみ
ましょう。お二人の意見の両方に共感しております。そういう立場から。

>>281
「革命の必然性を見た先達者」の衣鉢を継いだものが「革命がはじめにある」
というのは、時間軸を考慮すると自己矛盾ではありませんよ。但し、こうも
申せましょう。

 革命が必然と見られた19世紀の状況は、その状況に規定されており、革命
の必然性なるものが、21世紀初頭の今もあるかどうかは検証されなければな
らない。それは同時に、どういう革命が必然か、あるいは可能か、ということ
を問うことだと思います。

 そこで、今の時代にあって革命をおっしゃる関西弁の方は、今における革命
の必然性をどのように考えておられるのか、伺いたく思います。蛇足ですが、
関西弁の方に伺う、ということは、基本的に僕はねっ(wさんの側に近い、と
いうことです。

 偉大なるレーニンの革命が示したことは、革命は予想された形では起きない、
ということだと思います。

285 :名無しさん@3周年:03/05/27 21:37
関西弁待ちage

286 :_:03/05/27 21:37
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/moe/jaz03.html

287 :名無しさん@3周年:03/05/27 21:42
>>2ですさん
てか勝手に議論してしもうてすんません
スレ違いやね…
今度は何をアップしてくれんですか?

>>ね(w さん
今日はあれやから、明日しっかり書き込むけどやな
一つ言えるのは
対立の止揚は、革命がなければ止揚されない
そして革命はただの矛盾の止揚なのか?
いや、けしてそうやない


とにかく明日また来ます
2ですさんが迷惑やともし思ってたら、俺はこれ以上書かへん

288 :名無しさん@3周年:03/05/27 21:46
あかん、ちょっと語弊がある

>そして革命はただの矛盾の止揚なのか?
>いや、けしてそうやない

↑の部分は一旦取り消します

289 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 22:34
代々木の”革命”とやらは”脳内革命”だからの。それも修正された。(爆)

宮本導師とフナイ総研、いったいどこが違うんだね?教えてくれよ。代々木の導師諸君。

290 :名無しさん@3周年:03/05/27 22:46
カリスマの2さんは代々木に対して相当に批判的な御仁(だと思います)。
ねのじは民青OBだけれど非党員、党とも距離を置いてる(みたい)。
関西弁の彼はまだ見えませんけど、いずれにせよ代々木勢力スレではない(はず)。

いまは、明日の関西弁あんちゃんの回答が楽しみ、と。
やっぱ2さんのレスは光ってが、おめーら、信仰に堕せず、批判的態度を保持しろよ!

291 :2です:03/05/27 23:00
>>287
全然迷惑ではありませんよ。逆でして、私がアップすることで議論をお邪魔
しては悪いかな? と感じた次第です。そして、興味深いから、上のような
レスをした次第です。とはいえ、アップすべきものは結構ありますので、2
日後再開しますよ、と宣言いたしました。

>>290
恐れ入ります。そして、最後の一行についてです。「全ては疑いうる」と
いうそれ自体正しいテーゼも、それにのみ淫することでは、ただの懐疑論
に陥る危険があります。それ故に、唯物論者は「客観的実在」を認めるこ
とになり、それは信仰に近いものとなり得ます。なぜならば、それは#論
理をいくら積み上げても#証明できないものであるからです。逆に、エン
ゲルスは客観的実在を認めることから、論理はつむぎあげられたことを反
デューリング論なんかで展開しております。

問題は、その信仰に近いものの基準が党であってはならない、ということ
です。あくまで、現実を基準に置くべきであると。その辺で、共産党や左
翼(全部ではないが)は欺瞞や詭弁を弄してきたと思います。そしてそれ
が、大衆を獲得できない最大の理由ではないか、と。

292 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:02
                               
じゃ、民蒼諸君はオナニーする自分に批判的態度を保持してほしい。

プチプル的退廃だゾ。オナニーは。(藁)

293 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:04
これを読めばわかるよ。
こいつの正体。
葵御紋 ◆5LAj.wi.RU =波木井坊竜尊@日蓮宗葵講
(はきいぼうりゅうそんあっとまーくにちれんしゅうあおいこう)
【参照URL】
http://www.elnolte.ne.jp/hakiri/
http://money.2ch.net/test/read.cgi/kyousan/1053144372/555



294 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:06
別人物なんですが?

すみません、あなたはハクチですか?

295 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:09
証明してごらん。
別人ならふたりが同時に別スレにカキコするとこみせて。

296 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:10
>>295
アホは放置プレイと相場が決まっております。

297 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:15
ハクチは代々木板に投稿9回制限があることが理解できないようで。

やっぱ馬鹿でした。こいつ。m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、

298 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:18
波木井坊竜尊@日蓮宗葵講さんが犯罪的行為をした場合は、
みんなで通報しようぜ。身元がわかってるもんな。

299 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:19
そうね。通報してくれれば、おまらの正体もばれるってすんぽうだよナ。

300 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:21
あなたが探してる話題あれはこれでしょ♪
http://endou.kir.jp/betu/linkvp/linkvp.html


301 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:21
「おまら」って何?

302 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:21
おいハクチ小僧。

投稿制限9回あるこの板でそうやって多重HN使うんだ。この小僧。

論理的に納得いく説明してもらおうじゃないか。言いがかりはやめろ。
この馬鹿。

ば〜〜〜〜〜〜〜〜〜か〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ば〜〜〜〜か〜〜〜〜〜〜

おばかちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。でてきて説明しておくれ。馬鹿。(藁)

馬鹿でもsのぐらいの説明できるだろ。馬鹿。(藁)馬鹿は馬鹿ナリに背つめしろ。馬鹿(藁)

303 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:23
まじめな商品を売って社会人としてホームページもって宗教団体を
率いているわりには、下品だね。

304 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:23
ハクチちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。創価公明板でおれに
散々馬鹿にされ代々木板でもまた馬鹿にされ一笑俺に馬鹿にされ続けるとは
たいしたもんだ。馬鹿に気合が入っておるのう。馬鹿に。気合が。(激藁)


馬鹿なんだからもっと気合を入れて馬鹿を言え。馬鹿!!m(_ _)ノ彡☆バンバン、

305 :_:03/05/27 23:23
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/moe/jaz04.html

306 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:23
>>303
馬鹿なおまえほどじゃない。(藁)

307 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:25
やっぱ、波木井坊竜尊@日蓮宗葵講さんのことを
叩くと、 葵御紋さんが沈黙する。
波木井坊竜尊@日蓮宗葵講さんとして対応する時は
葵御紋さんの人格はお留守になっちゃうんだ。
回線が2本あってコンピュータが2台あれば、
投稿制限もへっちゃらで自作自演かけあい投稿ができるよね。



308 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:25
ハクチは代々木板に投稿9回制限があることが理解できないようで。

やっぱ馬鹿でした。こいつ。m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、
      

309 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:27
回線が2本あってコンピュータが
2台あれば、
投稿制限もへっちゃらで自作自演
かけあい投稿ができるよね。
IPが別のものになるもん。




310 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:28
◆お○ん○が見れる◆
http://bbs.1oku.com/bbs/bbs.phtml?id=yasuko

311 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:29
うちはADSLのV8.固定IP。

そんなアホ真ねを誰がする。ハクチ!!m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、


やっぱおまえ底なしのアホだナ。救いようがないゾ。m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、

312 :名無しさん@3周年:03/05/27 23:34
スレタイ読めよおまいら

313 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/27 23:35
マルクスも臍の下は説いてない<by 徳田球一

314 :ねっ(w:03/05/28 05:48
>>290
> ねのじは民青OBだけれど非党員、党とも距離を置いてる(みたい)。

思いっきりはずれ。
だいたい民青同盟員ってマルクス読むか?
党と距離を置いているっていうのは正しい。
前は日本共産党じゃなく日共と書いていた。
民コロとか日共とか書いていたら誰かにやんわり諭された。

315 :ねっ(w:03/05/28 06:53
>>287
> >>ね(w さん
> 今日はあれやから、明日しっかり書き込むけどやな

無理せんでね。それに俺にというより>>284に書いてくれたほうが俺としてはうれしい。
俺はもうこれ以上背伸びすることが出来ん。(´・ω・`)

> 対立の止揚は、革命がなければ止揚されない
> そして革命はただの矛盾の止揚なのか?
> いや、けしてそうやない

俺は今日革命が起こっても
昨日と同じように
明日も現場で働くだろう。

たいていの場合、革命が起こっても
テストの成績が上がるわけじゃないし
ブサイクな女はブサイクだ。
俺の入力も早くはならないだろう。

だから・・・
革命に過度の幻想をもつべきじゃない。

316 :ねっ(w:03/05/28 07:25
俺が>>279で打倒するのはブルジョアでシステムじゃないと書いているのを奇異に思うかもしれない。
なぜ資本主義的生産様式を打倒しようとすることが
マルクス主義的ではないというのかと。

ただ俺が無知なだけなのかもしれない。
ただ疎外論といったような「哲学的」思惟で革命を語るべきじゃないと思っている。
漠然とだけどあくまで搾取される労働者階級との階級対立の中で語るべきで「資本主義を倒す」といった時に、システムならなおさら資本主義がもつ根本的問題を見えにくくするような気がする。
結果的に革命をその後の社会をユートピア視することになるんじゃないかと。
人々は様々な問題をもち、様々な理想を夢見る。
だけど革命はそれらの最終的な解決ではあり得ない。
ごく限られたものなんだ。
生産様式が変わるだけだよ。

このへんは俺自身漠然と思っているだけなんだけど・・・

317 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/05/28 10:46
資本主義的生産様式を打倒したら、宮本修正主義者集団はすぐにでも崩壊
するよ。

書籍や生活協同組合なんてその資本主義的生産様式で稼いでいるんだから。(藁)

318 :(´・д・):03/05/28 11:17
>波木井坊
むぅ。(宗教的な質問すら無視するくせに)
聞きかじりの極左用語を平気で濫用し、
日本共産党を(彼らの主張も理解せずに)非難するのはやめろ>竜尊

創価板に (・A・)カエレ でし

>ね
マルクスの古典も独習指定文献に含まれとるでし。

319 :(´・д・):03/05/28 11:18
あ、党員用の独習指定文献だから、民青はわからんか。すまんでした。

320 :山崎渉:03/05/28 14:53
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

321 :名無しさん@3周年:03/05/28 16:00
重要だな。

322 :名無しさん@3周年:03/05/28 16:11
アダルトDVDが安い!

http://ime.nu/www.net-de-dvd.com/


323 :bloom:03/05/28 16:14
http://homepage.mac.com/ayaya16/

324 :ねっ(w:03/05/28 18:11
>>288
> あかん、ちょっと語弊がある
>
> >そして革命はただの矛盾の止揚なのか?
> >いや、けしてそうやない
>
> ↑の部分は一旦取り消します

これ、思いっきり見のがした。今初めて読んだ。
正直スマンカッタ。


325 :ねっ(w:03/05/28 18:20
>>318
> >ね
> マルクスの古典も独習指定文献に含まれとるでし。

“独習”指定文献ねぇ・・・
つまりこんな本があるよ、読めば。
だたし勝手に一人で読んどくれってことだろ。

三池の労働者達がマルクスを学び
自らの生活を語り合う中で何を獲得したのか考える時
“独習”指定文献のリストに載っているという
マルクスの著作物が党員・同盟員にいったい何を
語りかけるのかチョット疑問ではある、チョットだけだけど。


326 :名無しさん@3周年:03/05/28 22:29
ちょっと句点を付けて書き込みますわ。
誤字脱字があったら勘弁して下さいな。


ブルジョワとプロレタリアの対立を革命によって止揚することは、
階級対立をその場的に解決することやない。
現代における様々な矛盾や問題を根本的に解決せにゃならんわな。
山谷や西成のおっさん達にメシを配給しても、結局それは何の解決にも
なってへんゆうことは、ね(w氏もわかっているやろう。
現代における様々な矛盾や問題を生み出す原因を解明し、見つめ、粉砕せにゃならんな。
それはプロレタリア革命、プロレタリア独裁を経て、それらを生み出す物質的諸条件を解決する。
つまり、食えへん俺らが食えるようになると同時に、俺らを食えへんようにしてきた
「システム」を変えるわけや。

西成のおっさん達が闘争しとる。メシをくれ、雇ってくれと。俺らがそれにカソパしたり
炊き出しすんのもええねんけど、それは根本的な解決やない。
なんで西成のおっさん達は食えへんのか、それを考えんと。

327 :名無しさん@3周年:03/05/28 22:30
俺にはブルジョワが見えない、か…。

資本家達がどのように国家を運営し、そもそも国家がなんで存在すんのか、
それが帝国主義へと移り行き、労働者を抑圧し、世界中で戦争しているんか。
そしてそれを生んできた物質的諸条件とはなんやろ。それを考えんと。
ブルジョワは支配階級となった。人間社会が今のままである以上、階級対立は
現前としている。有史以来の社会については、マルクスとエンゲルスが延々と
説明してきたはずやろ。そしてそれらがどのように支配階級に成り上がり、国家と
結びつき国家独占資本となったか、それもレーニソを含めてずっと説明してある。
人間社会がこれまでの物質的諸関係であるかぎり、永遠に今までどおりやで。
帝国主義と戦争、これはものすごい現代的な問題やと思うけどな。

わからんかな。まあ、俺は帝国主義論は正直詳しくないんやけどな…。


東アジア反日〜の連中は、日帝が東アジア人民の経済的搾取をしているとした。
さらに日本の労働者階級も、今のままである限り結局は搾取する側やと。
しかし、それは大きな間違いやな。また階級闘争の見方が崩れたわけやない、むしろ
補強されたんちゃうか。抑圧し搾取する者と闘い抜き、抑圧階級を解体していくと
同時に、抑圧・被抑圧を生み出してきたもんを変革するんやろ。

スターリニズムはな、やはりマルクス主義の立場から見てかないかん。
スターリニズムはマルクス主義のあだ花でも亜種でも一形態でもない。まったくの別物や。
官僚制国家、赤色帝国主義、堕落した労働者国家…まあ名称はどうとしてもやな、
マルクス主義の立場からスターリソソ連を解明し、必要ならばプロレタリア革命も出てくるやろ。

328 :名無しさん@3周年:03/05/28 22:31
>>268
>この板で過去に書いたことがある。
>未来の歴史学者が資本主義と社会主義の境界線を引くとしたら
>俺達が考えるより手前に引くこともあるんじゃないかと。

俺はこれについて詳しく聞きたいな。


俺は、ね(w氏のことはよく知らん。共産党板も厨の巣窟やとばっか思ってたから
見向きもせえへんかった。
せやけどあんたの話を聞いとると、共産主義についての理論どうこうよりも
あんたは過去に一体なにがあったんやろって思うな。

なんちゅうか、心の奥底を俺に見せて欲しい、みたいな(口説き文句ちゃうで(w


とりあえずこの話はこれで仕舞いや。

329 :名無しさん@3周年:03/05/28 22:41
2です氏の質問はまた今度答えますわ


まったく別の話
塩見孝也と森恒夫ゆう俺らの先輩(広い意味でな)がおる
連赤の総括事件への塩見の態度は俺も当初は許せんかった
森を断罪することによって自己の保身を図っとるとしか思えへんかった
あいつらはスターリニストやとばっか言って、塩見が真摯にあの事件を
見つめ「総括」しようとしているとは、俺には到底思えへんかった
また後輩を見殺しにする態度も気に入らんかった
せやけどなぜか俺は今、塩見の気持ちがわかる気がする
森の気持ちも俺にはわかる気がする

これはなんなんやろ?

330 : :03/05/29 12:57


331 :「ヘーゲル法哲学批判序論他」:03/05/29 21:52
    あとがき


 マルクスはドレスデンにいるアーノルト・ルーゲあてに一八四三年三月一三日付でケルンから
こう書き送った、「フォイェルバッハは余りにも自然にかかわりすぎ、そして余りにも政治にか
かわらなさすぎます。フォイェルバッハのアフォリズムが私の気にくわないのは、ただこの点で
だけです。しかし政治と結ぶこと、ただこれのみが今日の哲学をして真理たらしめうる唯一の同
盟なのです。・・・・私はプロイセンの検閲のもとでは書くことはできず、たとい書かなくとも、プ
ロイセソンの空気のなかでは生きることもできません。」そう書いた四日後にマルクスは、その
月いっぱいをもって発行禁止に決定されていた「ライン新聞」の編集から退き、月末にオランダ
に旅し、六月一九日にジェニー・フォン・ヴェストファーレンと結婚し、かねてからのもくろみ
であったヘーゲル「法哲学鋼要」の徹底的批判にとりかかり、そして同年一〇月末にジェニーと
ともにクロイツナハからパリーに来着、アーノルト・ルーゲと共同編集で翌年三月に「独仏年誌
」第一・二冊合併号を出すところまでいったが、まもなく、あの哲学と政治との「同盟」を求め
てプロレタリア革命家に脱皮しつつあったマルクスは、ブルジョア民主主義者ルーゲとの見解の


332 :「ヘーゲル法哲学批判序論他」:03/05/29 21:53
相違がもとで、さらに資金上の困難も重なり、この雑誌をこの一つの合併号のみでうち切らざる
をえなくなった。この一冊の文庫本はその間、すなわち四三年春から翌四四年一月までのわずか
一〇ヵ月のあいだにマルクスの筆になった「ヘーゲル法哲学網要」中の国法論を批判したノート、
および「独仏年誌」所載の交換書翰と二論文を邦訳して収めたものである。
 前年からの彼の「ライン新聞」での論説をふくめてこの間にマルクスはレーニンのことばによ
れば、「ようやくマルクスになりはじめた。ということは学としての社会主義の創始者、現代的
唯物論の創始者、唯物論のそれ以前のいかなる形式よりも桁はずれに内容豊富で較べものになら
ぬほど首尾一貫した唯物論の創始者になりはじめたということである。」(「唯物論と経験批判
論」)
 ヘーゲルの法哲学の批判的吟味を通じてマルクスが到達した結論は、後年の彼自身のことばに
よれば、「法関係も国家形式もそれ自身から理解されるべきものでもなければ、いわゆる人間精
神の一般的発展から把握されるべきものでもなくて、むしろヘーゲルが一八世紀の英人と仏人の
先蹤にならって『市民社会』の名称でその全体を総括しているところの物質的な生活諸関係のう
ちに根ざすこと、しかしこの市民社会の仕組は経済のうちに求められるべきであるということ」
(「経済学批判」)であった。


333 :「ヘーゲル法哲学批判序論他」:03/05/29 21:54
 ところで一八四三年真にクロイツナハで書かれた「ヘーゲル国法論批判」はヘーゲル「法哲学
綱要」のうちの国家哲学にたいして加えられた逐条的に厳密な批判的吟味であって、残された原
縞はボーゲン番号Uで始まっている。最初のボーゲンは失われて今はないが、それは多分、ヘー
ゲル原本のなかで国家論の序をなしている部分、すなわち第二五七節――第二六〇節の批判に当
てられていたものと思われる。
 さてルーゲとマルクスの共同編集のもとに一八四四年三月にパリーで発行された「独仏年誌」
合併号の内容目次をあげると次のようになっている。

  内容目次

独仏年誌の意図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・A・ルーゲ
一八四三年の交換書翰
ルードヴィヒ王頌歌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハインリヒ・ハイネ
J・ヤコービ博士にたいする大逆、不敬の罪および不逞不遜なる国法非議の罪の審理における大
審院の判決


334 :「ヘーゲル法哲学批判序論他」:03/05/29 21:54
ヘーゲル法哲学の批判のために・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カール・マルクス
国民経済学批判大綱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フリードリヒ・エンゲルス
パリーからの手紙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・M・ヘス
一八三四年六月一二日のヴィーン大臣会議の議定書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・C・ベルナイス
謀反・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヘルヴェーク
イギリスの状態 トマス・カーライル「過去と現在」・・・・・・・・フリードリヒ・エンゲルス
ユダヤ人問題のために・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カール・マルクス
B・バウアー「ユダヤ人問題」ブラウンシュヴァイク 一八四三年、B・バウアー「現今のユダ
ヤ人およびキリスト教徒の自由になりうる能力」(スイスからの二一ボーゲン、五六、八一ペー
ジ)
新聞評

 これで見る通り、掲載順からすれば、「ユダヤ人問題のために」のほうが「ヘーゲル法哲学批
判序論」よりも後であるが、本文庫での順序は執筆時期のうえでのそれに従った。というのは、
「ユダヤ人問題のために」はパリーで脱稿はみたものの、大部分はまだクロイツナハ滞在中にま


335 :「ヘーゲル法哲学批判序論他」:03/05/29 21:55
とめられたものであるにたいし、「ヘーゲル法哲学批判序論」のほうは、「革命の心臓」パリー
の真只中でその年の暮れから年明けにかけて書かれたものだからである。マルクスになりつつあ
るマルクス自身の思想の驚くべく急激な前進テンポのなかで、パリーでの労働者運動、社会主義
運動とのなまの接触が二五歳の青年マルクスにあたえたインパルスはまさに決定的に近いもので
あったはずなのである。
 この両論艾についてロシア語版全集第二版(ソビエト連邦共産党中央委員会付属マルクス=レ
ーニン主義研究所編)の序文は次のように述べている。
 「『ユダヤ人問題のために』の論説のなかでマルクスは民族問題におけるバウアーの観念論的
神学的態度を批判して、一方マルクスの解するところではブルジョア革命にほかならぬところの
『政治的解放』と、他方『人間的解放』、すなわち人類を、たといどのようなたちのであれ、あ
りとあらゆる社会的および政治的軛(くびき)から解きはなつばずの社会主義革命、この両者間
の根本的な区別にかんして深刻な思想を展開している。
 とくに大きな意義を有するのは・・・・『ヘーゲル法哲学批判序論』の論文である。この論文のな
かでマルクスははじめてプロレタリアートを、社会主義革命遂行の力をもつ歴史的勢力として提
示している。マルクスはここで、進歩的理論は大衆の闘争における精神的武器であり、大衆は社


336 :「ヘーゲル法哲学批判序論他」:03/05/29 21:56
会を改造することのできる物質的力であるという彼の有名なテーゼをのべている。
 『独仏年誌』のなかのマルクスの論文についてレーニンは次のように書いた、『この雑誌にお
いて公けにされた論文のなかでマルクスは《あらゆる既成のものにたいする仮借なき批判》と殊
に《武器の批判》 を布告し、大衆に、そしてプロレタリアートに訴えかける革命家としてわれ
われの前に立ちあらわれる。』(レーニン『カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス』)」

  ***

 一つの自然的生命の生まれ出る場に立ち合うことがそうであるのに、ましてや全人類史的な重
みをもつ一つの精神的生命の花開く場に居合わすことの何という目ざましく、あざやかなよるこ
びであることか! 私はヘーゲルの「精神の現象学」とそれへつながる彼の青年期の諸論文にか
かわるときと、マルクスの「ドイツ・イデオロギー」と直接にそれへみちびくこの「独仏年誌」
所収論文、つぎの「経済学・哲学手稿」等々の初期の諸労作にたずさわるときとに、とりわけ、
しみじみとそのようなよろこびにひたる想いがするのである。
   一九七〇年八月四日
        真下信一


337 :名無しさん@3周年:03/05/31 11:05
クズみたいなマル経の連中が「近経=市場万能=アメリカ万歳」みたいなデマを撒き散らしてきたけど
はっきり言って終わってます。近経のツールで市場経済の批判もできるし、
アメリカを手放しで誉めるなんてことにもならない。

「主観価値説だから」「需給論だから」といった近経批判は過去の遺物です。マルクスの
問題意識は無意味じゃないけど、マルクスのツールは古すぎる。


338 :反響文士 ◆oz7Wpm.iX2 :03/05/31 20:46
>>337
かなり同意できるけど、だが「問題意識は無意味じゃない」こと自身に拘ることも、大切
ではないかと。歴史=論理説で「現実から紡ぐ」マルクスの姿勢ってのには、古いも新し
いもないと思うよ。アリストテレスの「形而上学」や、デカルトの「方法序説」の精神が
古びないように、ね。

339 :名無しさん@3周年:03/06/06 18:17
その手の本の訳が下手糞だと思うのは俺だけかな?
内容よりも文法がすごい分かりづらいんだけどさ。

340 :名無しさん@3周年:03/06/06 18:18
馬鹿みたいに長い前文もどうにかならない?
はっきり言っていらないよ。

341 :名無しさん@3周年:03/06/06 22:02
原本が著作権放棄らしから、俺らで翻訳すっべか?(とかいう

342 :2です:03/06/09 20:51
>>340 読み飛ばせばいいじゃないですか。
>>341 プロジェクト・杉田玄白ってのがあり、「共産党宣言」他がすでに訳さ
れております。
http://www.genpaku.org/sugitalist01.html

343 :名無しさん@3周年:03/06/09 21:29
プロジェクトすぎたげんぱく経由で海外のアーカイブ逝ったら
マルクスよりトロツキーのほうが充実しているみたいだyo…
http://www.marxists.org/archive/trotsky/index.htm

みんな がんがってるのぉ。

344 :_:03/06/09 21:31
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/hankaku09.html

345 :元歌:杏里/オリビアを聴きながら :03/06/10 14:26
『マ ル ク ス を 読 み な が ら』
     ||  ___
     ||. /γ\ \ヽ
     ||└/_@└‐》_]       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     || .`(´∀`)0)\   < いい歳をして、全共闘の生き残りめ!
      |.|  /|日V日|| ̄ ̄ ̄|   \
    (⊃))】.|  |: .|| ━━ |   
        [ニ回ニ.|| ゚  ゚|
        |__人_|| ゚  ゚|  
         |_|_|| ゚  ゚|  
        (__.(_||____.|
お気に入りの本 一人読んでいるさ
マルクスは若き日の心 なぐさめてくれるから
アサヒジャーナルを 片時も離さずに
オレらしく青春を 過ごしたそんな日々

読んでた頃は こんな日が
来るとは思わずにいた
Making good things better
いいや すんだ日々 時を重ねただけ
落ちぶれ果てたサヨク 私は幻を信じたの




346 :t-akiyama:03/06/12 15:21
携帯ゲーム機"プレイステーションポータブル(PSP)

 このPSPは、新規格UMD(ユニバーサルメディアディスク)というディスクを利用しており、そのサイズは直径6cmととても小さい(CDの半分程度)。 容量は1.8GBとなっている。
画面は4.5インチのTFT液晶で、480px x 272px(16:9)。MPEG4の再生やポリゴンも表示可能。外部端子として、USB2.0とメモリースティックコネクタが用意されているという。

この際、スク・エニもGBAからPSPに乗り換えたらどうでしょう。スク・エニの場合、PSPの方が実力を出しやすいような気がするんですが。
任天堂が携帯ゲーム機で圧倒的なシェアをもってるなら、スク・エニがそれを崩してみるのもおもしろいですし。かつて、PS人気の引き金となったFF7のように。

347 :t-akiyama:03/06/21 14:12
>>216
携帯ゲーム機"プレイステーションポータブル(PSP)

 このPSPは、新規格UMD(ユニバーサルメディアディスク)というディスクを利用しており、そのサイズは直径6cmととても小さい(CDの半分程度)。 容量は1.8GBとなっている。
画面は4.5インチのTFT液晶で、480px x 272px(16:9)。MPEG4の再生やポリゴンも表示可能。外部端子として、USB2.0とメモリースティックコネクタが用意されているという。

この際、スク・エニもGBAからPSPに乗り換えたらどうでしょう。スク・エニの場合、PSPの方が実力を出しやすいような気がするんですが。
任天堂が携帯ゲーム機で圧倒的なシェアをもってるなら、スク・エニがそれを崩してみるのもおもしろいですし。かつて、PS人気の引き金となったFF7のように。

348 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:11
     付録



   マルクスと文学

          ポール・ラファルグ

 彼は、談話のなかでしばしば引用するハイネやゲーテの作品を暗記していた。彼は、あらゆる
ヨーロッパの文学のなかからよりぬいて、いつも詩人の作品を読んでいた。彼は毎年アイスキュ
ロスをギリシア語の原典で読んだ。彼はアイスキュロスとシェイクスピアとを、人類のうんだも
っとも徹底的な研究の対象にした。彼はシェイクスピアの劇中のもっともつまらない人物さえも
知っていた。一家こぞって偉大なイギリスの劇作家をほんとうに崇拝していた。彼の三人の娘た
ちはシェイクスピアを暗記していた。一八四八年のあとに、それ以前にもすでに読むことはでき
た英語の語学力を完璧にしたいと考えたときには、彼はシェイクスピアに固有な表現は全部さが


349 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:12
しだしてこれを分類した。きわめて高く評価したウィリアム・コベットの論争的著作の一部につ
いてもこれと同じことをやった。ダンテとバーンズは彼の愛認詩人に属していた。彼は、娘たち
がスコットランドの詩人〔バーンズ〕の諷刺詩や恋愛詩を朗読したり歌ったりするのを聞いて、
とてもよろこんだ。
 たゆまぬ勉強家で学問の巨匠であったキュヴィエは、自分が館長であるパリの博物館のなかに
彼の専用の仕事部屋をたくさんつくらせた。各室はそれぞれ特殊な仕事にあてるようにきめられ、
その仕事に必要な書物や器具や解剖用品などをそなえていた。キュヴィエは、一つの仕事に疲れ
をおぼえると、隣りの部屋にはいって別な研究に没頭した。頭脳の仕事をやるばあいのこの単純
な切りかえは、よくいわれているように、彼にとっては休養にほかならなかった。マルクスは、
キュヴィエと同様にたゆまぬ勉強家であったが、彼はキュヴィエのようにたくさんの仕事部屋を
設ける資力をもっていなかった。彼は部屋のなかをあちらこちらあるきまわって休養した。ドア
から窓まで、絨毯のうえには、牧場の小道のようにはっきり区切りのある、すっかりすりきれた
筋が見うけられた。ときどきはソファのうえで身体をのばして小説を読んだ。ときには同時に二、
三冊とりだして交互にそれを読んだ。ダーウィンと同じく、彼も大の小説愛読者であった。マル
クスはとくに一八世紀の小説をこのみ、とりわけフィールデイングのトム・ジョーンズをこのん


350 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:12
だ。彼をもっともたのしませた近代作家は、ポール・ド・コック、チャールズ・レヴァー、アレ
クサンドル大デューマ、ウォルター・スコットであった。――彼はスコットの『オールド・モー
タリテイ』〔盟友〕は傑作だと言った。彼は冒険物語や諷刺物語はことのほか好きだった。彼は
セルバンテスとバルザックをすべての小説家の最上位においた。ドン・キホーテは彼にとっては、
まさに抬頭しつつあるブルジョア社会においてはそれの美徳も茶番とたわけと化したところの、
死滅しゆく騎士道の叙事詩であった。彼のバルザック崇拝はたいへんなもので、彼の経済学的著
作を完成してしまいさえすれば、バルザックの大著『人間喜劇』の批評を書こうと思ったほどで
あった。バルザックは、たんにその時代の社会の歴史家であったばかりでなく、ルィ・フィリッ
プの治世下ではまだ萌芽状態にあり、フィリップの死後、ナポレオン三世の治下になってはじめ
て完全に発展したもろもろの人物の予言的創作者でもあった。
 マルクスはあらゆるヨーロッバ語を読み、ドイツ語、フランス語、英語の三ヵ国語を、この国
語のくろうともおどろくほどに書いた。彼はつぎの格言をこのんでくりかえした。「外国語は人
生の闘いの武器だ」と。――彼はすばらしい語学の才能をもち、それが娘たちにもうけつがれた。
彼がさらにロシア語をならいはじめたときには、彼はすでに齢五〇になっており、しかもこの国
語は彼の知っている古代語や近代語とは語原学的にはなんら近いつながりがないのにもかかわら


351 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:13
ず、彼は六ヵ月後にはすでに、彼がとくに尊敬していたロシアの詩人や作家、すなわちプーシキ
ン、ゴーゴリ、シチェドリンの作品を鑑賞できるまでにこの国語に熟達した。彼がロシア語をな
らった理由は、それがおそるべき暴露であるがために政府が禁圧した官庁調査の文書が読めるよ
うになるためであった。その文書は、彼に心服している友人たちが、たしかに彼らが知りあいに
なったヨーロッパのただ一人の経済学者であるマルクスのところにこれをおくってきたのであっ
た。
 詩人や小説家のほかに、マルクスは、もっと別なきわめて注目すべき精神休養の手段をもって
いた。それは数学であって、彼は数学が特別好きだった。代数は彼に精神的な慰めとさえもなっ
た。彼は激動の生活のいちばん苦しいときには代数に避難所を見つけた。……
 マルクスは、天才的思想家の特質を二つながら兼ねそなえていた。彼は、対象を構成要素に分
解することを比類なくよくこころえており、また分解された対象を細大もらさずさまざまの発展
形態とともに再生産し、その内部関連を発見することの大家であった。……
 ……娘たちがまだ小さかったころには、彼は、際限のない気まぐれのおとぎ話を娘たちにかた
って聞かせて遠い道のりを近く思わせた。そのおとぎ話は、道々彼がつくりあげたもので、子供
たちが聞きほれて疲れをわすれるように道のりに応じて話の筋の複雑さに言いたしもつぎにしも


352 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:15
したのである。マルクスはたぐいまれな豊かな詩想の持主であった。彼の文筆上の処女作は詩で
あった。マルクス夫人は夫の青年時代の詩をたいせつにしまっておいたが、誰にも見せなかった。
マルクス家ではその息子〔マルクス〕を作家か教授にしたいと夢みていた。マルクス家の考えで
は、彼は、社会主義の煽動に熱中したり、当時ドイツではまだ軽蔑されていた国民経済学に没頭
したりしてみずからの品位をけがしていたのである。――
 マルクスはその娘たちのためにグラックス兄弟を主題にした戯曲を書いてやる約束を彼女たち
にしたことがあった。残念ながら彼は娘たちとの約束をまもることができなかった。「階級闘争
の騎士」と呼ばれる人が、古代世界の階級闘争のこのすさまじい大がかりなエピソードをどのよ
うにあつかったであろうかを見ることは、興味ぷかいことであったろうに。……
          ポール・ラファルグ『カール・マルクス、個人的な思い出』
          〔国足文庫版『マルクス回想』一〇三、一〇五、一一〇、一一四―一五ペ
ージ〕





353 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:17
   マルクスとの散歩

          ウィルヘルム・リープクネヒト

 ……マルクスの文章は、まさにマルクスなのである。その文章は、もっとも狭い場所にできる
かぎりたくさんの内容を圧縮しようとつとめていると、こう彼は非難されている。だが、それが
まさしくマルクスなのである。
 マルクスは、純粋な正確な表現を特別におもんじた。そして、彼がほとんど毎日読んだゲーテ、
レッシング、シェイクスピア、ダンテ、セルバンテスにおいて、彼は最高の師匠をえらんでいた
のであった。言語の純粋さと正確さにかんしては、彼はもっとも厳密な良心をもっていた。
 マルクスは厳格な国語淨化主義者であった、――彼は、しばしば、苦心して長いことかかって
正しい表現をさがした。彼は不必要な外国語をきらった。それにもかかわらず、しばしば外国語
を――対象がそれを必要としないのに――使用したとすれば、それには外国への、とくにイギリ
スへの長い滞在ということがしんしゃくされなければならない。しかし、生涯の三分の二を外国
ですこしたにもかかわらず、わがドイツ語のために大きな貢献をし、そしてすぐれたドイツ語の


354 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:19
巨匠、ドイツ語創造者の一人となったところのマルクスにあっては、私たちは、どんなにかぎり
なく豊かに独創的な、真にドイツ的なことばの構成とことばの結合とを見いだすことか。……
 楽しみをおわったあとは、楽しみを待っているときほどにはうれしい気持がおこるものでない
のがつねであるとはいっても、ハムステッド・ヒースからの帰り道は、いつもとても愉快だった。
憂欝――もちろん憂欝になる理由はほとんどありすぎるくらいたった――にたいしては、私たち
はめちゃくちゃなだじゃれでたたかった。亡命のみじめさは私たちには存在しなかった、――泣
言を言いはじめる者があると、すぐさま厳しいやりかたで社会的義務を思いださせられた。
 帰り道の行列の順序は、行き道の順序とはちがっていた。子供たちは、かけくたびれてレンヒ
ェンといっしょにしんがりになり、レンヒェンはバスケットが空になったので、足どりもかろや
かに身がるに子供たちの世話をすることができた。たいてい歌がうたいはじめられた。政治的な
歌はまったくまれで、たいていは民謡、いちじるしく情緒ゆたかな歌と――誇張でなしに――「
柤国」の「愛国的な」歌、――たとえば異常な人気を呼んだ「おおシュトラスブルグ、おおシュ
トラスブルグ、おん身こよなく美わしの町よ」であった。あるいはまた子供たちが私たちに黒人
の歌をうたってくれ、足のつかれがいくぶんなおったときには、歌にあわせて踊りもしてくれた。
政治の話は、亡命のみじめさの話と同じく、行進中はほとんどしてはならないことだった。これ


355 :_:03/06/22 22:21
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/

356 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:22
に反して文学や芸術の話はずいぶんなされ、そうなるとマルクスが法外な記憶力をしめす機会が
きた。彼は、ほとんど全部暗誦できた『神曲《デイヴィナ・コメディア》』の長い幾節かを朗誦
し、またすぐれたシェイクスピア通である彼の妻がしばしば交替にやることもあったシェイクス
ピアの場面を朗誦した。……
          ウィルヘルム・リープクネヒト『カール・マルクスの思い出』
          〔国民文庫版『マルクス回想』六八―六九、八四―八五ページ〕


357 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:23
   マルクスと文学

          フランツ・メーリング

 マルクスは、精神的レクリエイションを文学に見いだした。文学は一生涯有益な慰藉を彼にも
たらした。この領域ではきわめて広い知識をもっていたが、一度もそれをひけらかしたことはな
かった。彼の著作がそれを証明している。ただフォークトを駁した著書だけは例外で、そこでヨ
ーロッパのあらゆる文学からのおびただしい引用を、自分の芸術的目的のために利用した。彼の
科学的主著が全時代を反映しているように、彼の愛読していた文学者は、アイスキュロスとホメ
ロスからダンテ、シェイクスピア、セルバンテスをこえてゲーテにいたるまでの偉大なる世界詩
人たちで、これらの人々の作品も、全時代を反映していたということがいえるのである。ラファ
ルグのかたるところによれば、マルクスはアイスキュロスを毎年一回は原典で読んだ。彼の愛読
していた古代ギリシア人たちにたいして彼は終始一貫して忠誠をまもったから、古代文化を労働
者にきらわせたがるような、くだらぬ小商人根性のやからなどは、鞭をふるって神殿からおっぱ
らったことだろう。


358 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:24
 ドイツ文学は中世もはるか奥のほうまで通じていた。近代作家のなかで彼のしたしんでいたの
は、ゲーテとならんで、とくにハイネだった。シラーは若いときはきらいだったようだ。という
のは、そのころにはドイツの俗物はこの詩人をば、多かれすくなかれ「理想主義者」と誤解して
陶酔していたからであって、こうしたことは日常茶飯のみじめさをどえらいみじめさと勘ちがい
させるだけのものだ、とマルクスは主張した。ドイツからついにわかれてからは、ドイツ文学に
はもはやあまり気をとめなくなった。へッベルとかショーペンハウアーのように、おそらく彼の
注意をひくだけの価値のあった少数のものについても、彼は一言も述べていない。たまたま、リ
ヒアルト・ワーグナーがドイツ神話を歪曲したのをみて、これに厳しい一撃をくわえたことがあ
ったくらいのものだった。
 フランス人作家では、ディドロをきわめて高く評価し、『ラモーの甥』を無双の傑作となした。
こうした好意は一八世紀のフランス啓蒙文学にもおよんだのであって、エンゲルスはかつてこう
言っている。――フランス精神は啓豪文学において形式と内容からみて最高の仕事を達成した。
当時の科学の水準を思いあわせてみると、内容からすれば今日といえどもなお無限に高い地位に
立っており、その形式からすれば、ふたたびこれを凌駕するものはそれ以来あらわれていない、
と。したがって、マルクスはフランスのロマン主義作家を排斥した。ことに、シャトーブリアン


359 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:27
ときては、深遠なのは見せかけだけのことで、ビザンティン風の誇張にうきみをやつし、色とり
どりの感情の媚態をつくり、要するに、法外なうそのごちゃまぜだったから〔一八七三年一一月
三〇日、エンゲルスあて〕彼は昔からきらいだった。彼がすこぶる感服したのは、一時代全体を
文学の鏡のなかにとらえたバルザックの『人間喜劇』であった。彼は主著を完成したのち、この
『人間喜劇』論を書く意志をもっていたが、他の多くのプラン同様、このプランも双葉のままに
のこされた。
 ロンドンに永住するようになってからは、イギリス文学にたいする文学的趣味がいちじるしく
めだってきた。そしてここで群小を凌駕して姿をあらわしたのはシェイクスピアであって、マル
クス一家のものはこぞってシェイクスピアをこころから礼讃しておかなかった。マルクスがシェ
イクスピア時代の運命の問題にたいしてシェイクスピアのとった態度について一度も意見をもら
さなかったのは残念なことだった。反対に、バイロンとシェリーについては、つぎのように判定
した。いわく、――これらの詩人を愛好し理解する人は、バイロンが三六歳で死んだのを幸福と
考えなければならない。というわけは、もしバイロンがもっと長生きしたら反動的ブルジョアに
なったであろう。反対に、そういう人々はシェリーが二九歳で早逝したことをなげかねばならな
い。シェリーは徹頭徹尾一個の革命児であったし、また、もし生きていたらつねに社会主義の前


360 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:29
衛の一人となったであろうから、と。〔エーヴリングの引用するところ〕マルクスは、一八世紀
のイギリスの長篇小説、とくにフィールディングの『トム・ジョウンズ』がひどくすぎだった。
これは、それなりにやはり世界と時代の像だったからであった。しかしウォルター・スコットの
二、三のロマンもロマン類の傑作としてみとめたのであった。
 文学的判定をくだすにあたっては、マルクスは、シェイクスピアやウォルター・スコットを愛
好していたことでもわかるように、政治的・社会的好悪の情には全然とらわれなかった。とはい
っても、政治的無関心または奴隷根性とさえ、とかくぐるになりたがる例の「純粋美学」にたい
しても敬意をあらわさなかった。彼はまさにこうした点でも一個の徹底した人間であり、型には
まらない、自立的・本源的な精神であった。また、全然すききらいを言わなかったという点でも、
そうであった。マルクスは、ダーウィンやビスマルクのように大の小説愛読者だった。冒険小説
やユーモア小説はとくにすぎだった。そこで彼は、すきなセルバンテスや、バルザックや、フィ
ールディングから、しだいにくだってはポール・ド・コックや、それから『モンテ・クリスト伯
爵』のことで気をとがめていた老デューマにもおよんだ。
          フランツ・メーリング『カール・マルクス』
          〔大月書店版『カール・マルクス』第二巻二四三―四五ページ)


361 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:31
   「告白〔*〕」
あなたの好きな徳行       質朴
あなたの好きな男性の徳行    強さ
あなたの好きな女性の徳行    弱さ
あなたの主要な性質       ひたむき
あなたの幸福感         たたかうこと
あなたの不幸感         屈従
あなたがいちばん大目にみる悪徳 軽信
あなたがいちばんきらう悪徳   卑屈
あなたのいやなもの       マーティン・タッパー
好きな仕事           本食い虫になること
詩人              シェイクスピア、アイスキュロス、ゲーテ
散文家             ディドロ
ヒーロー            スパルタクス、ケプラー
ヒロイン            グレートヘン


362 :「文学・芸術論」:03/06/22 22:31
花               月桂樹
色               赤
名前              ラウラ、ジェニー
料理              魚
好きな格言           人間的なことで余の関せざるはなし
好きな標語           すべてをうたがえ
〔*〕 これは、マルクスの娘ラウラとジェニーがたわむれておこなった質問にマルクスがあた
えた答である。――編著


363 :名無しさん@3周年:03/06/28 14:20
誰も居ない… 進捗報告するなら今のうち…
(163)です。頼まれてもいない作業を勝手に始め、
今 216/253なのです。あと少しだー。。。

364 :名無しさん@3周年:03/07/01 01:11
363です。 一応 No13「哲学の貧困」電子化したつもりです。。。
なーんか やっつけ仕事というか 正確さに不安が残るわけですが、
迷惑でなけりゃ送りますが… かまいませんですか?>反響文士さま


365 :反響文士 ◆oz7Wpm.iX2 :03/07/04 19:11
>>363 お待ちしておりまする。

366 :反響文士 ◆oz7Wpm.iX2 :03/07/05 20:47
>>364
ありがとうございますた。


367 :名無しさん@3周年:03/07/05 21:02
363です。
 お粗末さまでした & いろいろとありがとうございました>366様
ではでは。

368 :山崎 渉:03/07/12 16:35

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

369 :山崎 渉:03/07/15 12:32

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

370 :名無しさん@3周年:03/07/19 17:45
まっぺんさんは、いい人ですよ。
三里塚監視小屋(掲示板)で青い鳥の拉致を呼びかけたが、みごとに失敗(グァハグァハ

  http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5270/


371 :反響文士 ◆oz7Wpm.iX2 :03/07/20 23:14
うーむ、当面「毛沢東選集」1〜5巻を電子化することになりまつ。

372 :葉寺覚明 ◆pdWuRV/fU6 :03/07/20 23:23
>>371

出来たらご連絡を。

373 :阪僑文士 ◆oz7Wpm.iX2 :03/07/20 23:31
あ、大宅壮一大先生が使われた言葉を、HNに使ってみました。

>>372
いつもお世話になります。また、出来たところからお送りします。

374 :名無しさん@3周年:03/07/20 23:33
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375 :「フランスにおける階級闘争」:03/07/21 18:46
   解説


 戦後私は本書をくりかえして読むめぐり合せとなったが、読むたびに、これは驚くべき、そし
て興味ふかい書であることを見いだしている。興味ふかいというのは、ここにある百年以上前の
フランスの重大な一時期の分析が、実は戦後のわが国と無縁でないどころか、きわめて密接な関
係をもつ問題ばかりを扱っているからである。私は、ここ数年の時局の進行のなかでも、ここ数
ヵ月の民主主義防衛の運動のなかでも、あるいは六・一五、六・一八のデモンストレーションの
隊列のなかでも、本書のなかの記述をしばしば思いおこしたのであった。ここには詳しく述べる
余裕はないが、こういう点について、『ブリュメール十八日』の訳者の感想を参考までにお借り
しよう。
 「……この第二共和制の時期が、形式的にはほぼ完全に近い民主制であり、これにからむ諸問
題が、この論文のなかで分析されているという点において、本書は今日のわが国にとっては、戦
前に比較にならぬほどの重要かつ時宜に適したものといえるのである。憲法がプロレタリアート
の進出をおそれるブルジョアジー、議会の多数党によっていかに蹂躙《じゅうりん》され紙の上


376 :「フランスにおける階級闘争」:03/07/21 18:46
のものとなってゆくか、言論、集会、政治の自由がいかに憲法に反して奪われてゆくかは、まさ
に戦後のわが国の歴史を読む思いさえする……。これは本書『階級闘争』についても言える。

          *    *    *

 『フランスにおける階級闘争』は、『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』(一八五一年
)、『フランスにおける内乱』(一八七一年)とともに一九世紀のフランスの階級闘争を研究し
たマルクスの三部作をなしている。エンゲルスが序文で言っているように、進行中の歴史のなか
に立って、時代史を分析し、その分析に #史的唯物論# を適用したものである。そして、それは
その後もこれにくらべるもののないほどの「輝かしい模範」である。
 ここに扱われているのは、フランスの第二共和政〔または制〕(一八四八年二月革命後、一八
五一年一二月二日、ルイ・ボナパルトのクーデターまで)のうちで一八四八年二月革命から一八
五〇年一〇月までの歴史である。(これにつづくのが『ブリュメール十八日』である)。マルク
スは二月革命で倒された七月王政(七月君主制)の分析からはじめている。七月王政は、ブルジ
ョアジーのもっとも反動的・寄生的な一分派金融貴族の支配であった。二月革命は、この金融貴


377 :「フランスにおける階級闘争」:03/07/21 18:47
族の支配にたいする、その他のすべての社会階級と階層の共同の革命としておこった。二月共和
制はブルジョアジーの一分派のかわりに、全体としてのブルジョアジーの支配を完成したが、労
働者を解放するものではなく、労働の奴隷制の永久化を目的とする連合ブルジョアジーの独裁で
あった。形式的にはもっとも民主主義的な憲法も普通選挙権もこの根本的事実をかえるものでは
ない――。
 しかし、二月革命はプロレタリアートの力で完遂されたものであり、労働者の圧力のもとに共
和制は、社会的施設によってとりかこまれた共和制となった。プロレタリアートの解放という思
想がはじめて公然と表明されるのであるが、しかし、この階級はまだ未熟で、階級的自覚を欠き、
独立の革命党をもたず、空論的な小ブルジョア社会主義者(ルイ・ブラン等)の影響下にあった。
彼らは真の解放をたたかいとることはできなかった。
 ブルジョアジーは、プロレタリアートを奴隷の地位にはっきりと引きもどすために、挑発にう
ったえて近代社会最初の大規模な内乱である六月革命をよびおこす。マルクスは、たおれた六月
の英雄的反乱者のために不朽の追悼のことばを書いている。(なお、いかにブルジョアジーが残
忍な弾圧をおこなったかの具体的記述は、三十六巻全集中の第五巻に詳しい。)
 六月以後のフランス革命の発展はひたすらに下向線をたどり、六月のプロレタリアートの亡霊


378 :「フランスにおける階級闘争」:03/07/21 18:47
におびえるブルジョアジーは、ますます弾圧の手段を強め、革命の民主主義的達成物を一つ一つ
廃止し、一八五〇年五月にはついに普通選挙権までも廃止してしまう。
 本書においては、史的唯物論の多くの基本的な諸命題が、具体的に説明され発展させられてい
るが、とくに「プロレタリアートの階級独裁」という語が、はじめてはっきりとあらわれてくる
のは本書においてである。なお、エンゲルスも序文で言っているように、労働者階級による「生
産手段の取得」「賃労働の廃止」という科学的共産主義のはっきりした表現も、本書ではじめて
もちいられている。マルクス以前の偽社会主義やユートピア主義と截然と区別される点である。
 が、とくに強調すべき点は、本書においてマルクスが、みごとな描写と多くの紙面をもちいて、
詳細に中間階級、小ブルジョアと農民の状態およびその役割や、農民と労働者との関係を分析し
ていることである。マルクスは、フランス農民の搾取はただ #形式# だけが、産業労働者の搾取
と区別され、両者の搾取は同一の、一つのもの、すなわち資本であることを指摘している。農民
階級の真の擁護者、同盟者はプロレタリアートである。なぜかと言えば、「資本の没落のみが農
民を向上させ、反資本主義的政府、プロレタリア的政府のみが、農民の経済的悲惨、その社会的
地位の低下を破砕することができる」(本書一三六ページ)からである。かくしてマルクスはフ
ランスにおける階級闘争の経験から、きわめて重要な理論的政治的結論である #労農同盟# の思
想に達している。わが国でも、いまや農民の「声なき声」がもっとも重大な問題である。
          (一九六〇・七・一九)


379 :ぼるじょあ ◆yBEncckFOU :03/08/02 04:29
     ∧_∧  ∧_∧
ピュ.ー (  ・3・) (  ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
  = ◎――――――◎                      山崎渉&ぼるじょあ

380 :名無しさん@3周年:03/08/12 21:24
保守age

381 :山崎 渉:03/08/15 19:30
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

382 :名無しさん@3周年:03/10/09 17:39
__∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉


383 :名無しさん@3周年:03/10/12 23:19
もうすぐ再開? age

384 :名無しさん@3周年:03/10/12 23:23
上げるなよ、期待しちゃったじゃないか。。。

385 :「資本主義的生産に先行する諸形態」:03/10/13 11:30
訳者ノート



   マルクス『資本主義的生産に先行する諸形態』について

 マルクスの『先行する諸形態』は、本文のはじめから三分の二は原文自体がおそろしく難渋で
あって、おそらく邦訳をはじめて手にした一般読者はひとしく難解な文章の判読に苦しむことで
あろう。マルクスの手稿はもとより自身の覚え書として書きとめておいたものであるから、ドイ
ツ人が読んでも文章になっていないところや、歴史段階の記述があい前後してあらわれたり、大
血に省略して書かれているところが目につくが、くりかえし精読してゆくうちに、やがて本手稿
のもつ特色が目にうかぶようになる。
 開巻へき頭から自由な賃金労働者が出てきたり、アジア的所有形態、ローマ的所有形態、およ
ぴゲルマン的所有形態がいくたびか、ちがった側面から比較対照されたり、またそのあいだに資
本主義的所有形態の分析が挿入されているため、一見、読者にこの手稿が未整理な記述であるか


386 :「資本主義的生産に先行する諸形態」:03/10/13 11:31
のような混乱した印象をあたえるかもしれない。けれども、それは実際には資本主義に先行する
諸形態を、著者マルクスがたえず資本主義の最新の課題からとりあげ研究しているためであって、
このなかから、かえって、われわれは人類社会の経済学にかんするマルクスの正しい研究方法を
学びとることができよう。
 この手稿(そして邦訳)の前半をきわめて難解なものにしているもう一つの理由は、マルクス
がこのなかで弁証法的唯物論(したがってまた史的唯物論)の認識方法と哲学用語とを #なまの
ままで# 自由奔放に駆使しているからである。
 本手稿はマルクス、エンゲルスの全著作を通じて、「経済学批判序言」の有名な定式を #直接
に# うらづけた #唯一# の素描である。それは原始共同体、奴隷制、封建制をへて資本主義にい
たる人類社会の各発展段階における #所有形態を中心とする生産様式の内的連関とその発展の必
然性# 、したがってまた #基本的経済諸法則# にかんする天才の比類なき哲学的デッサンであり、
生彩ある論理的発展の段階性についての卓抜な展開である。経済の歴史・具体的発展の段階性と
経済学の論理的発展の段階性との照応、ここに、本手稿の特色がある。

(訳あって、ボチボチとしか進めません。まだまだ続きます)

387 :弁証法家の意訳:03/10/23 16:18
「神は我々の味方だ!」と云われんばかりに。
「我々は存在すると同時に存在しない」  by:ヘラクレイトス

「弁証法であらゆる物における存在の是非が自由なら同体が同時に船であり壁であり人間で有得る」 by:アリストテレス

「弁証法は事物の肯定的理解と同時に又其の否定、其の必然的没落の理解を所有す」 
「弁証法は明確な概念に混乱と皮相的矛盾を齎す思考技術と解釈されており、実際又あれこれ解釈し得る思考の主観的動揺に過ぎない事も屡」 by:ヘーゲル

「弁証法は其の神秘化された形態により独逸で流行化した…何故なら其れは現存する事物を神聖化するが如くに見えた所以である」 
「私自身、国有化や唯物史観なんて語彙は使用してないぞ!」 by:マルクス

「弁証法とは対立の交互浸透を観照する」 
「弁証法の前には絶対的・神秘的な事物などは何一つ不在」
「私は思想家だ!一コ下の同じ独逸人でエンゲル係数を主唱した経済学者のエンゲル君とは別人だっちゅーの!」 by:エンゲルス

「弁証法は対立の統一に関与する学説として定義付けられる」
「弁証法は最も包括的で最も内容が充実した最重要な発展の学説」  
「弁証法は希臘哲学の歴史に於いても屡詭弁への架橋として裨益した」 by:レーニン

「弁証法に於いては自然のあらゆる事物・事象に内在している新旧・生死・出没における矛盾対立が発展過程の内容を成立させている」
「実践は革命的論理によって証明されねば盲動である」
「科学は偶像を認容せず弊風の撤廃を恐れず経験と実践の声を俊敏に傾聴するからこそ科学と称される」 by:スターリン

「弁証法を客観的現象の研究に応用する場合は主観的任意性を聊かも付帯してはならず、必ず客観的現象に付随している具体的条件を観察し、それらの現象に付随している具体的な諸矛盾と其れらの解決的優先性及び相関性を諦観せねばならない」 by:毛沢東

「弁証法は二律背反として不可解な矛盾を対立の統一として思惟しようとする」 
「弁証法とは神秘的方法に論理的形態を与える」
「弁証法は理性的思惟を科学的論理的実践的に分裂崩壊させ陥落させる其の極限に於いて、道理の窮る所現実其の物の必然が理外の事即理として理性の支離滅裂を統一に転化する」 by:田辺元


388 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/27 22:39
   本手稿とマルクスの「資本論プラン」

 マルクスの手稿『先行する諸形態』が執筆されたのは「経済学批判序説」(一八五七年八月)
と「経済学批判序言」(一八五九年一月)とが書きあげられたちょうど中間の時期、ほぼ一八五
八年一月前後のことであった。マルクスは当時、ロンドンの客舎の寒々とした書斎で、砂漠の禿
鷹のように空腹におそわれながら、レモネードと大量の安タバコを机のわきにおいて、しばしば
夜中の四時ごろまで筆をとった。一八五八年一月二八日、マルクスはエンゲルスにあてた手紙の
なかで「わが家には実際に石炭の一塊もないこと…こ。こうしてぼんやりしているくらいなら、
地下一〇〇尋の底に寝ていたほうがましだと思うよ」と訴えている。彼はたえざる過労、家計の
逼塞、夜ふかしなどがたたって、ついに肝臓をいためてしまった。彼はこの病気に悩まされなが
ら研究と執筆をつづけていた。マルクス自身のちに本手稿を読みかえして、その晦渋さを肝臓病
のせいにしている。
 彼は極度の貧困、「アルバイト」仕事、そして健康状態の悪化のために、自分の著書を静かに
書いている時間も余裕もなかったから、ついにその著作を分冊にして発行しようと思いたち、五
八年二月二二日、ラッサールの申し出をいれて著作の全プランを彼に知らせた。そのプランによ


389 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/27 22:40
れば、全部が三分冊からなり、第一著作が今日の『資本論』の原型、第二著作が「経済史学と社
会主義との批判と歴史」、そして第三の著作にあてられていたのが「経済的諸範疇と諸関係との
#歴史的スケッチ# 」であった。
 『先行する諸形態』はおそらくこの第三の著作に予定されていたのではないかと思われるが、
この執筆プランはついにそのままの形では実現されなかった。それは、一方では、その翌年に発
表された「経済学批判序言」(国民文庫、『経済学批判』)のなかに「大づかみに言って、経済
的社会構成体のあいつぐ諸時代として、アジア的・古代的・封建的・近代ブルジョア的な諸生産
様式をあげることができる」という有名な史的唯物論の定式の裏づけとなり、他方では、五七年
八月に書かれた「経済学批判序説」(国民文庫前掲、ニ○二ページ参照)でふれているように、
当時もっとも発展し、もっとも複雑多様な、生産の歴史的組織は資本主義であり、このブルジョ
ア的生産諸関係と機構とを理解することは――
 「同時に、没落しさったすべての社会形態の機構と生産諸関係への洞察を可能にする。それは、
ブルジョア祉会がこれらの社会形態の残骸と諸要素とをもってきずかれたものであって、そのう
ちの部分的にはまだ克服されていない遺物がこの社会のうちに余命をたもっており、ただの予兆
にすぎなかったものが完成した意義をもつものにまで発展している、等々だからである。」(前


390 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/27 22:40
掲、三〇二ページ)
 マルクスはこの研究方法にしたがって、一〇年ののち、一八六七年に発表した『資本論』第一
巻、およびエンゲルスがこれをひきついで編集・補充した第二巻、第三巻において、資本の生産
過程と流通過程、および資本主義的生産の総過程、の全分野にわたって、 #さらに展開された#
『先行する諸形態』を、必要なかぎり、 #系統的に# 分散・挿入している。
 しかし、マルクスがラッサールに書きおくった「第三の著作」プランは、このようにしてべつ
の形で再現されたが、もちろんそれでこのプランがおわりをつげたのではない。マルクスは『先
行する諸形態』の素描以後もこの方面の研究をおこたらなかったが、一八七七年、L・H・モル
ガンの著述、『古代社会、別名、野蛮から未開を経て文明にいたる人類進歩の路線の研究』が発
表されると、彼は早速モルガンの著書からくわしい抜粋と批判的評注をつくり、エンゲルスと協
同して唯物論的歴史研究の全意義を明らかにする研究計画を予定していたが、ついにそれをはた
さないうちに不帰の客となり、その「遺言の執行」はエンゲルスの手にゆだねられた。エンゲル
スはモルガンおよび彼自身の収集した幾多の新資料を駆使して、資本主義に先行する生産様式と
そのうえに発生し発展した国家の形成過程とを実証的に展開し、マルクスの遺志を見事に結実さ
せた。これがほかならぬ、一八八四年に発表されたエンゲルス『家族、私有財産および国家の起


391 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/27 22:41
源』(国民文庫)である。エンゲルスは本書第九章「未開と文明」のはじめに、次のようにしる
している。
 「ここで、われわれには、モルガンの本と同じくらい、マルクスの『資本論』が必要であろう。

 『資本論』のなかでは、さきに述べたように、その後の研究によってより内容の豊富になった
『先行する諸形態』が、必要なかぎり #篇別に分散して挿入されている# 。『先行する諸形態』
を、 #資本# を主体として篇別に分散配置したのは、当時、自由資本主義が社会経済の歴史にお
いて、最新の、もっとも進歩した、複雑多様な形態であったからである。
 マルクス存命の時代、最新の生産様式であった資本主義は、今日ではすでに寄生化し腐朽化し
た独占資本主義と化し、これにかわって、またこれとならんで、多数の社会主義(人民民主主義
)の経済社会が新しく歴史の舞台に登場して、資本主義もまたいまや「先行する諸形態」のなか
にくわえられつつある。一九五四年八月、ソ同盟において公刊された画期的労作『経済学教科書
』の篇別は、人類社会の経済構成体の新しい歴史的段階にふさわしい特色をしめす。本書ではマ
ルクス(およびエンゲルス)の先行する諸形態にかんする研究成果があらたに編成替えされて、
資本主義のまえにとりいれられ、第一篇 資本主義以前の生産方法、第二篇 資本主義の生産方


392 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/27 22:42
法、第三篇 社会主義の生産方法、として叙述されるようになった。この篇別にはもちろんやさ
しい入門書としての配慮もあるが、それだけでなく、資本主義の独占段階と新しい世界体制をつ
くりだした社会主義との経済学が登場した。
 われわれが『経済学教科書』をふくめて広義の経済学を正しく理解し、さらにこれを #発展さ
せる# ためには、マルクスが『先行する諸形態』のなかでなまのままに素描した各時代における
生産様式の内的連関とその発展の必然性、したがってまた基本的経済諸法則にかんする経済学の
方法を正しく学びとらなければならないであろう。マルクスの『先行する諸形態』こそ、経済社
会の広義の経済学と史的唯物論とを俗流の形態学や解釈学からすくいうる最良の書であると、確
信をもって言うことができよう。


393 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/27 22:46
   アジア的・古代的・ゲルマン的所有形態の研究とマルクスの実践的課題

 マルクスが「序言」のなかで経済的社会構成体のあいつぐ時代として定式化した「アジア的・
古代的・封建的・近代ブルジョア的な諸生産様式」の序列は、 #所有# の歴史・論理的段階性を
あらわす。土地所有は、本源的形態である共同所有から発して、アジア的形態では、種族的所有
が特殊な形態で保存され(総括的統一体)、スラヴ的所有ではそれが変形され、古代的・ゲルマ
ン的所有では共同体的所有の内部で対立物にまで発展(私的所有と個人的所有)しているからで
ある。
 本手稿をひらかれた読者は、その七割強の紙数が、原始共同体の生産様式、 #とくに# そのな
かから発生した古代奴隷制の二形態、すなわちアジア的・古代(ローマ)的生産様式、およびや
がて封建制の原型となるゲルマン的生産様式の研究についやされていること、その残余の三割弱
の紙数が、封建的生産様式、および封建制の胎内で発生し、かつ資本の本源的蓄積によって促進
・展開された資本主義前史のスケッチにあてられていることを知られるであろう。マルクス『経
済学批判要綱』(第三分冊、高木幸二郎監訳、大月書店刊)のなかでは、本手稿のまえに「資本
の本源備蓄積」にかんする一項が設けられているが、これにつづく本項では、原始共同体より奴


394 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/27 22:46
隷制・封建制への論理の発生史的研究にマルクスの努力が傾倒されている。
 マルクスは、すでにふれておいたように、奴隷制の研究にあたっても、つねに資本主義の歴史
的性格を明らかにすることを忘れなかった。だが、そればかりではない。彼が人類社会の経済史
を東洋社会(アジア的生産様式)と西欧社会(古代ローマ的奴隷制・ゲルマン的封建制)とに明
確に区別し、あらゆる角度からこれに経済学・唯物史観の照明をあててデッサンをこころみたの
は、マルクスがたんなる学究的興味からそうしたのではない。彼がその研究に着手した当時の情
勢が彼の歴史的解明への意欲をかきたてたからであった。
 マルクス、エンゲルスの研究の実践的課題はすくなくとも二つあった。その一つは、当時イギ
リス資本主義の近東、インド、および中国への進出によって、一八三九年には中国にアヘン戦争、
一八五七年にはインドにセポイの反乱が勃発し、植民地・民族問題がようやく発酵しつつあった
こと。アジア諸国、とくにインドおよび中国の封建主義がヨーロッパ、なかんずくイギリスの自
由資本主義の侵入によって崩壊の徴候をしめしつつあり、このような世界史的発展のずれから、
西欧世界と東洋世界との歴史的比較研究、したがってヨーロッパ的先進性とアジア的後進性との
秘密をとく鍵、および暴力的に接触しつつある両世界の将来への革命的展望を発見することが、
当面する最大の歴史的課題としてマルクス、エンゲルスの脳裡に深く刻みつけられたのである。


395 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/27 22:47
もう一つは、社会主義革命における過渡期の形態にかんするものであった。すなわちアジア諸国
における農業共同体が資本主義的発展段階を通過することなしにコルホーズ農業に転化される可
能性の検証にあった。マルクスが「ヴェラ・ザスーリッチへの手紙」で指摘したスラヴ的農業共
向体変革の意義と役割とはアジア的農業共同体にも共通するマルクスの天才的展望である。
 アヘン戦争よりわずか一二年ののち、一八五三年からマルクスはアメリカの自由主義的新聞『
ニューヨーク・デイリー・トリビューン』にインド・中国問題にかんする小論文をさかんに寄稿
し、またこの問題にかんするマルクスとエンゲルスとの興味ある文通がおこなわれたが、それは
『先行する諸形態』が執筆された二年後、一八六〇年までつづいている(マルクス、エンゲルス
のインド・中国問題にかんする論集・往復書簡は、大月書店版『マルクス=エンゲルス選集』第
八巻に収録されている)。


396 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:43
   アジア的生産様式

 マルクスはアジア的生産様式についての歴史的考証のいとぐちを、一つはパルミーラ、ペトラ、
ィェーメンの廃墟、エジプト、ペルシア、およびヒンドスタンの諸地方にある廃墟、すなわち戦
争等によって灌漑用水路が崩壊し、荒廃に帰したアジア的奴隷制の #遺跡# にもとめている。最
近の研究によれば、たとえば古代メソポタミアの都市国家間の戦争では、運河の破壊、運河をは
さむ無人地帯の設定が戦勝と終戦の重要な課題となっていた。もう一つは、当時、イギリス資本
主義の手に帰したインド西北部になお完全な形で #現存# した村落共同体やフランソワ・ベルニ
エの記録したモガール大帝のカシミール進軍、等々にもとめている(本訳書付録「アジア的生産
様式にかんする手紙」参照)。そしてマルクスは土地のアジア的無所有制の地域を、とくにサハ
ラからアラビア、ペルシア、インドおよびタタールを経て高地アジアにつらなる大砂漠地帯、さ
らにまたヒンズー勢力の影響下にありたジャヴァ、日本にまで拡大し想定していた。
 マルクスのアジア的生産様式にかんする研究目的が直接、実践的課題とつらなる結節点が、明
らかに、ヨーロッパよりいちじるしく #早期に# 発展し、かつ停滞していったアジア諸国の奴隷
制、 #封建制# の特質とその崩壊の原因を解明することにあったことは、もはや疑う余地がない。


397 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:44
 アジアの総括的奴隷制の段階に支配的であったアジア的生産様式は、インドにおいても封建制
の #最終# 段階においてはすでに個々ばらばらの原子に分解し、残存する萎縮した旧社会経済要
素として余命をたもっていたにすぎなかった。しかし生産力の発展がまだあまり高くなかったア
ジア諸国の封建制の段階までは、 #自然的諸条件# に #なおつよく# 制約されて、国家的地代形
態、公共事業がアジア諸国の #封建制# 国家にひきつがれ(それらは明らかにアジア的 #生産様
式そのもの# ではない)、封建的 #専制君主# の支配の物質的条件となり、また従属的社会経済
要素( #アジア的# 村落共同体)が根強く残存し、それが封建制自体の発展と解体とをおくらせ
る #阻止的# 役割を演じていたことも容易に想定される。マルクスはこのことから、さらにアジ
ア的生産様式の歴史的発展のあとを追跡して、奴隷制の特殊形態としてのアジア的生産様式(紀
元前三五〇〇年以降)の解明に着手した。
 ところで、マルクスのアジア的生産様式の研究成果は、のちに、これを皮相的にしか理解でき
なかった人々によって、彼の実践的研究課題より遊離し、曲解されて、多くの論争をひきおこす
ようになったのである(ソヴェト・マルクス主義東洋学者協会編、早川二郎訳『「アジア的生産
様式」について』、昭和八年、白揚社、参照)。アジア的生産様式にかんするいくたの誤った見
解は、およそ次の二つに要約できよう。その一つは、アジア的封建制の段階における専制君主、


398 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:44
アジアの封建的国家的地代形態、公共事業、および残存ウクラード(社会経済要素)としての #
アジア的# 村落共同体を支配的なアジア的 #生産様式# (総括的奴隷制)と誤認したこと、もう
一つは、資本主義世界体制の独占段階において、インド・中国等にたいする #帝国主義的支配#
によって生じたアジア諸国の「停滞性」をアジア的生産様式の「停滞性」にすりかえたこと、総
じて史的唯物論を非弁証法的な俗流地理的唯物論におとしめたところにある。
 では、マルクスは手稿『先行する諸形態』のなかでアジア的生産様式をローマ的生産様式、お
よびゲルマン的生産様式といかに比較研究し、そこからどのような結論をひきだしたか。いま、
その要点だけを簡単にスケッチしてみよう。
 マルクスは、まず、すべての人類社会に共通する最初の生産様式たる原始共同体から出発する。
狩猟・採取によってかろうじて飢えをしのいできた原始人は、そのために自然発生的な種族的血
縁団体を形成する。狩猟・採取から野獣をならして遊牧生活がはじまる。いすれのばあいにも土
地(水・水域、およびその自然的産物をふくむ)の所有関係はまだ #きわめて不安定# であり、
食物や牧草のあるところへたえず放浪し、移動している。遊牧からしだいに牧畜・農耕(トゥラ
ン高原では牧草→飼料用殻粒→食用穀物)が発生する。猿人から原始人に発達する過程では群居
生活をする種族の共同体(生産諸関係の #担当者# )が土地所有の前提であり、土地所有関係は


399 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:45
#定着# 農業への移行によってはじめて #安定# する。これが原始共同体の段階における土地の
#共同体的# 所有関係の発生過程である。原始共同体の各個人は、共同体の一成員としてのみ土
地にたいする占有者ないし所有者であるにすぎない。
 かかる原始共同体自体もその発展の後段階においては、これから述べるように、各国で相異な
った型の生産諸関係として打出されたが(マルクス「先行する諸形態」三五―六ページ、「ヴェ
ラ・ザスーリッチへの手紙」注〔*〕一二一ページ参照)、さらにまたつぎの奴隷制ないし封建
制の段階にかわるとき、いくつかの変形をうけて発展した。この変形を制約する諸条件は、外的、
気候的、地理的、物理的等の諸条件のほかに、種族の特殊な歴史的性格からなるが、アジア諸地
域でもっとも重大な作用をおよぼしたのは、とくに自然的諸条件である。この自然的諸条件、た
とえば砂漠地帯に隣接する大河川・運河地帯では、困難な自然的諸条件にたいして、種族団体(
はじめは血縁、ついで地縁団体)は早くから大規模の共同労働を結集して、灌漑用水のための大
工事を組織しなければならなかった。河川・運河の全域にまたがる大工事をおこし、これを維持
することはとうてい小共同体の手におえるものではない。さきに述べた大部分のアジア諸地域は
そのために、多くの群小共同体のうえにたつ総括的統一体を形成し、この統一体がより上位の所
有者ないし唯一の所有者として、専制君主《デスポート》としてあらわれる。このばあいには、


400 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:45
#共同体的# 所有、種族的所有が、共同体成員たる個々人の無所有制と対応して存在する。これ
がアジアの総合的奴隷制であり、骨抜きにされた群小共同体のうえに、小共同体成員の集団(主
体的自然)と土地(客体的自然)とを所有する専制君主(奴隷所有者)が君臨する。専制君主に
よる群小共同体ぐるみ(土地と成員)の総括的所有は、しかし自然的諸条件に直接規定されて発
生するのではない。原始人・古代人の幼い意識にはどこの国でも大自然は神聖にして不可抗の最
高の力、すなわち神としてうつり、共同体の集団の力は大自然につぐ神聖不可侵の力としてうつ
る。アジア諸地域ではこの集団性の力量が自然諸条件に制約された共同労働によって、はやくか
ら異常なまでに発展をとげた。個々人や群小共同体に優越する集団性の力量は最高管理者の統率
のもとではじめて発揮される。かくして、管理者は集団性=種族本体=力の最高の体現者となり、
そうなることによって、やがて彼は個々人や群小共同体にたいして、なかば人格、なかば神格を
もつ専制君主として君臨し、共同体全体(土地と成員)を総括的に所有するようになる。専制君
主みずからが最高統一体の体現者であるかぎりそのなかに土地の共同体的所有が保存される。ア
ジア的所有形態は土地の共同体的所有のわく内における共同所有の変形である。
 小共同体は、共同労働、そしてまた土地にたいする共同体的占有を前提として農業をいとなん
でいる。 #したがって# 、この同じ小共同体がいとなむ工業もまた #共同占有物# としてあらわ


401 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:46
れる。かかる、 #小共同体の内部# における農業と工業との「未分化の一体性」は、この小共同
体が自活する経済的基礎であり、一つの独立の経済整体(o¨konomische Ganze)をなしている
のである(たとえぱインドの村落共同体における農工業の一体性――一八五三年六月一四日付の
マルクスの手紙参照)。このことから、小共同体はローマやゲルマンにおけるような好戦的衝動
にかられることが少なかった。また、農業と工業との「差別なき一体性」を基礎とする小共同体
は、再生産と剰余生産のすべての条件をそのなかにもっていたから、この共同体の剰余労働は、
年貢、または共同労働のかたちで専制君主(人格)に貢納され、この貢納はまた、専制君主の生
活費(奢侈的消費《ルクスス・コンズムチオン》)、祭祀、専制政府の事業である灌漑用運河、
交通手段、および軍事施設等々のための巨大な造営物建設の労働フォンドないし直接の共同労働
としてつかわれる。
 アジア諸国では、都市は、工業をそのなかにふくむ農村のたんなる臨時の出店であり、専制君
主の出帥のさいのお粗末な宿営地であったり、対外貿易の商品市場であったり、また君主や大守
たちが収入(剰余生産物)を労働と交換する労働フォンドの支出場所でしかなかった。フランソ
ワ・ベルニエの描きだしたモガール大帝のカシミール大進軍(一八五三年六月二日付のマルクス
の手紙参照)の経過はアジア的都市のあり方を典型的にしめしている。農工業と農村・都市の未


402 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:47
分離はアジア的停滞性の基礎である。
 かくして、アジアの原始共同体にあっては、自然的諸条件にたいする種族的社会集団のたえま
なき大規模の闘争の過程で生産力が高められ、世界で #もっとも早く# 奴隷制の段階に移行し、
#もっとも早く# 文明が開花した(紀元前三五〇〇年以降)。アジアは当時世界で #もっとも前
進的な# 生産様式に立脚していたのである。しかし同じ自然的諸条件に制約されて、共同体的土
地所有はアジア特有の変形をうけ、上位総括統一体=専制君主(共同体的土地所有の具現者の全
土地所有制)と、群小共同体成員の土地共同占有制=土地無所有制とに分裂し、共同体成員個人
の奴隷化ではなく、小共同体にたいする総括的・一般的奴隷制が成立した。そして群小共同体は、
奴隷制後期には土地の私有形態を併存するようになったが全体として土地の共同占有にもとづく
農業と工業とを、そのなかにふくむ経済整体として自給自足的自然経済を営んでいた。前提とし
て、土地の私有形態を併存しないで、原始共同体の共同所有形態をほんの一歩前進させたばかり
の土地の #共同占有形態# がながらく存続した。「個々人が共同体にたいして自立していないこ
と、生産の自給自足的規模、農業と手工業との一体性、等」、そして「再生産と剰余生産の一切
の条件をそのなかにもっている」結果、征服戦争が古代ヨーロッパのごとく必須の条件とならず、
もっとも頑強にして長く維持されるアジア的特殊条件と同時にそのなかで貧窮化した奴隷集団の


403 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:47
反抗と専制君主間の対立とがやがて、この総合的奴隷制を解体に導くという歴史の弁証法をマル
クスは指摘している。
 ところで、アジアのかかる #総合的# 奴隷制がさらに封建制に移行するにあたって、つぎのよ
うな疑問がのこる。すなわち、なお高くない封建制の段階において、上位統一体と下位群小共同
体がいかにして崩壊したか、アジアの #封建制# 段階において、 #自然的諸条件# が専制君主と
封建諸侯との階級的支配の #条件# として、公共事業、国家的地代形態、および群小自足共同体
(アジア的村落共同体)の残存にいかに作用をつづけたか、群小共同体成員がいかにして農奴に
転化したか、その結果としてアジアにおける封建制の崩壊がいかにおくれ、かつ特殊的諸条件を
そのなかに保存していたか、――これらの諸問題について、マルクスの手稿はまったくふれてい
ない。
 マルクスはエンゲルスとの往復書簡や『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』への寄稿文
のなかで、アジア諸国における封建制の特殊性にいくたびかふれている。すなわち・イギリス自
由資本主義がインド、中国に進出した一八〇〇年代に、たとえばインドでは多数の領主的土地所
有のもとに土地私有制が存在していた。領主のために公務をはたした代償として、地租上納を免
除された大采邑所有者ジャギールダールは、完全な地主階級を形成していた。イギリス政府はイ


404 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:48
ンドにおける旧来のアジア的土地所有制に #似せて# 土地改革を実施したが、その対象となった
のは個々の耕作農民、地租徴収官、村落共同体の首長または集団であった。イギリスによる土地
改革の結果、五つの土地私有形態が発生したのである。ザミンダーリは大地主に近い #地租徴収
官# から地主になったが、さきのジャギールダールとザミンダーリが当時のインドにおける最大
多数の地主階級を形成していた。このほかに個々の耕作農民《ライアット》を土地保有者として
各個人に地租上納の責任をもたせた永代小規模小作農、すなわちライアットワーリ、地租徴収官
から中小地主となったタルクダール、村落共同体の首長を地主としたマルグザーリ、村落共同体
の集団に土地私有権をみとめた集団地主、マハールワーリ等がイギリス政府の指令によって制度
化されたのである。
 かくして、インドにおいても土地私有制が支配的となり、ザミンダーリ制度、ライアットワー
リ制度、および村落の共同体的土地所有制度はイギリス東インド会社ににぎられた財政的搾取の
三つの源泉となり、植民地支配の温床となった。インド西北部に残存する村落共同体は、すでに
その行政組織と経済的基礎をうばわれ、孤立分散して、アジア的生産様式の残骸をとどめている
にすぎなかった。インドの国家財源は地租(直接税)、関税、塩税、アヘン税(間接税)等より
なり、その歳入の大部分は地租からなっていた。国家の公共事業は依然として大きな役割をもち、


405 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:51
その経済的基礎が崩壊しながらも国家が現実の土地所有者=地租収納者であるアジア的制度が遺
制として残存し、これにイギリス自由資本主義の植民地的搾取制度が接穂されたのである。マル
クスは、財源だけをえて公共事業に無関心をしめしたイギリスのインド支配が現地の物笑いの種
となっていると指摘している。このように封建制の段階においても、灌漑用水等の公共事業に立
脚する国家的土地所有の遺制=地租徴収の重大な意義をマルクスが見のがすことなく、正当に評
価していることがうかがえるが、しかしかかる自然的諸条件の制約による公共事業の重要な役割、
国家による地租徴収、個々ばらばらの原子に解体した村落共同体の残骸をもって #総括的# 奴隷
制としてのアジア的生産様式の標識とみなしていないことはいうまでもない。しかし、マルクス
はアジアの #封建的# 専制政府における公共事業、国家による課税の最大の源泉としての地租の
重要性を指摘すると同時に、またインド北西部に一九世紀まで残存した村落共同体(そして、こ
の村落共同体はインドの北西部のみならず南部にも散在していたが)、ジャヴァの村落共同体、
およびインドと中国とにおける農業と工業との「未分化の一体性」、イギリス自由資本主義の商
品輸出(のちに鉄道投資等)によってゆるやかに崩壊する自給自足的自然経済、すなわち手工業
の資本家的・マニュファクチュア的分業への転化を遅らせていたこれらの事情について、彼の前
掲の書簡、小論文、および『資本論』においてしばしばふれている。そして、そのばあい、とく


406 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:52
に注目すべきことは、西欧資本主義の侵入によって村落共同体の行政組織と経済的基礎がすでに
破砕され、共同体本来の生活力がうしなわれているにもかかわらず、村落の孤立が道路の欠如を
ぅみ、道路の欠如がまた村落の孤立状態を持続させることによって、農工の一体性が村落の自給
自足的状態をながらく存続させていたことである。イギリスの商品輸出によるインドの自然経済
の崩壊が、マルクスがはじめに予測していたよりもいちじるしくながびいたことをマルクス自身
のちにみとめざるをえなかったほど、村落共同体の殻はかたかったのである。
 要するに、マルクスはこれらの諸文献において、自然的諸条件がアジアの総括的奴隷制生産関
係を形成し変形させる #条件# をなし、アジア的生産様式が世界の奴隷制の歴史において最古の
#前進的・支配的# 生産様式であったことを論破したが、同時にすでにふれておいたように、 #
同じ自然的諸条件# が、その後におけるアジア的生産様式の発展のテンポをおくらせ、アジアの
封建的生産諸関係の変形にまで作用をおよぼしていることを、指摘しているのである。おそらく、
これらの諸問題は依然として今後の研究にょワて解明されなければならぬ重大な #歴史的# 課題
であろう。そして、この歴史的課題は第二次大戦優におけるアジア・アフリカの後進諸国におけ
る民族独立・民主主義的改革・社会主義革命における過渡期の国家資本主義・協同組合化運動の
視角からあらためて設定されなければならないであろう。ここに、「ヴェラ・ザスーリッチへの


407 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/28 22:52
手紙」のなかでマルクスが想定したアジア的生産様式研究の現代史的課題がある。
 なお、戦後日本におけるアジア的生産様式の紹介的研究として、参考までに服部之総他四氏著
『アジア的生産様式論』毎和二四年一二月、白揚社)をあげておこう。


408 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:16
   ローマ的所有形態(古代奴隷制)

 原始共同体は生産力発展の一定段階において、アジア諸国では、主として自然的諸条件につよ
く影響されて、 #総括的# 奴隷制として、すなわち専制君主が共同体の土地と共同体成員とを総
括的に所有する生産諸関係として変形をうけたが、古代ローマ(ギリシア)における原始共同体
は、アジア諸国とは異なり、主として歴史的な地理的条件の影響をうけて、アジア的生産様式よ
り一歩前進した典型的な奴隷制に発展した。
 農耕家族からなる血縁種族団体=共同体は、共同体がすでに占拠した土地(ローマの原住民ロ
ーマーニーは北方からイタリア半島に移住してきたインド=ゲルマン系のイタリア族中の一部)
を他の共同体の侵入からまもり、あるいはまた他の共同体地域に進出するために軍事的に編制さ
れていた。農耕者はその軍事的必要から一定の居住地に密集して、この居住地を軍事的拠点とし
ていた。彼ら自由民は農業をば本来の唯一の生業であるとともに兵士の学校と考えていたが、共
同体成員の密集するこの居住地はしだいに発展して、都市の中心部を形成するようになったので
ある。ローマ市(urbus roma〔紀元前七世紀中葉に建設〕)は、アジアの諸都市のような農村か
らの移動的出店=王侯の宿営地ではなく、それとは逆に城壁にかこまれた都市領域に農村をもっ


409 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:17
ていた。
 ローマにおいては、原始共同体間の絶えざる戦争によってひきおこされた歴史的変動と移動と
によって、血縁種族団体、したがって氏族共同体の自然発生的性格が破壊され、当初の居住地を
遠くはなれて他種族の土地を占拠して、まったく新しい労働条件のなかにはいりこんだ。共同体
成員が他の共同体成員とまざりあって、しだいに血縁団体が解体して、血縁種族から地縁的種族
へと発展した。古代ローマの種族は、 #実際には# 地域的種族、すなわち部族(tribus)から形
成されていた。
 このような歴史的変動の過程を経て、ローマ人からなる地域的種族は新しい労働条件にはいり
こんだ。そのあいだに原始共同体成員は個人のエネルギーをますますつよく発揮し、自立的生産
ができるほどに生産力が発展するようになってはじめて土地の私的分配がおこなわれた。ローマ
建国初代の王ロムルス(Romulus)は共同体の土地を一戸あたりニューゲラ(jugera)=四・二
四反あて分配し、二代目の王ヌマ(Numa Pompilius)は占領したままのこされていた土地をさら
に分配して、一戸あたり七―二〇ユーゲラ=一・五―四・二町の農業経営がはじめられたとつた
えられる。分割地農民はまた、彼らの共同の需要、および共同の名誉等のために利用する土地と
して、共同体の共同所有地を公有地としてのこしたのである。すなわち、ローマの原始共同体成


410 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:17
員はアジアとは異なり、 #歴史的諸条件# の制約をつよくうけて、個人のエネルギーをますます
大きく発揮するなかで、彼と彼の家族によって耕作する土地(特殊の分割地)の私的所有者とな
る条件を獲得したのであった。その結果、ローマ共同体の土地所有形態は、土地の共同所有と私
的所有とに分裂したのである。共同体的土地所有は公有地(ager publicus)として残存し、私
的土地所有は分割地《パルツェレ》=私有地(ager privatus)として形成された。
 かくしてローマの分割地農民は共同体成員としての資格において、はじめて私的土地所有者で
ありえたし、また彼ら共同体成員の相互関係は、共有地を基礎として自足的農民の剰余時間を、
共同体の全体的任務、大きな共同事業、共同的利害としての戦争等のためについやし、兵役等の
形態ではじめて維持されたのである。したがって、ローマ的土地所有形態は、おなじ共同体的土
地所有の基礎上に、直接の共同所有=本源的共同体的所有(公有地)と私的土地所有とに分解し
ていたかぎりでは、アジア的土地所有形態と異なり、一歩前進した生産諸関係であったが、ロー
マ的土地所有が #共同体を前提として# はじめて存在していたかぎりでは、アジア的土地所有形
態と共通の共同体的土地所有に属している。すなわち、個人はローマ人(populus romanus)で
あるがゆえに土地私有者であり、土地私有者としてはじめてローマ人なのである(マルクス『フ
ォイエルバッハ論』参照)。


411 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:18
 ローマ市、および征服によって拡大されたローマ領土の人ロは、古い氏族、大氏族および種族
からなるローマ人と、移入民および征服地の住民とからなり、ローマ人以外の新しい帰属民は、
貴族から土地(「公有地」)を分与されて自営農民としての平民階級(plebs)を形成していた。
ローマ人と平民とは土地をかなり平等に分配し私有していた(エンゲルス『家族、私有財産およ
び国家の起源』、国民文庫版、一六七―八ページ)。
 都市領域に農村をもつローマ人、すなわち私的土地所有者は、同時に市民であったから、ロー
マ的土地所有は市民的土地所有(quiritorium)であった。またローマ人とおなじく農民からな
る平民階級の本質は市民的土地所有の #ごときもの# であった。(しかしプレーブスはその出身
共同体、政治的無権利、兵役・納税義務の点ではローマ人とはっきり区別される。)
 ローマ人共同体の首長、軍事指導者、祭司等が公有地を占有し、被征服種族の土地・戦争捕虜
を所有してなりあがった貴族(patrici)、富裕化した祭司等にたいして、平民(plebs)・奴隷
(servi)が形成され、貴族は貨幣財産の蓄財によって高利資本を兼ねたりして大土地所有者・
奴隷所有者に成長した。
 カルタゴが滅亡し(一四五BC)、ローマ領が拡大するとともに、在来の自由民の小土地所有
=小農民経営のなかから、それとならんで、またそのうえに、奴隷制のラティフンデューム(


412 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:19
latifundium)経営が支配的となった。そして、小土地所有は共和制末期に崩壊しはじめ、一世
紀ADにはラティフンデュームにすっかり兼併されてしまった。ローマの作家プリニュースは言
う。「ラティフンデュームがローマを滅ぼした」(latifundia italiam perdidere)。ラティフ
ンデューム経営は二〇〇BC―二〇〇ADの四〇〇年間存続したけれども、二〇〇BCーキリス
ト紀元までがその最盛期であった。ラティフンデュームには別業経営(villa)と牧場経営(
saltus)とがあった。その最盛期には別業経営(最高五〇〇ユーゲラ)、牧場経営(最低八〇〇
ユーゲラ)には多数の奴隷が使役され、奴隷団の集団的協業(多いばあいは一人の富豪が四〇〇
〇人強の奴隷を所有していた)によって生産力がいちじるしくたかめられた。
 古代ローマにおいて、農業はローマ人の本来の職業として尊重されていたが、手工業のうち紡
織業は農村の家内創業としていとなまれ、独立の手工業(fabri)と商業とは解放奴隷(
libertini)、被護民(cliens)、外来民(metoicos)、城外市民、および準市民(isopoliten
)等によっていとなまれた。商業と工業とはローマ共同体の経済的基礎である農業をよわめる「
堕落の因」として蔑視されていたが、これらの手工業者、商人もまた多数の平民とともに、重税
に苦しめられて零落をよぎなくされたのである。
 平民の一部(大プレーブス)は奴隷所有者=富者となった。一方では大貴族(nobiles)が形


413 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:19
成され、他方では小プレーブスと自由民(liberi)とはしだいに零落した。平民は個人的には自
由民のごとく土地私有をゆるされていたが、同時に軍務に服する義務を負わされ、うちつづく出
征、重税、および高利貸のために、やがて私有地を手放して、都市貧民(plebs urbana)に転落
せざるをえなくなったのである。これら貧民の多くは穀物無料受給者(plebs furmentaria)と
なったが、たとえばトラヤーヌス帝治下(紀元一〇〇年代)のローマ市人ロ一二〇万人のうちじ
つに六〇万人が穀物無料受給者となり、貴族・奴隷所有者と奴隷没落した自由民・平民等との矛
盾がいっそうはげしくなった。かくして共和制末期の諸帝は奴隷階級と対抗するための同盟軍で
あり、あわせてローマ軍の給源でもあった彼らの不満を緩和する政策として、穀物無料配給制度
をもうけ、また観劇・競技等の催し物をさかんにした。“パンと競技”(panes et circenses)
こそ古代ローマ奴隷制退廃の象徴である。
 はじめ、ローマ人の自由な私的土地所有者は彼らの定住する都市に #集会# をもっていたが、
大土地所有者・奴隷所有者たちは、そのうえに官吏等からなる奴隷制国家をうちたてたから、ロ
ーマ人はローマの都市市民であると同時に国家市民となり、かくてローマ人の共同体は都市(集
会)、国家機関のなかに定在するようになる。平民等はクーリア会議(comitia curia)に参加
することも、また征服された国有地の分配にあずかることもできず、すべての公的権利から除外


414 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:20
されていた(前掲『起源』一六七ページ)。政治的権利をもたない平民階級は前四九四年より型
法(lex sacrata)によって団結をかため、みずからの民会と政務官をもち市民と対抗した。
 ラティフンデュームは二〇〇AD以降衰退の過程をたどり、大土地所有者は自発的にその土地
を小区画に分割して、永代小作人、苅分小作人および農奴的小作人(colonus)に貸出すように
なった。そのうちコロヌースの人口がもっとも多かったが、彼らこそ「中世農奴の先駆者」であ
った。
 このようにして、ローマ的土地所有形態によって代表される古代的生産様式は、アジア的生産
様式よりもずっとおくれて、しかもおなじ共同体的所有の基礎上に共同所有と直接に対立する私
的所有として、もっとも典型的な奴隷制的生産様式として開花した。共同体内の農業と工業との
分離、私的大土地所有の形態は原始共同体を #徹底的に# 破砕してもっとも典型的な奴隷制国家
をうちたてる基礎となり、のちにまた、奴隷制解体の歴史的条件をより急速に成熟させた。


415 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:55
   ゲルマン的所有形態

 ゲルマン民族は、その発生の初期の段階からガイウス・ユリウス・カエサルの時代(紀元前一
〇〇―四四年)までは、アジアおよび古代ギリシア、ローマの諸民族がかつてそうであったよう
に、原始共同体的生産様式のなかで生活していた。しかし、すべての国の原始共同体は同一の型
にはまったものではなかった。ユリウス・カエサルの存命の当時すでにゲルマンの諸団体、諸氏
族、諸種族のあいだでは、年々、耕地の共同体的割替えがおこなわれ、その耕作は共同体員の共
同労働でおこなわれていたが、共同体の個別家族間の土地の割替えや土地の個人的所有はまだ存
在していなかった(マルクス「ヴェラ・ザスーリッチへの手紙」、本書九八―九九ページ)。
 民族の移動という歴史的変動のなかで、本来のゲルマン民族は、この時代にはまだその一部が
ゲルマニアに定着したばかりで、他の一部は定住地をさがして一定の中休みの期間をおいて移動
をくりかえしている状態にあった(エンゲルス『家族、私有財産および国家の起源』、国民文庫
版、一八六ページ以下)。民族移動の過程で、ゲルマン共同体成員のエネルギーはいちじるしく
発達し、自立的農業経営ができるほどに生産力が発達した。ゲルマニアに定住してから一世紀後、
ローマから遠くはなれた北東部のバルト海沿岸では、この共同体内にゲルマン民族独自の金属工


416 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:55
業や紡織工業が発展し、農業もまた、いちじるしく進歩していた。世帯共同体の人口の増加は、
当時の生産諸条件のもとでは、在来の共同耕作を不可能にした。そこで、共同体の内部で個々の
#成員家族間の土地の割当# がおこなわれ、この分割地を私的に利用するようになったのである。
そして、当時なお個人的保有地のほかに、共同所有地としての人民の共有地ないし共同体用地(
Volksland〜Gemeimdeland)もまた十分にのこされていた。
 土地の共同所有の解体にあたって、ゲルマニアの自然的諸条件の特殊性として、耕地が森林地
帯のあいだに点在していたから、成員家族は土地の分割によって分散点在するようになり、彼ら
はその割当地で牧畜を兼営する小麦型乾燥地農業をいとなんでいた。ゲルマニアの堅い土壌の耕
起には、かつて北イタリアのロンバルディア地方でつかわれていた車輪犂が利用され、生産力が
いちじるしく発展していた。一日の可耕面積はローマのユーゲルムよりゲルマニアのモルゲンの
ほうがはるかに広くなった。ゲルマニア諸地方ではアジアのごとき灌漑用水利事業は必要でなか
ったが、牧畜にともなう牧草地等を必要としていたから、そのために個々の成員家族によって共
同に利用される共同体用地を十分にのこしていたのである。
 このようにして、ゲルマン共同体の成員は、 #当時# 、点在する私的土地 #占有者# からなり、
したがって耕地の個人的利用、収穫物の個人的取得、家畜、農具等の動産的富の私有と蓄積は、


417 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:56
これら成員の能力と個人的エネルギーとの発達をいっそううながし、やがて彼らの経済的・社会
的平等の関係を解体させ、耕地割替えの慣習をもしだいに消滅させる。割当てられた耕地は共同
体成員の家族に永久的に分割された個人的所有地に転化し、そして森林、採草地、および沼地等
は民族共有地としてのこされるようになった。ゲルマン共同体における土地所有の特質――それ
は原始共同体のゆきついた最終の所有形態でもあるが――はおなじ共同体的所有の内部で、土地
の個人的所有(Individuelles Eigentum)と共同所有(Gemeineigentum)とへの分解にある。土
地の個人的所有とは共同体成員の資格ですべての成員にあたえられた土地所有であり、他者の所
有を排除する土地の私的所有とは区別される。もっともマルクスはゲルマン共同体の個人的所有
を耕作者の私的所有ともよんでおり、用語はかならずしも一定していないが、このような所有形
態を個人的所有とよぶほうがその特質をよりよくあらわすものといえよう。
 以上がユリウス・カエサルの治世より一世紀後までのゲルマン共同体の状態であった。ゲルマ
ン共同体の形成過程からして、その生産諸関係は、次の三点において古代ローマ奴隷制のそれと
異なっている。
 第一に、ゲルマン人のあいだでは、個々の諸家族長が森林で遠くあいへだてられた土地に分散
して定住しているために、その共同体は点在する成員の血統・言語・共通の過去と歴史等によっ


418 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:56
て統一されてはいるが、共同体成員である土地の個人的所有者は自立的農民としてローマ人共同
体成員よりいっそう発達していた。また手工業はローマのごとき征服異種族の「賤業」としてで
はなく、たとえば同一共同体の成員たる自立的農民の家族中、婦人の純然たる家内副業(紡織業
)であったから、農業と工業とはたがいに孤立した家族住居を中心にいとなまれ、この家族住居
が自立的な生産の中心、すなわち経済整体《エコノーミッシェ・ガンツェ》(経済的完成体)を
なしている。したがって、共同体成員の個性が、アジア的共同体(個々の成員は偶有性としての
み存在する)はもちろんローマ人共同体の成員よりもはるかに自主性をもって発展していた。そ
のためにゲルマン共同体の成員の #相互諸関係# は自立的諸主体の必要に上って随時にむすばれ
る #連合# として、いいかえると、共通目的のために召集される現実の集会のなかに定在してい
たのである。主体性が成員の側にある。
 第二に、ローマの公有地はローマ人共同体の私的土地所有者と対立する国家の特殊な経済的定
在として存在し、共同体成員はそれにたいして観念的請求権しかもっていなかったが、ゲルマン
共同体の共有地は狩猟地・牧草地・伐採地等として自立的成員によって共同に利用され、また自
立的諸主体の経済的目的に完全に従属していた。
 第三に、ゲルマン共同体はローマ人共同体のごとく都市に集合せず、歴史の中心としての分散


419 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:57
的農村から出発し、のちにいたって都市と農村との対立というかたちに展開したのであるから、
共同体成員は、さしあたりローマ人のような都市国家、国家制度をまだもたないで、連合集会を
もつにとどまっていた。もちろん、ゲルマン共同体もまた、いつまでもおなじ状態にとどまって
いたのではない。彼らはユリウス・カエサルの時代以降、おそくともタキトゥスの時代までには
氏族から種族、種族連合にまで発展し、いくつかの種族連合にはすでに王(Ko¨nig)が存在し
て、この最高の軍事指揮者は僭主政治をめざして努力しており、ときにはその目的を達したこと
もあったが、ゲルマン民族のローマ征服以前の段階においては、けっして無制限な支配者となる
ほどには成長していなかったのである。奴隷もいくらか存在していたが、古代ローマの奴隷とは
異なり、婚姻をみとめられて自分の家庭をもち、主人の奴隷殺害はかたく禁じられていた。こう
して、古代ローマの奴隷制がその内部から崩壊の危機にひんする時代まで、ゲルマン共同体はい
くつかの奴隷制の萌芽をもっていたとはいえ、原始共同体の解体が奴隷制支配を生みだす形では
発展していなかったのである。
 すでに述べたように、ローマの奴隷制国家は、手工業、商業、コローヌス(小作農)、ガッリ
アの自由小農民、平民の没落、一般的窮乏化、人口の減少、都市の衰退、そして奴隷のたえざる
反乱等によって崩壊の危機にひんしていた。溌剌として成長しつつあった自由な小農民の種族連


420 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:58
合を基礎とするゲルマン民族は、その軍事的統帥(彼らはかならずしも氏族成員ではなく、しば
しば有能な奴隷、解放奴隷の出身であった)の指揮下にローマ諸州を占領した。広大なローマの
国有地のみならず、大小の州《ガウ》およびマルク共同体に分割されなかったきわめて広い地帯、
とくに大森林地帯のすべてが、戦勝民族ザリー人の完全な所有に帰した。最高の軍事統帥から国
王に栄進したフランク王は、民衆の共有財産をいったん王の手にうつし、これを彼の戦時編制下
の従臣および最下級までの軍事指揮者に贈与または貸与し、かくして民衆の犠牲のうえに、土地
貴族を生みだした。フランク王国の自由な小農民は戦争と略奪とによって零落し、その土地は貴
族・豪族の手に集中され、新興の豪族や教会と保護関係(Klientelverha¨ltnis)をむすばねば
ならなかった。そのため彼らはガッリアの自由小農民とおなじように、保護者に土地所有権を譲
渡し、そのかわりに賦役と納税とを代償として、賃借地としての用益権を保証してもらい、数世
代ののちに農奴に転落してしまったのであった(前掲『起源』参照)。賦役労働=労働地代の発
生の起源は人民の共有地での首長にたいする共同労働の義務に由来する。
 かくして、ゲルマン的所有形態は奴隷制の段階を通過しないで、移動・征服という腿史的諸事
件を経過しつつ、古代ローマの生産諸力の影響をうけて、本来の封建制にまで発展したのである。
(『ドイツ・イデオロギー』六六ページ)。封建的階層制《ヒエラルヒー》は、封建的土地所有


421 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:58
関係を基礎とする農奴階級の半人身的隷属に立脚し、かつ兵制下の主従関係に規制されてはじめ
て成立したのである。
 マルクスは『先行する諸形態』では主としてフランク封建制形成以前のゲルマン共同体につい
て述べ、封建的保護関係には断片的にふれているにすぎない。
 ここで、もういちどマルクスの『先行する諸形態』における研究方法をふりかえってみると、
彼は原始共同体・奴隷制および封建制の三つの歴史的所有形態を比較研究したあとで、奴隷制と
農奴制のもとにおける #人身的隷属の必然性# を明らかにし、またアジア的・ローマ的、および
ゲルマン的生産様式の歴史的 #継起性# と自然的・歴史的諸条件に制約された生産様式の #変形
過程# とを、経済学・史的唯物論の方法を自由に駆使して、天才的に徹底的に分析素描した。つ
いで封建的大土地所有制度のもとにおける農奴制小農経済・手工業の生産様式、自然経済、小商
品生産の基本的経済法則とを明らかにした。そして、それらの対立物として成長する産業資本の
#自然発生的過程(諸エンポリウムのマニュファクチュア、問屋制家内工業)と、イギリスのへ
ンリー七―八世の政府によって強行された本源的蓄積の過程、すなわち #歴史的過程# とによっ
て、資本がはじめて #支配的# 生産様式として封建制の胎内からつくりだされる経過を簡潔に指
摘し、最後に「資本とはなんぞや」、つまり産業資本の生産様式の内的連関を展開して、この手


422 :「資本主義的生産に先行する諸形態」 :03/10/29 22:59
稿『先行する諸形態』の筆をおいている。この手稿の最後の三分の一は、手稿自体が整理されて
いるから、最初の部分よりもずっと読みやすく、またわかりよく書かれている。


   『先行する所形態』の付録

 手稿『先行する諸形態』のなかでマルクスが素描したアジア的・ローマ的・ゲルマン的生産様
式にかんする原著者のより実証的な研究とよりふかい洞察とを紹介するために、マルクス、エン
ゲルスの「アジア的生産様式にかんする手紙」、およびマルクスの「ヴェラ・ザスーリッチへの
手紙」を付録として巻末にかかげておいた。
          手島 正毅



423 :保守age:03/12/14 11:47
age

424 :名無しさん@3周年:03/12/14 21:11
スウェーデン的なシステムを採用するためには、要するに男性・女性とも平等に社会に働き、
また平等に家事を行うからこそできるシステム。
だからそこそこの賃金でそこそこの労働時間でもやっていけるわけだ。

現在の日本はそれこそ男女の性的な役割分担が明確。
そういう状況で、スウェーデンのいいところだけを持ち込んだ場合、
男性は労働とある程度の家事、女性がそこそこの家事という分担になることは見え見えで、
結果的に「専業主婦貴族」とそのシモベという構図ができあがることはほぼ確実。
また「専業主婦貴族」と勤労女性との格差も開く一方。

最近になってやっと「配偶者特別控除」の部分的廃止に踏み切ったけど、
その一方で熟年離婚の厚生年金の分担について「等分分割」ルールを持ち出そうとしたり、
そもそも国民年金の第三種被保険者って制度についてもどう見ても優遇策。
スウェーデン化政策はこの優遇策をもっと大きくしようとする政策。

どうしてフェミファシストがスウェーデンを目標にするか、
いかに彼女らが楽をして生きようとしているかという観点から考えればわかりやすいことだと思う。


425 :名無しさん@3周年:04/01/24 09:05
マルクスのことなら大阪で聖教新聞の配達員をしているこの人が、かなり詳しいと、
ねっ(wさんがいっていました。
↓  ↓  ↓  ↓  ↓
362 :黒目 :03/12/26 23:38
黒目は「Web反戦平和アクションの編集委員」でも「WPNの実行委員」でもありません。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5270/


426 :名無しさん@3周年:04/02/16 19:49
読みたい本を見つけるならこの三つは最強だと思う

http://www.isis.ne.jp/

http://www.maromaro.com/

http://www.tomita.net/


427 :名無しさん@3周年:04/04/20 06:23


428 :名無しさん@3周年:04/04/21 10:11
>>426
松岡正剛か・・・ 懐かしいね。
遊って古本屋で売れるかな。さすがに創刊号はないけどそろっているぞ。

金がほしい・・・

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